THE SECRET TEACHINGS OF ALL AGES①ー1
著者:Manly P・Hall (1901年-1990年)
マンリー・パーマー・ホール
カナダ作家、神秘主義者、占星術師
「あらゆる時代の秘密の教え、百科事典的な概要」(邦題)
(フリーメイソン、ヘルメス主義、カバラ、薔薇十字団の象徴主義)
作品に出てくる学者、偉人については出来る限り英、ラテン語名を加えている
(名前のスペルミスやアクセント符合の省略はご容赦いただきたい)
前回の記事は以下↓
前回 序論ー3の続きより
①ー1 現代のフリーメイソンの象徴主義に影響を与えた古代の秘儀と秘密結社(part1)
推論能力を必要とする問題に直面した時、知性の優れた人々は冷静さを保ち、問題に関連する事実を入手することで解決策を見つけ出そうとする。
一方、精神が未熟な人々は、同様の問題に直面しても圧倒されてしまうだろう。
前者は自らの運命の謎を解く能力があるかもしれないが、後者は羊の群れのように導かれ、平易な言葉で教えられなければならないだろう。
彼らは羊飼いの奉仕にほぼ全面的に依存している。
使徒パウロは、これらの幼子には乳を与えなければならないが、肉は強い男の食物であると述べている。
無思慮は幼稚さとほぼ同義であり、思慮深さは成熟の象徴である。
しかしながら、世の中には成熟した精神を持つ人は殆どいないだろう。
こうして、異教徒の哲学的・宗教的教義は、人間の知性の二つの根本的なグループ➖一方は哲学的であり、もう一方は人生のより深い神秘を理解できない➖の必要に応じて分割され、識別力のある少数の人々に秘教的、あるいは精神的な教えが啓示され、資格のない多くの人々は文字通りの、あるいは顕教的な解釈のみを受け取るようになった。
自然の偉大な真理と自然法の抽象的な原理を平易にするために、宇宙の生命力は擬人化され、古代神話の神々となっていった。
無知な大衆はプリアポス(Priapus:男性生殖力、豊穣神)とパーン(Pan:牧神、半神、半山羊、いずれも生殖のエネルギーを象徴する神々)の祭壇に供物をささげたが、賢明な人々はこれらの大理石像の中に、偉大な抽象的真理の象徴的な具体化のみを認めていた。
古代世界のすべての都市には、公の礼拝と供物のための寺院が存在していた。
そして、そのあらゆる共同体には自然の伝承に深く精通した哲学者や神秘主義者がいた。
これらの人々は通常結束して、閉鎖的な哲学・宗教学派を形成していた。
これらの集団の中でも特に重要なものは、秘儀として知られていた。
古代の偉大な知識人の多くは、奇妙で神秘的な儀式によってこれらの秘密結社に参入していた。
その中には、極めて残酷なものもありました。
アレクサンダー・ワイルダー(Alexander Wilder)は、秘儀を「定められた時期に行われる神聖な劇。最も有名なのは、イシス(Isis )、サバジウス(Sabazius)、キュベレー(Cybele)、エレウシス(Eleisisi)の秘儀であった」と定義している。
参入を認められた後入会者たちは、長きにわたり守られてきた秘密の知恵を伝授された。
これらの神聖な結社の一つに入会したプラトンは、著作の中で秘儀の秘密の哲学原理の多くを公に明らかにしたため、厳しく批判された。
