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THE SECRET TEACHINGS OF ALL AGES⓪-序論-3

著者:Manly  P・Hall (1901年-1990年)
マンリー・パーマー・ホール
カナダ作家、神秘主義者、占星術師
「あらゆる時代の秘密の教え、百科事典的な概要」(邦題)
(フリーメイソン、ヘルメス主義、カバラ、薔薇十字団の象徴主義)

作品に出てくる学者、偉人については出来る限り英、ラテン語名を加えている
(名前のスペルミスやアクセント符合の省略はご容赦いただきたい)

序論ー3 前回の続きより

THE TREE OF CLASSICAL MYTHOLOGY  From Hort's The New Pantheon


ギリシャ神話のより深い科学的側面を正しく理解するためには、ギリシャ神話の神々を体系化し、その神々、女神たち、そして様々な超人的な階層構造を連鎖的に配列する必要がある。
偉大な新プラトン主義者プロクロス(Proclus)は、プラトン神学の注釈の中で、第一原因とそこから発散する劣った力との関係において、様々な神々の順序を理解するための貴重な鍵を与えている。

このように配列(上図神々のパンテオン)すると、神の階層構造は大樹の枝に例えることができる。この樹の根は不可知の存在にしっかりと根付いている。樹の幹と大きな枝は上位の神々を象徴し、小枝と葉は、第一にして不変の力に依存する無数の存在を象徴している。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)が人類の希望にもたらした特筆すべき貢献は、「神が憐れみのあまり死んだ」という喜ばしい知らせだったと言われている。
ニーチェ哲学の際立った特徴は、永劫回帰の教義と、ショーペンハウアー(Schopenhauer)の生への意志の投影である力への意志への極端な強調である。

ニーチェは、存在の目的は、彼自身が超人と呼んだ、ある種の全能の個人を生み出すことだと信じていた。

この超人は、入念な自己育成の産物である。
なぜなら、大衆から強制的に分離され、権力の生産に捧げられなければ、個人は再び致命的な凡庸さのレベルに落ち込んでしまうからだ。

ニーチェは、愛は超人を生み出すために犠牲にされるべきであり、この傑出したタイプを生み出すのに最も適した者だけが結婚すべきだと言った。
ニーチェはまた、貴族制の支配を信じ、血統と家系の双方が、この優れたタイプの確立に不可欠であると考えていた。

ニーチェの教義は大衆を解放するのではなく、むしろ彼らの上に超人を置き、彼らの劣った兄弟姉妹はそのために死ぬことを完全に受け入れるべきだとした。
倫理的にも政治的にも、超人はそれ自体が法則であった。
権力の真の意味が美徳、自制心、そして真実であることを理解する者には、ニーチェの理論の背後にある理想性は明らかである。
しかし、表面的な者には、それは無情で打算的であり、適者生存のみを目的とする哲学である。

他のドイツ哲学思想学派については、紙面の都合上、詳細に言及することができない。
ドイツ学派のより最近の発展としては、フロイト主義と相対主義(しばしばアインシュタイン理論と呼ばれる)がある。
前者は精神病理学的および神経学的現象を通じた精神分析体系であり、後者は速度理論に基づく機械的原理の正確性を攻撃する。

ルネ・デカルト(Rene Descarte)はフランス哲学学派の最高峰であり、フランシス・ベーコン卿(Sir Francis Bacon)と共に近代科学と哲学の体系を創始した栄誉を授かった。

ベーコンが外的事物の観察に基づいて結論を導き出したように、デカルトは内的事物の観察に基づいて形而上学的哲学を創始した。

デカルト主義(デカルトの哲学)はまずすべての事物を排除し、次に存在が不可能となる前提を根本的に置き換える。
デカルトは観念を、物事を思い描く際に心を満たすものと定義した。観念の真偽は、明瞭性と明確性の基準によって決定されなければならない。
したがって、デカルトは明瞭で明確な観念は真理でなければならないと考えた。
デカルトはまた、権威に頼ることなく独自の哲学を展開させたという特筆すべき点も持つ。その結果、彼の結論は最も単純な前提から構築され、彼の哲学の構造が形作られるにつれて複雑さが増していく。

