「サルに恋する5秒前」8「ハートブレイクの朝」
昨夜、電話でくるみはカッキーに「恋人ごっこ」だと伝えてしまった。
泣きはらした目で朝の柔らかな日差しの外へ出たくるみは、出勤のため駅へ向かおうとした。
アパートの前に鈴村朔が待っていた。
「だいぶ泣いたみたいだな」

「どうしたの、さっくん」
「カッキーに『恋人ごっこ』って伝えたって聞いて心配になって。待ち伏せされるんじゃないかと。駅まで一緒に行こう」
鈴村朔はボディーガードのつもりらしい。出勤前なのでスーツ姿だ。
二人で公園の横の道を歩くと、カッキーが泣きはらした目で待っていた。
柿本潤平ハートブレイクの朝。

「カッキー」くるみが呟いた。
「くるみさんに将棋を教えている鈴村朔です」
鈴村朔は二人を公園に誘導した。
「あんたは無関係なんやろ」
カッキーが鈴村に言い、
「悟流が好きなんや?」
くるみに聞いた。
「ごめんなさい」
くるみは頭を深く下げた。
鈴村朔はカッキーを、くるみから離れた木陰に誘導した。
「俺を一発殴ってください」
「は?」
「彼女を許してやってくれませんか?」
「ずいぶんカッコつけるんやな。聞き覚えのある名前やけど、あおいちゃんにライン送ってた奴か」
「そうです」
「で、今度はくるみに片思いか? びっくりするようなイケメンやのにモテないんやな」
鈴村朔は苦笑した。
「ほんと、自分がこんなにモテないなんて思いもよらなかった」
「くるみに片思いは認めるんや?」
「認めます。彼女に言わないでください。キャパオーバーだから負荷をかけたくないんで」
「で、なんであんたが殴られる役を買って出るんや?」
「気晴らしになるんじゃないかと」
「気晴らし?」
「彼女への怒りが減るんじゃないかと」
「せっかくそう言うんなら気晴らしさせてもらうわ」
覚悟を決めてじっとする鈴村朔に、
柿本潤平は殴りかかった。
鈴村朔の美しい顔ぎりぎりの寸止めで拳を止めた。
鈴村朔は息を吐いた。
「本気で殴られるつもりやったんや。無関係の片思いやのに」
「……」
「俺も恋人ごっこに舞い上がったアホやけど、あんたも相当なアホやな。ちょっと気が抜けたわ」
と言いながらフェイントして、柿本潤平はまた殴りかかった。
鈴村朔は素早くよけた。
柿本潤平は笑った。
「今度はよけたか」
「覚悟は一回きりなんで」
鈴村朔も笑った。
「彼女と話をするから、聞こえない距離に控えてくれるか?」
この人は落ち着いているから大丈夫だろう、と鈴村朔は判断した。
「俺はあっちで待っているから」
くるみに声かけして、離れた木の陰に佇んだ。
柿本潤平とくるみはベンチに並んで座った。
「なんでくるみんまで泣いたんや。振られたのはこっちやのに」
「わかんない」
「俺にはわかるけどな」
「…」
「長く話すけどいいか? 会社遅刻するけど」
「うん。カッキーが話し終わるまで聞くね」
「そんだけ泣いたってことは俺の事が好きなんやろ」
「…」
「将棋の先生より好きなんやろ?」
「あたりまえ!」
「そんなら二番目のまま置いといたらどうや。キスやハグのスキンシップやめるから。悟流にはあおいちゃんがいるし振られる可能性高いやろ? 面白い男やと思うけどな俺は」
くるみは首を横に振った。
柿本潤平は溜息ついた。
「昨夜、お菓子食べて一晩中考えたんや。気晴らしにバイク乗ってたら事故ってたかもしれん」
「そんなことも考えないで電話で言っちゃったんだ。バイク乗らないで良かった」