すべての異教国家は、国教だけでなく、哲学に選ばれた者だけが参入できる別の宗教を持っていた(そして今も持っている)。
これらの古代のカルトの多くは、その秘密を明かすことなく地上から消滅したが、少数のカルトは時の試練を乗り越え、その神秘的なシンボルは今もなお保存されている。
フリーメイソンリーの儀式の多くは、古代の秘儀参入者たちが知恵の鍵を託される前に受けた試練に基づいている。
古代の秘密結社が現代の知識人、そして彼らの知性を通して後世の人々にどれほど影響を与えたかを理解している人は殆どいない。
ロバート・マコイ(Robert Macoy:33°、位階)は著書『フリーメイソンリーの一般史』の中で、古代の秘儀が人類文化の礎を築く上で果たした役割に壮大な賛辞を送っている。
彼は次のように述べている。
「古代における文明の完成、そして哲学、科学、芸術のあらゆる進歩は、神秘のベールの下で、宗教、道徳、そして美徳の崇高な真理を明らかにし、それを弟子たちの心に刻み込もうとした諸制度によるものであるように思われる。彼らの主な目的は、唯一神の教義、永遠の生命への人間の復活、人間の魂の尊厳を教え、人々に宇宙の美、壮麗さ、そして輝きの中に神の影を見るよう導くことであった。」
歴史上のあらゆる国家の滅亡に先立って美徳が衰退するにつれ、秘儀は堕落していった。
魔術が神の魔法に取って代わった。(バッカス祭のような狂宴)言葉では言い表せない慣習が導入され、堕落が至高を極めた。
いかなる組織も、それを構成する構成員よりも優れていることは出来ない。
絶望の中で、真実を重んじる少数の人々は、秘密の教義が忘却されることのないよう守ろうと努めた。
成功した例もあるが、多くの場合、秘儀の奥義は失われ、秘儀の空虚な殻だけが残った。
トーマス・テイラー(Thomas Taylor)は、
「人間は生来、宗教的な動物である」と述べている。
意識が芽生えた当初から、人間は目に見えず、遍在し、言葉では言い表せないものの象徴として、物事を崇拝し崇敬してきた。
しかし、その存在については、人間は殆ど何も発見出来なかった。
異教の秘儀は、教会の初期の世紀においてキリスト教徒に反対し、新しい信仰(キリスト教)は救済の条件として美徳と誠実さを求めていないと主張した。
ケルスス(Celsusu)はこの問題について、次のような辛辣な言葉で自らを表現している。
「しかしながら、私がキリスト教徒を真実の力に反して厳しく非難しているわけではないことは、次のことから推測できる。
人々を他の秘儀に招く呼びかけ手たちが次のように宣言しているからだ。『清らかな手と、賢明な言葉を持つ者よ、近づきなさい。』また、他の人々は次のように宣言している。
『あらゆる悪から清らかな者、魂にいかなる悪も意識せず、正しく清廉な生活を送る者よ、近づきなさい。』と
そして、これらのことは、誤りからの浄化を約束する者たちによって宣言されている。
では、キリスト教の秘儀に招かれているのは誰なのか聞いてみよう。
『罪人、愚かな者、愚かな者、そして要するに惨めな者、その者を神の国は受け入れられるでしょう。』
それなのに、あなたたちは罪人、不正な者、泥棒、住居侵入者、魔法使い、神聖冒涜者、墓荒らしをそこに呼ぶのだろうか?