オーギュスト・コント(Auguste Conte)の実証哲学は、人間の知性は思考の三つの段階を経て発達するという理論に基づいている。
第一段階であり最も低い段階は神学、第二段階は形而上学、そして第三段階であり最も高い段階は実証である。

従って、神学と形而上学は人類の幼子の精神による微かな知的努力であり、実証主義は成人した知性の精神的表現であろう。

コントは著書『実証哲学講義』の中で次のように述べている。
「最終的な実証的状態において、心は絶対概念、宇宙の起源と終着点、そして現象の原因といった無駄な探求を放棄し、それらの法則、すなわちそれらの不変の継承と類似の関係の研究に専念する。推論と観察を適切に組み合わせることで、この知識を得る手段となる。」

コントの理論は「巨大な唯物論体系」と評されている。
コントによれば、かつては天は神の栄光を物語ると言われていたが、今ではニュートンとラプラスの栄光を語るに過ぎない。

フランスの哲学学派には、伝統を哲学の正しい基盤とみなす伝統主義
(しばしばキリスト教に適用される)、
人類を一つの巨大な社会的有機体とみなす社会学派、
ベーコンの体系に従って知識を分類しようと試みとヨーロッパ思想に革命をもたらした百科全書派、
キリスト教信仰の神聖な起源を攻撃し、神学に関するあらゆる事柄に対して極端な懐疑主義の態度をとったヴォルテール主義、
そしてイマヌエル・カントの教義をフランス的に改訂した新批評主義などがある。

直観主義者であり、疑いなく現存する最も偉大なフランス哲学者であるアンリ・ベルクソン(Henri Bergson)は、創造的進化という前提に基づく神秘主義的反知性主義の理論を提示した。
彼が急速に人気を博したのは、唯物論的科学と現実主義哲学の絶望と無力さに反抗する、人間性のより繊細な感情に訴えかけたからである。
ベルクソンは、神を物質の限界と絶えず闘う生命と見なしました。彼は生命が物質に勝利し、やがて死が消滅する可能性さえも構想していた。

偉大なイギリスの哲学者ジョン・ロック(John Locke)は、ベーコンの方法を精神に適用し、精神を通過するものはすべて精神哲学の正当な対象であり、これらの精神現象は他のあらゆる科学の対象と同様に現実的かつ妥当であると宣言した。
現象の起源に関する研究において、ロックは事実の自然史をまず作成する必要があるというベーコンの要求から逸脱した。

ロックは、経験が刻み込まれるまでは心は空白であると考えた。
したがって、心は受けた印象と反省によって構築される。
ロックは、魂は神を捉えることができず、人間による神の実現あるいは認識は、推論能力による単なる推論に過ぎないと信じた。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume)は、ロックの弟子の中で最も熱心で、また最も有力な人物であった。

ジョージ・バークリー司教(Bishop Geroge Berkeley)は、ロックの感覚主義を攻撃し、ロックの基本前提に基づきながらも観念論の体系として発展させた哲学を代わりに提唱した。

バークリーは、観念こそが知識の真の対象であると主張した。彼は、感覚が物質的対象によって引き起こされるという証拠を提示することは不可能であると断言し、物質が存在しないことを証明しようと試みた。
バークリー主義は、宇宙は精神に浸透し、精神によって支配されていると主張する。

従って、物質的対象の存在を信じるということは、単なる精神的状態であり、対象そのものは精神の作り物である可能性が高い。
同時にバークリーは、知覚の正確さを疑うことは狂気よりも悪いと考えていた。
なぜなら、知覚能力の力が疑われると、人間は何も知ることも、評価することも、実現することもできない生き物になってしまうからだ。