「恋人ごっこについて考えたんや」「うん」
「ごっこ遊びって男はしないやろ。けど俺も中学生の時にしたんや。好きなバンドがいてなりきりごっこ」
「楽器なに?」
「ギター」
「ギター弾くの? くるみも弾いてる」
「俺らまだ始まったばかりでなんも知らんかった。これからやったんやな」
「……」
「テニス部の奴らと、なりきりごっこでコピーバンド作ったんやけど、目当てのバンド、解散してしまったんや。で、何が言いたいかっていうと」
「……」
「好きなバンドの真似する目的で『ごっこ遊び』して、ギターは手段やった。目的のバンドは消えて顔も忘れたけど、手段のギターは10年以上経って今も弾いてる」
「…」
「俺はギターや!」
柿本潤平は立ち上がってエアギターをかき鳴らした。
様になったパフォーマンスでカッキーらしい粋な表現だ。
「カッキーってすごい。どんどん気持ちを動かしていく」
「面白がるなら二番目に置いとけ」「だからだめなの」
「気持ちが動くからだめなのか?」
くるみは頷いた。
「悟流に100%で行きたいんやな?」
くるみは頷いた。
「昨夜それも考えたんや。くるみんがなんで急いで俺を遠ざけたいのかって。俺に気持ちが揺れてしまうのが嫌なんやろうって思った」
「…」
「ブランコ乗って、俺の良いところを並べて言ってくれたやろ。あれを機会に遠ざけようとしてるからな」
「…」
「高校テニス部で学内トップの成績の奴が二人いてな。東大志望やったんや。仮にABとしとくけど、二人とも高3の東大模試でA判定、不合格なら1浪するって言ったんや。センター試験で二人とも九割以上の点数とって、センター利用で最難関の私学の合格をとった時、二人の母親は振り込んで合格を確保しようか?って聞いたそうや。Aは振り込むなって言って、Bの母親だけ振り込んだ。結果Bは東大不合格で浪人せず最難関の私学へ進学し、Aは東大に現役合格した。開示したら合格最低点に近い点数やったらしい。Aは言ってた。振り込んでたら合格できなかっただろうって」
「…」
「つまり、くるみんは俺に振り込みたくないんやろ? 退路を断ちたいんやろ?」
「…」
「俺といると、俺を好きな気持ちがふくらむから、悟流に100%で行けなくなる。孤独になるリスクを負っても、俺を遠ざけたいんやろ?」
「カッキーすごいな。くるみの頭のを言語化してくれる」
「切なすぎる言語化やけどな」
「カッキーを好き! だから無理なの」
「好きって認めたか」
柿本潤平は淋しそうに笑った。
「撤退するしかないな」
カッキーはくるみの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「とりあえずの撤退。悟流への恋に向かって、やるだけやってみろ」「……」
「淋しくなるぞ。23時55分に『おやすみ』の電話がなくなるからな。楽しみにしていたやろ?」
「バレてたのね」
「くるみんはクールやけど、気持ちが染み出るからな。最後に…とりあえずの最後にハグしていい?」
柿本潤平はくるみをふんわりと抱き締めた。
くるみは彼の体温を感じた。
「恋人ごっこの終了は俺が決める。始まりはくるみんが決めたんやから」
鈴村朔が小走りにきた。
柿本潤平は名残惜しそうに、くるみを離して立ち上がった。
「将棋の先生。くるみんに綺麗に詰まされたわ。先生やったら投了やな! 早く会社行け」
くるみを押し出した。
柿本潤平は芝生に寝転んで空を見上げた。