他に誰が呼びかけるのだろう。誰が盗賊たちを呼び集めるのだろうか?」
ケルススが攻撃したのは、初期キリスト教神秘主義者たちの真の信仰ではなく、彼の時代にも忍び寄っていた偽りの形式に対してでもあった。
初期キリスト教の理想は異教の秘儀の高い道徳基準に基づいており、ローマ都市の地下に集まった最初のキリスト教徒はミトラス(Mithras)の地下神殿を礼拝の場としていた。
ミトラスの崇拝は、現代教会の聖職者制度の多くを借用していたのだ。
古代の哲学者たちは、自然とその法則に関する根本的な知識を持たない人間は、知的に生きることはできないと信じていた。
人間は従う前に理解する必要があり、秘儀は地上における神の法則の作用について人間に教えることに専念していた。
初期のカルトの中には、擬人化された神々を崇拝していたものは殆どなかったが、その象徴性からそう思われても仕方ない。
それらは宗教的というより道徳的であり、神学的というより哲学的であった。
彼らは人間に、自らの能力をより知的に用いること、逆境に耐えること、危険に直面しても勇敢であること、誘惑にあっても誠実であること、そして何よりも、価値ある人生を神への最も受け入れられる犠牲と見做し、自分の体を神に捧げる神聖な祭壇と見做す事を教えた。
太陽崇拝は、初期の異教の秘儀の殆ど全てにおいて重要な役割を果たしていた。
これは、アトランティス人が太陽崇拝者であったことから、彼らのアトランティス起源の可能性を示唆しているものだ。
太陽神は、通常、太陽の光を象徴する長い金髪を持つ美しい青年として擬人化されていた。
この黄金の太陽神は、宇宙の邪悪な原理を擬人化した邪悪な悪党によって殺害された。
浄化と再生を象徴する特定の儀式と儀礼によって、この素晴らしい善の神は蘇り、人々の救世主となった。
これらの文化の中で、復活した神の秘密の過程は人間が自らの低次の本性を克服し、欲望を制御し、自らの高次の側面を表現することができる事を象徴していたのだ。
欲望と堕落の魂が彼らの魂の中に眠っていた。
秘儀は燃え盛る炎に包まれ、もがき苦しむ人間が霊的な力を再び目覚めさせるのを助けるために組織され指導されたのだ。
言い換えれば、人間は失われた状態(神性)を取り戻す道を提示されたのである。
(ワーグナーの『ジークフリート』を参照。)
古代世界では、ほとんどすべての秘密結社は哲学的かつ宗教的であった。
中世には、秘密結社は主に宗教的かつ政治的であったが少数の哲学流派も残っていた。
近代では、西洋諸国の秘密結社は大部分が政治的または友愛的であるが、フリーメーソンリーのように、古代の宗教的・哲学的原理が今もなお生き残っているものもある。
紙面の都合上、秘密結社について詳細に論じることはできない。
こうした古代のカルトは文字通り数十存在し、東西世界のあらゆる地域に支部を形成していた。
ピタゴラスやヘルメス主義者のカルトの中には、明らかに東洋の影響が見られるものもあり、一方、薔薇十字団は、自らの宣言によれば、その知恵の多くをアラビアの神秘家から得たとされるものもある。
神秘学派は文明と結び付けられることが多いものの、先史時代の最も未開な人々でさえ、それらの知識を持っていたという証拠が数多くある。
遠く離れた島々の原住民、多くは最も低いレベルの野蛮さを保っていた人々らも、神秘的な儀式や秘密の慣習を行っており、それらは原始的ではあるものの、明らかにフリーメーソン的な色合いを帯びている。

From Montfaucon's Antiquitie