ハートリー(David Hertley)とヒュームの連想主義では、観念の連想が心理学の基本原理であり、あらゆる精神現象の説明となるという理論が提唱された。
ハートリーは、ある感覚が何度も繰り返されると、その感覚は自発的に繰り返される傾向があり、たとえ元の反応を引き起こした対象が存在しないとしても、他の観念との連想によってその傾向が呼び起こされる可能性があると主張した。

ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham)、アーチディーコン・ペイリー(Archdeacon Paley)、そしてジェームズ・ミル(James)とジョン・スチュアート・ミルJohn Stuart Mill)の功利主義は、最大多数の人々にとって最も有用なものが最大の善であると宣言している。

ジョン・スチュアート・ミルは、感覚を通して事物の特性に関する知識を獲得できるのであれば、より高次の精神状態、すなわち直観や理性を通して事物の真の本質に関する知識を得ることも可能であると信じていた。

ダーウィニズムは、自然選択と物理的進化の教義である。
チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin)は、宇宙から精神を完全に追放し、無限かつ遍在する精神そのものを、非人格的な自然の遍在する力と同義にしようと決意したと言われている。

不可知論と新ヘーゲル主義もまた、この時代の哲学思想の注目すべき産物だ。

前者は究極の本質は知り得ないという信念であり、後者はヘーゲルの観念論をイギリスとアメリカで復活させたものである。

W・J・デュラント博士(Dr. William James Durant)は、ハーバート・スペンサー(Herber Spencer)の名著『第一原理』によって、彼はほぼ一躍、同時代で最も有名な哲学者の一人となったと述べている。
スペンサー主義は哲学的実証主義であり、進化を常に増大する複雑性と、平衡をその最高の状態とするものとして描写している。
スペンサーによれば、生命とは均質性から異質性へ、そして再び異質性から均質性へと戻る継続的な過程であるとする。
人生には、内的関係と外的関係との絶え間ない調整も伴う。
スペンサーの格言の中で最も有名なのは、神性の定義であろう。
「神は無限の知性であり、無限の時間と無限の空間を通して無限に多様化し、無限の進化を続ける個体を通して顕現する。」
進化の法則の普遍性はスペンサーによって強調され、彼はそれを形態だけでなく、形態の背後にある知性にも適用された。

存在のあらゆる顕現において、彼は単純性から複雑性への展開の根本的な傾向を認識し、均衡点に達すると常に解体(破壊)の過程が伴う。
しかしスペンサーによれば、この解体は、より高いレベルの存在において再統合がもたらされるためだけに起こったのだという。


キリスト教の三位一体の教義を適切な図像で示すために、父、子、聖霊という三つの位格が別個でありながら一体であるというイメージを考案する必要があった。
ヨーロッパの様々な地域では、下図のような、三つの顔が一つの頭に統合された図像を見ることができる。
これは正当な方法であり、三つの頭の神聖な意味を理解できる者には、偉大な神秘が明らかにされる。

しかしながら、キリスト教美術においてこのような象徴学の応用が見られる以上、ヒンズー教徒のように三つの顔を持つブラフマー神(⊛ブラフマーは4面である)、あるいはローマ人のように二つの顔を持つヤヌス(Janus)神を信仰する他の宗教の哲学者を、無知な者とみなすのは到底適切とは言えない。

A CHRISTIAN TRINITY.

イタリア哲学学派の最高位はジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno)に与えられるべきであろう。
彼は、太陽が太陽系の中心であるというコペルニクスの理論を熱狂的に受け入れた後、太陽を恒星とし、すべての恒星を太陽と宣言した。
ブルーノの時代には、地球がすべての創造の中心と考えられていた。
したがって、彼がこのように世界と人間を宇宙の辺境に追いやったとき、その影響は破滅的であった。

宇宙の多様性を主張し、コスモスは単一の信条では満たせないほど広大であると考える異端のゆえに、ブルーノは命を落とした。

ヴィーコ主義は、神は奇跡ではなく自然法則によって世界を支配していると主張したジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィーコ(Giovanni Battista Vico)の結論に基づく哲学である。
ヴィーコは、人間が自らを律する法は、人類の内なる霊的な源泉から発せられ、それは神の法と調和している、と断言した。
したがって、物質的法は神に由来し、霊的父の命令を反映している。

