お母さんのお弁当 🔥2
私の初めての職場。
そこは、ほとんどが男性で占められていた。
正社員の女性は三人だけ。
私、事務の女性。
そして、総務のベテラン女性“ モチノさん”。
入社当初からなぜか、「昼ご飯女性三人で食べる」という暗黙のルールがあった。
外に出ることはほとんどなく、決まった場所で一時間を過ごす。
私は一人暮らしをしていた。
できるだけ節約したかったので、ほぼ毎日お弁当を作っていた。
といっても、立派なものではない。
もやし、冷凍ご飯、卵焼き、炒めた肉、ブロッコリー。
冷凍うどんをレンチンしたものに濃いめの味付けで炒めた肉を入れる。細粒だしと天かすを持っていく。
お湯をかけたら甘辛い味の肉うどんができる。
自分が美味しければいいと思っていた。
そして、「お金がもったいないから」「これで十分だから」という理由だった。
昼休みは、モチノさんがほとんど一人で喋っていた。
私は相槌を打ちながら、黙々とお弁当を食べていた。
モチノさんは、ことある事に私のお弁当をのぞき込みながら言った。
「信じられへん。貧乏臭い弁当やな」
「白菜弁当に入れる人、初めて見たわ。」
「こんな弁当、私なら恥ずかしくて持っていかれへんわ。かわいそう。」
ほぼ毎回そんなことを言われていた。
それを聞いた私の頭の中は
「へぇ。そうですか。」程度だった。
確かにイライラはした。うるさいなと思った。
でも実際、私はお金はないし、別に手をかけていない。
子供の頃から自分の中に存在していた、
“私は、人間として劣っている”
という感覚も消えてはいなかった。
まぁ、そんなふうに言われるよなぁ。そんな感じだった。
二年目になり、事務の人が変わり、後輩が加わった。
二人とも明るくて、かっこよかった。
三人で仕事終わりに、モチノさんの話で盛り上がった。
それが、少し救いだった。
ある日、モチノさんが珍しくお弁当を持ってきた。
二段重ねで、おかずがぎっしり詰まった、見るからに豪華なお弁当だった。
黙って蓋を開ける。
「わぁ、豪華ですね!」
私は思わず歓声をあげた。
しかし、モチノさんはお弁当を見て顔をしかめた。
「うわー!やめて欲しいわ。私の嫌いなの入ってるやん。」
「信じられへん。これ、捨てよ。
ご飯買ってくるわ。」
そう言って、弁当を閉じて席を立った。
残された私たちは、呆気にとられてその背中を見送った。
戻ってきたモチノさんに聞いた。
「そのお弁当、自分で作られたんですか?」
すると、モチノさんは、苦笑いしながら答えた。
「お母さんが作ってん。嫌だって言ったのに入れるねん。ほんま信じられへん」
……頭を殴られたような衝撃が走った。
怒りではない。
蔑みとも違う。
……ただ、
親が、
人が作ってくれたものに文句を言う。
いらない、と、他人の前で声に出す。
そして、実際に食べずに捨てる。
この行為そのものが、
私の生きてきた世界には存在しなかった。
私は小さい頃から、
「手間をかけさせてはいけない」
「一人で何とかしなければならない」
そう刷り込まれて生きてきた。
私なら、どんなに嫌な弁当でも、大袈裟に喜び、全部食べただろう。
そして、食べた後、できうる限りの感謝を伝え、
褒め称えるだろう。
誰かに何かをしてもらい、それを人前で貶し、
捨てて、新しいものを買いに行く――。
そんな世界がこの世にあるのか。
理解できない、というより、まったく別の世界を見てしまった感覚だった。
「信じられへん」
「やばいですよね、ありえへん」
私以外のふたりは、
そのようなことを言っていた。
それはたぶん、常識がないとか失礼だとか、
そういう意味での「信じられない」だった。
けれど、
私の「信じられない」は、
その種類のものではなかった。
私の倍以上生きている人。
仕事をしていて、
誰かに怒られることもなく
受け入れられている人。
そんな、やれている側の大人が
そんな考えを持ったまま、
今もこの世界で生きている。
その形で、
生きていけるものなの?
この人だから、許されるのかな。
許される人って、凄いな。
私は、黙ってまた自分のお弁当を食べ始めた。
けれど、心の奥に、ほんのわずかな違和感のようなものが残っていた。
それは、変な人だな、という感覚と混ざって、
うまく言葉にはならないまま、
どこかに沈んでいった。
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🫧この形の私