上図イラストは、ここではシリア女神と呼ばれているキュベレが法王のローブを着ている様子を示している。モンフォコン(Bernaed de Montfaucon)は、この像を次のように描写している。「頭には司教のミトラがあり、その下部は塔と尖塔で飾られている。都市の門の上には三日月、城壁の周囲には光線の冠が描かれている。女神は司祭や司教のサープリス(Surplice:司祭のチュニック)と全く同じサープリスを被り、その上に脚まで届くチュニックを着けている。さらにその上に司教のケープを着けており、縁には黄道十二宮が彫られている。像の両側にはライオンが描かれ、左手にはティンパヌム(Tympanum:鼓)、シストラムSistrum:古代エジプトの楽器、題目のイラストのイシスが持つ)、糸巻き棒、カドゥケウス(Caduceus:杖)、そしてもう一つの道具を持っている。右手には中指で雷を持ち、同じ指には動物、昆虫、そしておそらく花、果物、弓、…矢筒、松明そして大鎌を携える」この像の所在は不明である。モンフォコンが複製した複製はピッロ・リゴリオ(Pirro Ligoro)の絵に基づいている。
ブリテンとガリアのドルイドの秘儀
ブリテン島の原始的住民たちは、遠い昔、国家組織を復活させ、改革した。
彼らの司祭、あるいは指導者は、それまで単にグウィッド(Gwydd)と呼ばれていたが、この職を国家の、あるいは上位の司祭と影響力がより限定された別の司祭に分ける必要が生じたと考えられた。
これ以降、前者はデル・ウィッド(Der-Wydd:ドルイド Druid:賢者)、
即ち上位指導者となり、後者はゴー・ウィッド(Go-Wydd)、あるいはオー・ヴィッド(O-Vydd)(オベイトOvate:司祭))、即ち従属指導者となった。そして、両者は一般にベルイッド(Beridd)(Bard:吟遊詩人)、すなわち知恵の教師と呼ばれた。
この制度が成熟し、拡大するにつれて、吟遊詩人団はドルイドDruid(司祭階級)、ベイルッド、ブライント、あるいはバード、Beirdd 、Braint、Bard(特権的な吟遊詩人階級)、そしてオヴェートOvate(賢者)の3つの階級に分かれるようになった。
(サミュエル・メイリックとチャールズ・スミス著『ブリテン諸島原住民の衣装』参照)Samuel Meyrick, Charles Smith
『The Costume ,of , The Original Inhabitants of The British Islands』
ドルイドという言葉の起源については議論がある。
マックス・ミュラー(Max Mukker)は、アイルランド語の「Drui」と同様に、「樫の木の男たち」を意味すると考えている。
さらに、ギリシャ神話の森の神々や樹木の神々がドリュアーデス(Dryadse:樹の精霊)と呼ばれていたという事実にも注目している。
この言葉はチュートン語起源とする説もあれば、ウェールズ語起源とする説もある。
少数の説では、ゲール語の「druidh」(「賢者」または「魔術師」を意味する)に由来すると考えている。
サンスクリット語で「dru」は「木材」を意味する。
ローマ帝国による征服当時、ドルイド教はブリテン島とガリア(Gallia:現在の主にフランス域)に深く根付いていた。
民衆に対する彼らの権力は疑いようもなく、白衣をまとったドルイド僧の命令で、互いに攻撃を仕掛けようとする軍隊が剣を鞘に収めた例もある。
神と人間の仲介役を務めるこれらの族長たちの助けなしに、重要な事業が中止されることはなかった。
ドルイド教団は、自然とその法則を深く理解していたことで高く評価されている。
ブリタニカ百科事典によると、地理学、物理学、自然神学、占星術が彼らの好んだ学問だった。
ドルイド僧は医学、特に薬草や生薬の使用に関する基礎的な知識を有していた。
イングランドとアイルランドでは、粗雑な外科器具も発見されている。
初期の英国医学に関する奇妙な論文には、すべての医師は、自分の職業に必要な特定の薬草を栽培するための庭や裏庭を持つこと前提とされていたと記されている。
著名な超越主義者エリファス・レヴィ(Elophas Levi)は、次のような重要な発言を残している。
「ドルイド僧は司祭であり医師でもあり、磁気によって治療を行い、アミレット(Amylet:魔除け)にその流動的な作用を付与した。