ヴィンチェンツォ・ジョベルティ(Vincenzo Gioberti)(一般的には哲学者というより神学者と見なされている)が展開した存在論の哲学は、神を唯一の存在であり、あらゆる知識の根源であり、知識は神そのものと同一であるとする。
したがって、神は存在と呼ばれ、他のすべての顕現は存在である。
真理はこの神秘についての考察を通して発見される。

近代イタリアの哲学者の中で最も重要なのは、ヘーゲル主義的観念論者であるベネデット・クローチェ(Benedetto Croce)である。
クローチェは、観念こそが唯一の現実であると考える。
彼は反神学的な見解を持ち、魂の不滅を信じず、宗教の代わりに倫理と美学をもたらそうとした。

イタリア哲学の他の分野としては、感覚知覚を知識受容の唯一の手段とする感覚主義(センセーション主義)、批判主義、すなわち正確な判断の哲学、そしてローマ・カトリック教会によって奨励されたトマス主義の復活である新スコラ哲学が挙げられる。

アメリカ哲学の二大傑出した学派は、超越主義とプラグマティズム(Pragmatism:実用主義)である。
ラルフ・ワルド・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の著作に代表される超越主義は、物質的なものに対する超越論的な力を強調する。
エマーソンの著作の多く、特に「大霊」(Over soul)と「代償の法則」に関するエッセイには、東洋の影響が顕著に表れている。

プラグマティズムの理論は、ウィリアム・ジェームズ教授(William James)が独創的ではないものの、哲学の教義として広く普及したのは、彼の尽力によるものである。
プラグマティズムとは、事物の意味と本質は、その結果を考察することによって見出されるという教義と定義できる。
ジェームズによれば、「真とは、我々の思考の道における単なる方便にすぎず、同様に『正しさ』も我々の行動の道における単なる方便にすぎない。」(彼の『プラグマティズム』を参照)。

人生のあらゆる目的に実験的態度を適用した実用主義者ジョン・デューイ(Johe Dewwy)は、ジェームズの注釈者とみなされるべきである。
デューイにとって、成長と変化は無限であり、いかなる究極も仮定されていない。

ジョージ・サンタヤナ(George Santayana:スペイン生まれの哲学者)がアメリカに長く居住していたことは、この偉大なスペイン人をアメリカの哲学者の列に加えるに値する。
サンタヤナは、感覚の錯覚と時代を超えて蓄積された誤謬の両方から懐疑主義という盾で身を守り、人類を彼自身が理性の生活と呼ぶ、より理解力のある状態へと導こうと努めた。

(既に引用した文献に加え、哲学思想の主要な分野の前述の概要を作成するにあたり、筆者はスタンレーの『哲学史』、モレルの『十九世紀ヨーロッパ思弁哲学の歴史的・批判的見解』、シンガーの『近代思想家と現代の問題』、ランドの『近代、古典哲学者』、ヴィンデルバンドの『哲学史』、ペリーの『現代哲学の傾向』、ハミルトンの『形而上学と論理学講義』、そしてデュラントの『哲学物語』を参照した。)

Sir Thomas Stanley『 History of Philosophy』
John Daniel Morell『An Historical and Critical View of the Speculative Philosophy of Europe in the Nineteenth Century』
Edgar Arthur SingerModern Thinkers and Present Problems』
Benjamin Howard Rand『Modern Classical Philosophers』
Wilhelm Windelband 『History of Philosophy』
Ralph Barton Perry『Present Philosophical Tendencies 』
Hamilton William『Lectures on Metaphysics and Logic』
William James Durant『The Story of Philosophy』

