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正解を言わされた夜 🔥4

入社してしばらく経った頃。


朝一番に出社して机を拭くこと。
灰皿を洗って、決まった場所に戻すこと。

そんな毎日の流れにも、少しずつ慣れてきていた。

けれど、仕事はうまくいかなかった。
私はもともと要領が悪く、基礎知識もなかった。
仕事は遅く、失敗の方が圧倒的に多かった。

自分ができていないことは、よく分かっていた。
周りにそう思われていることも、分かっていた。
恥ずかしくて、悔しかった。

それでも、毎日食らいついていた。

────

そんなある日、会社の中でも数少ない
女性社員の一人の“ モチノさん”に声をかけられた。
総務を担当していて、古くから会社にいる人だった。

「ご飯行こ。奢るわ」

そう誘われた。

“ モチノさん”は、
派手な色のスーツを着るな、
短いスカートはだめ、
サンダルで来るな――
内勤であっても、呼びつけて注意をする人だった。

その一方で、自分は動物柄の派手なセーターを着て、
机でお菓子をむしゃむしゃ食べている。

仕事が本当に優秀だったのかは、
正直よく分からない。
ただ、総務を取り仕切っていて、その人しか分からない仕事が多かったのは確かだった。

私は“ モチノさん”が怖かった。
正直、苦手だった。

でも、誘われたことは嬉しかった。
「社会人になったんだ」と思えた気がして、
私は深く考えず、ついていった。

連れて行かれたのは、会社の近くにある
海鮮が美味しい居酒屋だった。

「ここ、美味しいねん。何でも好きなもの頼みや。
奢るわ。」

意外といい人かもしれない。


一人暮らしでお金がなかった私にとって、
食事に連れて行ってもらえること自体が
ありがたかった。

タイのお刺身を一口食べる。
ぷるぷるしていて、とても美味しい。

「どんどん食べや。」
モチノさんはそう声をかけてくれた。

「ありがとうございます。嬉しいです」
私は料理を次々と口に運んだ。

ああ、美味しい。

幸せな気持ちだった。

────

一通り食べ終えた頃、モチノさんが口を開いた。

「なぁなぁ、ひとつだけ聞きたいんやけどな。
今の会社、人多いやろ?」

「はい、そうですね」

「その中でいちばん仕事できてへんのって、
誰やと思う?」

その瞬間、頭の中が凍りついた。

答えは、もう分かっていた。
この人が何を言いたいのかも、一瞬で分かった。

しばらく黙り込んだあと、
私は絞り出すように言った。

「……私、ですか?」

モチノさんは鯛のお刺身を食べながら言った。

「そこは自分で分かってるんや。ほっとしたわ」

畳みかけるように続けた。
「ほな、どないすんの?」

泣きそうになった。

――なんと言えば正解なのだろう。

確かに、私は仕事ができなかった。
ダメなところも多かった。

ただ、精一杯やっているつもりだった。

モチノさんの言葉と、心の奥にずっとある
自分の感覚が、
パズルのピースのようにぴたりと重なった。

あぁ、そうだった。
私は何をしてもダメなやつ。
お母さんにもそう言われた。
お父さんにもそう言われた。

モチノさんもそう言ってる。

私は、やっぱりダメな側なんだ。

黙って下を向くわたしに、
モチノさんは続けた。

「あかんかったら、あかんなりに
できることあるやろ。
人の100倍くらいは頑張らなあかんってこと、
分かるよな?」

怒っているわけではなかった。
叱っている様子もなかった。
ただ、先輩としてアドバイスしている。
そんな顔だった。

私は箸を置いた。
それ以上、何も食べる気になれなかった。

根こそぎ引っこ抜かれた――
そんな感覚だった。

私の仕事ぶりが、
社内で問題になったのだろうか。
みんなにも、そんなふうに思われているのかな。

私は、"お荷物”だと。

私は、のろのろと帰路についた。

そしてここから、
少しずつ、少しずつ、
別の意味で「壊れていく」ことになる。

──────────
🫧この形の私


▶  次の出来事へ(お母さんのお弁当)

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