彼らの万能薬はヤドリギと蛇の卵だった。
これらの物質は特別な方法でアストラル光を引き寄せるからである。
ヤドリギが厳粛に伐採されたことで、この植物は人々の信頼を集め、強力な磁力を持つようになった。
磁気の解明、進歩は、いつの日かヤドリギの吸収特性を明らかにするであろう。その時、私たちは、植物の使われていない効能を引き出し、チンキ剤や香料で満たされる、あの海綿状の成長物の秘密を理解するだろう。
キノコ、トリュフ、木の胆汁、そして様々な種類のヤドリギは、古いがゆえに新しい医学によって理解されるであろう。しかし、人は…科学は、さらに進歩するために後退する。」
(『魔法の歴史』『The History of Magic』参照)
ヤドリギは万能薬、あるいは万能薬の象徴としてだけでなく、樫の木に生えるという事実からも神聖視されていた。
樫の木の象徴を通して、ドルイド僧は至高神を崇拝した。
従って、その木に生えるあらゆるものは神にとって神聖なものとなった。
太陽、月、星の位置に応じて、特定の季節に、大ドルイド僧は樫の木に登り、その儀式のために奉納された金の鎌でヤドリギを伐採した。
寄生したヤドリギは、地面に触れて地殻の波動によって汚染されないように、専用の白い布で覆われ、ヤドリギの木の下では白い雄牛が犠牲に捧げられていた。
ドルイドたちは、彼らの間に存在した秘密結社の参入者だった。
この結社は、ギリシャのバッカス秘儀やエレウシス秘儀、あるいはエジプトのイシスとオシリスの儀式に酷似しており、正当にドルイド秘儀と呼ばれている。
ドルイドたちが有すると主張した秘密の知恵については、多くの憶測がなされて来た。
彼らの秘密の教えは文書化されることはなく、特別に訓練された候補者に口頭で伝えられて来た。
ロバート・ブラウン(Robert Hewitt Brown 32°、位階)は、ブリテン島の司祭たちは、キリスト教時代の数千年前にブリテン島とガリアに錫を求めて植民地を築いたティリア人とフェニキア人の航海士から情報を得たと考えている。
トーマス・モーリスThomas Maurice)は、著書『インド古代誌』の中で、錫の調達を目的としたフェニキア人、カルタゴ人、ギリシャ人のブリテン諸島への遠征について長々と論じている。
一方、ドルイド教が執り行っていた秘儀は東洋起源、おそらく仏教起源であると考える者もいる。
ブリテン諸島が失われたアトランティスに近いことが、ドルイド教の儀式において重要な役割を果たす太陽崇拝の理由かもしれない。
アルテミドロス(Atemidorus)によれば、ケレスとペルセポネはブリテン島に近い島で、サモトラケ島に似た儀式や祭儀によって崇拝されていたとしている。
ドルイド教のパンテオン(Phantheon:すべての神々の系譜を意味)には、ギリシャとローマの神々が多数含まれていることは疑いようがない。
これは、ブリテン島とガリアを征服したシーザーを大いに驚かせ、これらの部族がラテン諸国と同様にメルクリウス、アポロ、マルス、ユピテルを崇拝していたと断言させるに至った。
ドルイド教の秘儀はブリテン島やガリア固有のものではなく、より古い文明から移入してきたことはほぼ確実である。
ドルイドの学派は3つの明確な部分に分かれており、そこに具現化された秘密の教えは、ブルーロッジ・メイソンリー(メイソンの基本的位階は徒弟、職人、親方の3つ(彼らは大工、石工)である)の寓話に隠された神秘と実質的に同じである。
3つの階級の中で最も低いのはオヴェート(Ovate)だ。
これは名誉階級であり、特別な浄化や準備は必要なかった。
オヴェートたちはドルイドの学問の色である緑の衣をまとい、医学、天文学、できれば詩、そして時には音楽についても多少の知識が求められた。
オベートとは、全般的な優秀さと人生の諸問題に関する優れた知識によってドルイド教団に認められた者だった。