このようにして、タレス(BC 5:Thales)からジェームズ、ベルクソン(AD 19-20:Anri Bergson)に至るまでの哲学的思弁の、多かれ少なかれ時系列的な発展を辿ってきたが、今度は読者の注意を哲学的思考の起源に至る要素と、それに伴う状況へと向けさせよう。

ギリシャ人は哲学の諸分野に特異なほど敏感であったが、この学問を彼ら固有のものとみなすべきではない。
トーマス・スタンリー(Thomas Stanley)は「ギリシャ人の中には、哲学の起源は自国にあると主張する者もいたが、より学識のある者は、それが東洋に由来することを認めていた」と記している。

ヒンドゥー教、カルデア教、そしてエジプトの学問という壮大な制度こそが、ギリシャの叡智の真の源泉であると認識されなければならない。
エジプトは、太古のエローラ(Ellora:インド、アウランガバートの洞窟)、ウル(Ur,Uruk:メソポタミア遺跡)、メンフィス(Memphis:古代エジプトの都市)の聖域が原始人の思考基盤に投げかけた影を模範としていた。

タレス、ピタゴラス、そしてプラトンは、哲学の旅の中で多くの遠方の宗教と接触し、エジプトと不可解な東洋の伝承を持ち帰った。
このような議論の余地のない事実から、哲学は古代の宗教的秘儀から生まれ、秘儀が衰退するまで宗教から分離されることはなかったことが明らかである。

したがって、哲学的思考の深淵を探ろうとする者は、神の啓示の最初の守護者として任命された、秘儀参入を受けた司祭たちの教えに精通しなければなならないだろう。

秘儀は、最も高貴な知性にしか理解できないほど深遠で、個人的な野心が死に、人類への無私の奉仕に人生を捧げた者だけに安全に啓示されるほど強力な超越的知識の守護者であると主張してきた。

これらの神聖な制度の尊厳と、普遍的な叡智を所有するという主張の正当性は、古代の最も著名な哲学者たちによって証明されている。

彼ら自身も秘密の教義の深遠さを授かり、その効力を証言した。

当然ながら、次のような疑問が提起されるだろう。もしこれらの古代の神秘主義組織がそれほど「本質と重要性」を持っていたならば、なぜそれらと、それらが保有していたとされる奥義に関する情報が現在これほどまでに乏しいのだろうか?

答えは至って単純である。
秘儀とは秘密結社であり、その入信者を不可侵の秘密に縛り付け、神聖な信託を裏切った者には死をもって報復した。

これらの学派代哲学者によって広められた様々な教義の真の源泉であったにもかかわらず、それらの教義の源泉は世俗の人々には決して明かされなかった。

さらに、時が経つにつれ、教えはその普及者の名前とあまりにも密接に結びつくようになり、実際の、しかし難解な源泉である秘儀は完全に無視されるようになった。

秘儀の言語は象徴主義である。実際、それは神秘主義や哲学だけでなく、自然界全体の言語でもあるのだ。
何故なら、宇宙の営みの中で活動するあらゆる法則と力は、象徴という媒体を通して、人間の限られた感覚に顕現されるからだ。
多様な存在の領域に存在するあらゆる形態は、それが生み出される神の活動の象徴である。
人々は常に象徴を通して、言語の限界を超越する思考を互いに伝えようとしてきた
人間が考案した方言は、神の思想を永続させるには不十分で価値がないとして拒絶し、秘儀は、超越的な知識を保存するためのはるかに独創的で理想的な方法として象徴主義を選択したのだ。

一つの図において、象徴は明らかにすることも隠すこともでき、賢明な者には象徴の主題は明白であるが、無知な者にはその図は不可解なままであるからだ。
したがって、古代の秘教を解き明かそうとする者は、その教義を不道徳な者の手に渡る可能性のある書物の開かれたページではなく、それが本来隠されていた場所から探さなければならない。

古代の秘儀参入者たちは先見の明があった。
彼らは国家が興亡を繰り返すこと、帝国が興亡を繰り返すこと、そして芸術、科学、理想主義の黄金時代の後に迷信の暗黒時代が訪れることを理解していた。
後世の人々の必要を第一に考え、古代の賢者たちは、自らの知識を確実に保存するために、想像を絶するほどの努力を尽くした。

