追い込まないと進めなかった私の仕組みのはじまり
◎「電源どこ?」で、プライドが崩れた日【考察】
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これは、大人になった私が
あの頃の出来事を振り返り、読み解く話です。
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私はここまで生きていて、ひとつ気づいたことがある。
追い込まれている時の方が、やれている実感がある。
余裕があると、止まる。
安心すると、崩れる。
大丈夫な状態の方が、むしろ怖かった。
それがずっと不思議だった。
普通は逆のはずだと思っていた。
余裕があって、落ち着いていて、準備ができている方がいい。
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社会に出たばかりの頃、初めての試練が来た。
「できると思っていた自分」と
「何も分からない現実」が、いきなりぶつかった。
スタート前に崩れる自分。
周りは当然のように進んでいる。
そこで私は、完全に止まった。
恥ずかしいとか、情けないとか、そういう単純なものではなかった。
もっと、身体の内側がざわつくような感覚だった。
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でも私は、その場で終わらなかった。
「分かりません」と言った。
「教えてください」と言った。
その瞬間、初めて進めた。
そして同時に、あるものを捨てた。
プライドだと思っていたもの。
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プライドのようなものを投げ捨てて、私は前に進めるようになった。
泥臭くてもいいから、進む。そう決めた。
あの頃の私に、“スムーズにできている時間”はほとんどなかった。
少なくとも、私の中ではそうだった。
トラブルがない時。
普通に仕事をしている時。
その状態の方が、むしろ怖かった。
このままでいいのか。
何もできていないのに、私は大丈夫なのか。
一方で、追い込まれると変わる。
時間がない。
できない。
恥ずかしい。
やばい。
そういう状態になると、苦しさと引き換えに動き出す。
頭で考える余裕がなくなる。
「どうにかしなきゃ」だけが残る。
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今振り返ると、私はずっとそうだった。
自分を追い込むことで、“動ける状態”を作っていた。
余裕がない方がいい、という意味ではない。
ただ、追い詰められた時しか頑張れない自分を、どこかで知っていた。
“安心は待っていても来ない。
動いた時だけ少し減る”
そういう形で動き出した。
普通の人は、安心した時に動ける。
不安があると動けなくなる。
私は、完全に逆転していた。
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そしてもうひとつ。
この頃から私は、「できない自分」を
そのままにしておくのが苦手だった。
できない状態=ダメな状態。
そんな感覚がずっとあった。
放っておけない。
早くなんとかしなきゃと思ってしまう。
その結果、追い込む。
追い込むことで、“動ける自分”に変える。
それを繰り返していた。
────
「頑張るね」
「真面目だよね」
よく、そう言われた。
でもその言葉には、どこか違和感があった。
私は頑張り屋なのだろうか。
真面目なのだろうか。
見た目はそう見えるのかもしれない。
でも多分違う。
ただ、
“追い込まれた時だけ推進力が上がる自分”を使っていただけだった。
それを私は、無意識に自分の形として覚えていった。
私は、追い込まないと動けない。
だから、追い込むしかなかった。
それがスタートだった気がする。
でもそれは、追い込まれることが
好きだったわけじゃない。
ただ、他のやり方を知らなかっただけだった。
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私はまだ、その状態の中にいる。
止まれないことも多い。
やめ方もまだ分からない。
でも一つだけ、昔と違うのは。
これは「頑張り屋だから」ではないと、
うすうす分かってきていることだ。

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