2番目の階級はバード(Beirdd)だ。
メンバーは調和と真実を象徴する青色のローブをまとい、ドルイドの聖なる詩の2万節を、少なくとも部分的に暗記する仕事を割り当てられた。
彼らはしばしば、原始的な英国またはアイルランドのハープを持った姿で描かれた。
ハープは頭髪(人の髪)で張られた楽器で、人体の片側の肋骨の数と同じ数の弦があった。これらの吟遊詩人は、ドルイドの秘儀への入門を目指す志願者の教師として選ばれることが多かった。
入門者は、ドルイド教団の三聖色である青、緑、白の縞模様のローブを着用した。
第3の階級(最上位)はドルイド(DruidまたはDeryddon:デルウィドン、ドルイドを意味する複数語)であった。
その特別な職務は、人々の宗教的必要を満たすことであった。
この地位に達するには、候補者はまず、バード・ブレイン(吟遊詩人の頭脳)にならなければならない。
ドルイド僧は常に白をまとっていた。
これは彼らの純潔の象徴であり、太陽を象徴する色でもあった。
アーチ(キ)・ドルイド(Archi-Druid)、即ち組織の精神的長という崇高な地位に達するには、司祭はドルイド教団の6つの位階を順次通過する必要がああった。
(各位階の会員は、全員が白いローブを着用していたため、サッシュ(飾り布)の色で区別されていた。)
アーチ・ドルイドの称号は父から息子へと世襲されるという意見を持つ著述家もいるが、その授与者はその美徳と最も高位のドルイド教団員からの、最も学識のある誠実さを評価されたが故に選ばれた可能性が高い。
大ドルイドの最も印象的な装飾品は、イオダン・モラン(iodan moran)即ち審判の胸当てであった。
これは、着用中に虚偽の陳述をした者を絞め殺すという神秘的な力を持っていたとされる。
ゴッドフリー・ヒギンズは、この胸当ては証人の首にかけられ、証言の信憑性を試したと述べている。
ドルイドのティアラ(頭飾り)、すなわちアンギヌム(auguinum)は、前面に太陽の光線を表す多数の点が刻印されており、司祭が昇る太陽の化身であることを示していた。
大ドルイドはベルトの前面に、リアス・メイシシス(liath meisicith)、すなわち中央に大きな白い石が入った魔法のブローチ、またはバックルを着けていた。
これには、司祭の命により天から神々の火を引き下ろす力があるとされていいた。
この特別にカットされた石は燃えるガラスで、太陽光線を集中させて祭壇の火を灯したという。
ドルイド僧たちは、他にも象徴的な道具を持っていた。
例えば、樫の木からヤドリギを切り出すのに使った独特な形の金の鎌や、三日月形の笏(コルナンcornam)は、満ちていく月の6日目とノアの箱舟の象徴だった。
ドルイドの秘儀の初期の入信者は、真夜中の儀式への参加は「クルグ・グイドリン」(Cwrwg Gwydin)と呼ばれるガラスの船によって得られたと語っている。
この船は月を象徴しており、月は永遠の水に浮かび、船のような三日月の中に生き物の種子を保存していたとされる。

From Wellcome's Ancient Cymric Medicine
ジェームズ・ガードナー(James Gardner)によれば、ブリテンには通常二人の大ドルイド僧がおり、一人はアングルシー島(Anglsea)に、もう一人はマン島(Man)に住んでいた。
おそらくガリアにも他にも大ドルイド僧がいたと思われる。
これらの高官たちは、権威の象徴として、金の笏を持ち、樫の葉の冠を戴いていた。
ドルイド教団の若いメンバーは髭を剃り、質素な服装をしていたが、年配の者は長い白髪の髭を生やし、壮麗な金の装飾品を身に着けていた。
ブリテンのドルイド僧の教育制度は大陸のドルイド僧の教育制度よりも優れており、その結果、ガリアの若者の多くは哲学の教えと訓練を受けるためにブリテンのドルイド大学に送られた。