彼らはそれを山肌に刻み、それぞれが幾何学的な驚異である巨大な像の中に隠した。
彼らは化学と数学の知識を、無知な者たちが語り継ぐ神話の中に、あるいは時が経っても完全には消え去っていない寺院の柱やアーチの中に隠した。

彼らは、人間の破壊行為も自然の無慈悲さも完全には消し去ることのできない文字で記した。

今日、人々はエジプトの砂漠にぽつんと佇む雄大なメムノン像(Memnon:ルクソールのアメンホテプ巨像)や、パレンケ(Palanque:マヤ遺跡)の奇妙な段々になったピラミッドを、畏敬の念と敬意をもって見つめている。
これらは古代の失われた芸術と科学の無言の証言であり、この叡智は、人類が普遍言語――象徴主義――を読み解くことを学ぶまで、隠されたままでいなければならない。

この序文となっている本書は、古代の象徴的図像、寓話、儀式の中に、生命の内なる神秘に関する秘密の教義が隠されているという命題に捧げられている。
この教義は、世界の始まり以来、少数の秘儀参入者たちによって完全に保存されてきた

これらの啓蒙された哲学者たちは、他の人々も理解できるように、自らの公式を残して去っていった。
しかし、これらの秘密の過程が未開の者の手に渡り、歪められることのないように、大いなる秘儀は常に象徴や寓話の中に隠されてきた。そして今日、その失われた鍵を発見できる者は、それらを用いて哲学的、科学的、そして宗教的真理の宝庫を開くことが出来るかもしれない。

オルペウス秘儀の古代の象徴は、蛇に絡みついた卵であり、燃え盛る創造の霊に包囲された宇宙を象徴していた。
卵はまた、哲学者の魂を、蛇は秘儀を象徴している。
秘儀参入の瞬間に殻が破れ、人は哲学的再生の胎児期を通して留まっていた肉体的存在の胎児期から脱却してゆくのだ。

THE ORPHIC EGG. From Bry


次回:①ー1
現代のフリーメーソンの象徴主義に影響を与えた古代の秘儀と秘密結社から


終わりに

今回で序論が終了する。
次回以降本編に移っていくが、今回の序論において作者が最も述べたかった内容は最後の部分に集約されていると思う。
過去の賢人ら、哲学者らの智慧の源へと徐々に迫っていく。

オカルト(秘教)は秘儀伝授者によって伝授、継承されたものであるという事。

また、それらは「秘密結社」によって厳重管理されてきたという事。

太古の賢者の多くが、この秘儀の共通伝授者、継承者であるという事。

そして、この教えの源泉は遙かインドやオリエントの地にあるという事。

この教えが文字として記述されるようになる遙か以前は、口述、マントラ(真言)などによって継承されていたため、どのような形での最古の(文字による)文献であろうとも、その源とは言い難いのである。

しかし、この叡智は開かれ、我々がそれを受け容れる(思想として受容すること)が出来るかどうかは、個々人の意識の問題であろう。

アトランティスをただの空想、絵空事と思えば、そうであろうし、エジプトの神々を至高者として信奉し、エジプト文明を至高の文明と認識していれば、インドやオリエントの古代文明を未開の文明であると見做すだろう。

文字の発明は幾分時代を経た後であるが、私が同時に翻訳しているヒギンズの書、またこれから開始するバイイーの書も併せてお読みいただけるとこれらの見解が一致するときが何れ訪れるだろう。

これらの太古の叡智とその系譜を無視してしまっては、人類の意識進化の歴史(一般的な目に見える歴史ではなく、内面の進化の事)が何れ途絶えてしまうだろう。

私は学者でも何者でもないが、それが未来の人類の資産として継承され、後に彼ら秘儀参入者らの権威を取り戻す時が訪れる事を願っている。

ではまた。




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