焼肉将軍
会社のチームの中で、私は一番下っ端だった。
チーム内で唯一の女性社員だったこともあり、
飲み会の幹事は毎回、私の役割になっていた。
最初は何も分からなかった。
店の選び方も、段取りも、予算の決め方も分からず、周りの人に聞きながら何とかやっていた。
でも、チームの人たちはとても親切だった。
誰に聞いても嫌な顔ひとつせず、
ニコニコしながらやり方を教えてくれた。
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2年目に入ると、後輩ができた。
オカノくんという名前のその人は、
年齢は私より2つ上で、
仕事も私よりずっとできる人だった。
「またですか」
オカノくんは、そう言いながらも
分からないことを丁寧に教えてくれた。
「こんな資料ありましたよ」
そう言って勉強用の資料を渡してくれたりと、
よく助けてくれた。
順番としては、私の方が先に入社していた。
けれど、結局2年目以降も飲み会の幹事は
ずっと私だった。
オカノくんが手伝ってくれることはあっても、
「このチームの飲み会の幹事は私」
そういう空気が、自然と出来上がっていた。
特に不満はなかった。
1年目に比べると、段取りもだいぶ慣れた。
事前にメニューをメンバーにメールで送信し、
1杯目と始めの料理を店に依頼する。
暑い日には外のビアガーデンを予約し、
みんなには思い切りビールを楽しんでもらった。
それなりにうまく回せるようになっていた。
ただ、私には幹事をする上で、
ひとつ大きなこだわりがあった。
焼肉。
私は特に指定がない限りは、
ほぼ焼肉を選んでいた。
そして、食べ放題。
会計も分かりやすいし、
追加料金が出ても「後で割りましょう」で済む。
予算が多少前後しても調整しやすかった。
それ以上に、単純に私が焼肉が好きだった。
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なぜかこの時の私の心には
「焼肉でみんな嫌じゃないかな」とか、
「私なんかが選んでいいのかな」
という気持ちは一切湧いてこなかった。
チームの人は、私が入社した時から
ほぼ固定メンバーで、
気心知れている人たちだったことも大きかった。
"ここでは、焼肉は受け入れられている”
そんな安心感があった。
根拠はなかったし、なぜかも説明できない。
けれど、そんな感じがしていた。
そういうわけで、
店を自由に決めていいと言われたときは、
百発百中で焼肉屋を予約していた。
チームの人たちもそれを分かっていて、
まだ店も決まっていない段階から、
「みのりさんが幹事やんな?ってことは、
焼肉やろ。もう分かってんで」
笑いながら声をかけてきた。
焼肉が嫌だという人は、なぜか一人もいなかった。
「そうですね、私が幹事なので焼肉ですね」
私はそう言って、毎回当たり前のように
焼肉屋を予約していた。
焼肉屋はたくさんあったので、
いろいろな店を選んだ。
お肉ばかりだと飽きるだろうと思い、
サイドメニューが豊富な店を
選ぶようにもしていた。
毎回、「やっぱり焼肉屋やな」と、 笑いながら、みんな肉を焼いていた。
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そんなある日、課長に言われた。
「今回はメニューはこっちで決めるから、
お前はええわ」
課長がそんなことを言うのは珍しかった。
別にやりたくて幹事をしているわけでもない。
「分かりました」
それだけ答えた。
私は、飲み会は焼肉でなければならないとか、
自分が幹事でなければならないとか、
魚は許せないとか、
そういうこだわりは一切なかった。
誰かが決めてくれるご飯を食べるのも悪くない。
むしろ、少しワクワクしていた。
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それはチーム内の慰労会だった。
社内全体ではなく、チームだけの会なのに
課長がわざわざ店を選ぶのは珍しいなと思った。
どこの店かは事前に知らされなかった。
メールも回ってこない。
不思議に思って他の人に聞いても、
「さあ?」と言われるだけだった。
「お金、どれくらい持っていけばいいですか?」
課長に聞くと、
「5千円くらいあれば足りるやろ」
と、かなり雑な返事。
じゃあ5千円だけ持っていけばいいか。
私は、財布に五千円札を捩じ込んだ。
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当日、みんなそわそわと準備を始めた。
普段から、会社帰りにご飯に行くことも多い
メンバーだったので、
顔ぶれ自体は特別ではなかった。
ただ、部長と課長が来るのは珍しかった。
「今日は何なんだろう」
事前に知らせないのは珍しいな、
と思いながらついていった。
電車の中で、テンション高めに言った。
「今日、何のメニューなんですかね。
人に選んでもらうご飯って、
特別感あっていいですよね」
今回は、会社から少し離れた場所だった。
電車にも結構乗った。
みんな何も言わない。
「なんでみんなこんなに何も言わないんだろ」
クマノさんに聞いた。
「どこ行くんですか? 今日、どこの駅なんです?」
クマノさんは、ニヤニヤして言った。
「行ってからのお楽しみやん」
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駅に着くと、焼肉屋がひしめき合う街だった。
駅を出た瞬間、いろんな匂いがした。
部長と課長がスタスタ歩いていく。
路地を曲がった先に、その店はあった。
「ここですか?」
と聞くと、課長が言った。
「いつも焼肉の店予約してるやん。けど、食べ放題の店ばっかりやろ。本物の焼肉、食べた事ないやろ。
たまにはええかなと思ってな」
「私のためですか?」と聞くと、
「ちゃうわ」
と言われたけれど、なんだか嬉しかった。
チームで一番焼肉が好きなのは、
間違いなく私だった。
みんなは嫌ではないけれど、
別に焼肉でなくてもいい。
私はただ、自分が食べたいから
焼肉を選んでいただけだった。
勘違いだったら恥ずかしいなと思いながらも、
この店は、どう考えても私のためだった。
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店に入ると、畳の小さな部屋で、
壁には色とりどりのメニューが貼られていた。
銀色の器に入った冷麺。
透き通ったスープに、半透明の麺。
一口食べて、衝撃を受けた。
食感が違う。
コシがあって、つるっとして、爽やかで、
私が知っている冷麺とはまったく別物だった。
「これ、何ですか……」
そう言うと、課長が大笑いした。
「ほんまリアクションええな。
満足したか、焼肉将軍」
「はい。満足です」
スープを飲んでは感動。
肉を食べては歓声を上げる。
私は大はしゃぎした。
その店は、お肉が美味しすぎた。
「ほっぺが落ちそうです」
私は夢中で食べた。
そしてその様子を見てみんな笑ってくれた。
その日は、送別会でも特別な会でもなかった。
ただの慰労会だった。
それでも、みんなが私の好きな焼肉を選んで
わざわざ食べさせてくれたことが、
とてつもなく嬉しかった。
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それからも私は、遠慮なく焼肉を選び続けた。
途中から誰も「焼肉やんな」とすら
言わなくなったけれど。
やっぱり、私の焼肉に文句を言う人は
一人もいなかった。
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🫧この形の私