エリファス・レヴィによれば、ドルイド僧たちは厳格な禁欲生活を送り、自然科学を学び、極秘の秘密を守り、長い試用期間を経た者のみに新メンバーを受け入れた。
修道会の司祭の多くは、現代の修道院に似た建物に住んでいた。
彼らは極東の禁欲主義者のように集団で活動していた。
独身は要求されていなかったものの、結婚する者はほとんどいなかった。
多くのドルイド僧は世俗を離れ、洞窟や粗石造りの家、あるいは森の奥深くに建てられた小さな小屋で隠遁生活を送っていた。
彼らはそこで祈りを捧げ、薬を服用し、宗教的義務を果たすためだけに外に出た。ジェームズ・フリーマン・クラーク(James Freeman Clarke)は著書『十大宗教』『Ten Great Religions』の中で、ドルイド教の信仰を次のように描写している。
「ドルイド教は三つの世界を信じ、それぞれの世界から別の世界へと輪廻転生すると信じていた。一つは幸福が支配する上の世界、もう一つは悲惨な下の世界、そしてもう一つは現世である。この輪廻は魂を罰し、報い、そして浄化するためであった。現世においては善と悪は極めて正確に均衡しており、人間は最大限の自由を持ち、どちらかを選択したり拒絶したりすることが出来ると彼らは言った。ウェールズの三位一体は、輪廻転生の三つの目的を説いている。それは、あらゆる存在の特性を魂に集めること、あらゆるものの知識を獲得すること、そして悪を克服する力を得ることである。また、三つの種類の知識があると彼らは言う。それは、あらゆるものの本質、その原因、そしてその影響に関する知識である。絶えず減少していく三つのもの、すなわち闇、虚偽、そして死がある。そして、絶えず減少していく三つのもの、すなわち光、生命、そして真実を増し加えよ。」
殆ど全ての秘儀学派と同様に、ドルイドの教えは2つの明確なセクションに分かれていた。
より簡素な道徳律はすべての人々に教えられ、より深遠で難解な教義は秘儀参入を受けた司祭にのみ与えられた。この教団に参入するには、志願者は良家出身で、高い道徳的資質を備えていなければならなかった。
様々な誘惑を受け、人格の強さが厳しく試されるまで、重要な秘密は託されれる事はなかった。
ドルイドはブリテン島とガリアの人々に魂の不滅について教えた。
彼らは輪廻転生、そして明らかに輪廻転生を信じていいたのだ。
彼らはある人生で(カルマ)借り入れをし、次の人生で返済することを約束した。
彼らは煉獄のような地獄を信じ、そこで罪が浄化され、その後、神々との一体化という幸福へと至ると信じていた。
ドルイド僧は、すべての人間は救われるが、人生の教訓を学び、自らの本質に内在する悪を克服するために、何度も地上に戻らなければならない者もいると教えた。
候補者がドルイド僧の秘密の教義を託される前に、彼は秘密保持の誓いを立てた。これらの教義は、森の奥深くや洞窟の暗闇の中でのみ伝えられた。人々の隠れ家から遠く離れたこれらの場所で、新参者は宇宙の創造、神々の個性、自然の法則、秘術の秘密、天体の神秘、そして魔法と妖術の基礎について教えを受けた。
ドルイド僧には多くの祝祭日があった。新月と満月、そして月の6日目は聖なる期間とされた。
入門儀式は、冬至と夏至、春分と秋分にのみ行われたと信じられている。
12月25日の夜明けに太陽神の誕生が祝われていた。
(冬至は太古では年の始まりだった)
ドルイド僧の秘儀は、ピタゴラス哲学の影響を受けていると一部の人々は言う。
ドルイド僧は、腕に幼子を抱いた聖母マリア、すなわち処女マリアを崇拝し、聖母マリアは彼らの秘儀において神聖な存在とされた。
そして、彼らの太陽神は、現代のキリスト教徒がイースターを祝う時期に当たる時期に復活する。
十字架と蛇は共にドルイド僧にとって神聖なものであった。
彼らは十字架を、樫の木の枝をすべて切り落とし、そのうちの一本をTの字型に幹に固定することで形造った。
この樫の木の十字架は、彼らの至高の神の象徴となった。
彼らはまた、太陽、月、星を崇拝した。
月は彼らの特別な崇敬の対象であった。
シーザー(Caesar)は、水星がガリアの主神の一つであると述べている。
ドルイド僧は、水星を石の立方体に見立てて崇拝していたと信じられている。
彼らはまた、森や川に住む小さな生き物である自然の精霊(妖精、ノーム、ウンディーネ)を深く崇拝し、多くの供物を捧げていた。
チャールズ・ヘッケソーン(Charles Heckethon)は『古今東西の秘密結社』『The Secret Societies of All Ages &Countries』の中で、ドルイド教の寺院について次のように述べている。
「聖なる火が保存されていた彼らの寺院は、一般的に高台やオークの密林の中に建てられ、様々な形をしていた。円形は宇宙の象徴であったため、楕円形は多くの国の伝承によれば宇宙、あるいは他の伝承によれば我々の最初の両親が生まれたとされる、この世の卵を暗示していた。蛇形は、蛇がドルイド教のオシリスであるフーHuの象徴であり、十字形は再生の象徴であった事、あるいは翼のある形は神の霊の動きを象徴していたためである。」
彼らの主神は二つに還元出来た。
男性と女性、偉大な父と母であるフーとケリドウェン(Ceridwin)であり、それらは神々の神々と同じ特徴によって区別されていた。
オシリスとイシス、バッカスとケレス、あるいはあらゆる存在の二つの原理を体現する他の至高の神々らも同様である。
ゴッドフリー・ヒギンズ(Godfrey Higgins)は、ブリテン島の最初の入植者とされる強大なフーは、ウェールズのトライアドが夏の国と呼ぶ場所、現在のコンスタンティノープルの地から来たと述べている。
(*ヒギンズの書は翻訳途中だが当マガジンでも紹介している)
アルバート・パイク(Albert Pike)(は、フリーメーソンリーの失われた言葉はドルイドの神フーの名に隠されていると述べている。
ドルイドの秘密の秘儀参入に関する現存する僅かな情報は、彼らの秘儀学派とギリシャやエジプトの秘儀学派の間に明確な類似性を示している。
太陽神フーは殺害され、数々の奇妙な試練と神秘的な儀式を経て、復活した。
ドルイドの秘儀には3つの位階があったが、全てに合格した者は殆どいなかった。
候補者は太陽神の死を象徴する棺に埋葬される。
しかし、究極の試練は、無蓋船で海に送り出される事だった。
この試練を受けている間に多くの人が命を落とした。
秘儀を経た古代の学者タリアシン(Taliesin:輝ける額、知恵者)は、フェイバー(George Stanley Faber)の著書『異教の偶像崇拝』『The Origin of Pagan Idolatry』の中で、無蓋船での入信儀式について記述している。
この第3段階を通過した少数の者は「生まれ変わった」と言われ、ドルイド僧が古代から守り続けてきた秘密の真理を授けられた。
これらの入信者の中から、英国の宗教界と政界の多くの高官が選ばれた。
(詳細は、フェイバーの著書『異教の偶像崇拝』、アルバート・パイクの著書『道徳と教義』『Morals and Dogma』、ゴッドフリー・ヒギンズの著書『ケルトのドルイド』『Celtic Druids』を参照。)
以下2026/1/1追記

ドルイド教の宗教的礼拝の場である寺院は、他の国の寺院を模倣したものではない。
彼らの儀式のほとんどは夜間に行われ、オークの茂みの中、あるいは巨大な原石で造られた野外の祭壇の周りで行われた。
これらの岩塊がどのように移動されたのかは十分に説明されていない。
彼らの祭壇の中で最も有名なのは、イングランド南西部にあるストーンヘンジという巨大な岩の環状列石だ。
天文学的な基準に基づいて配置されたこの建造物は、今もなお現存し、古代の驚異となっている。
次回 ①ー2
現代のフリーメーソンの象徴主義に影響を与えた古代の秘儀と秘密結社(part1)続きより