くるみと鈴村朔は駅へ歩いた。
「カッキーは納得してくれた?」
「悟流への恋に向かって、やるだけやってみろって」
「すごいな彼は」
「23時55分の『おやすみ』の電話が無くなって淋しくなるぞって。もうすでに淋しい」
鈴村朔は思い切って言った。
「俺が電話しようか?」
くるみは首を横に振った。
「23時55分はカッキーの時間なの」
鈴村朔は思った。
カッキーの言う通り投了か。
しかし成就する恋だけが恋じゃない。まだ諦めてもいない。
「また将棋を教えてやるよ」
「ありがとう、さっくん。会社遅刻よね」
「まあ俺、仕事できるからな」
くるみはぶきっちょな笑顔を見せて、別の電車へと別れた。
鈴村朔は一度振り返った。
くるみは振り返らずに歩いて行った。

✨✨✨
くるみは会社帰り、木山悟流のアパート前の木陰で待っていた。
公園にはあおいがいるから行けないし、二人で家に来るかもしれないので隠れていた。
悟流が帰ってきた。
くるみは笑顔でぱっと前に出た。
「待ち伏せしちゃった」
「びっくりした」
「え、全然びっくりしてなくない?」
「遠くから見えたから。くるみちゃんが隠れているの」
「昔からかくれんぼが下手で最初につかまる子だった」
二人は笑った。
「家に入る?」
「いいのかなぁ?」
くるみは斜めに首を傾げた。
「気持ち決めるまで襲ったりしないから。美味しいコーヒーいれるよ」
「わあ飲みたい」
くるみは悟流の部屋に入った。

悟流がいれてくれたコーヒーを、二人は飲んだ。
「あおいさんが来たら、くるみが絵を見たくて押しかけたって言うね」
「あおいに何も話してない?」
「これ言うのめちゃくちゃ嫌だけど、くるみが振られる可能性もあるでしょう? あ、図々しい言い方しちゃった。振られる可能性の方が高いか。そうなった時、あおいさんに陰をつくる必要ないなって」
「…」
「ふられたら花嫁の後輩として結婚式に行くね」
「…」
「でも、くるみを選んでくれるんなら、大好きな先輩で、ごめんねだけど遠慮はしない。一度しかない人生だから。宣言しちゃった」
「宣言されました」
「カッキーがあおいさんに話すかもしれないけどね」
「え?」
「昨夜『恋人ごっこ』を伝えて、今朝お別れしたの」
「何て言ってた?」
「悟流への恋に向かって、やるだけやってみろって」
「すごいなカッキーは」
「ほんとすごいの。あんな格好いい男、くるみは他に知らない」
「俺は格好よくないからなぁ」
「そこがいいの」
ふたりは見つめあった。

「悟流さん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「一度だけしてくれる?」
「え」
「キス」
悟流はびっくりして椅子から転げ落ちそうになった。
「だめ?」
「…」
「断られたら、くるみは撤退します」
「本気で言ってる?」
「本気で言ってる」
「大胆だなぁ。さっき家に入るの躊躇っていたくせに」
「ためらってないよ」
「いいのかなぁ?って言ったよね」
「いいのかなぁ? くるみからキスしてって言われちゃうけどいいのかなぁ?」
「そういう意味か。断ったら撤退するって本気?」
「本気。これ断られたら諦める」
「…」
「ファーストキスが恋人ごっこでしょ。カッキーとのキスを塗り替えるなら今日しかないの」
「…」
「あおいさんに罪悪感があるなら、くるみからキスします」
くるみは座っている悟流に近づき、顔を近づけた。
悟流はくるみを見つめている。
「目つぶってくれないの?」
「くるみちゃんがつぶって」
「つぶったらできない」
「俺からする」
悟流は立ち上がって、くるみにキスした。
ついに一線を越えてしまった、と悟流は思ったが、情熱が溢れて止まらなくなった。
キスを終えて、悟流はくるみを抱き締めようとした。
くるみはぱっと離れた。
「ありがとう。これっきりね」
「これっきり?」
くるみはバッグを持ち玄関へ行く。
悟流は追いかけた。
「これっきり?」
「これっきり。悟流さんが気持ちを決めるまでは」
「…あ、そういうことか」
「これっきり。この部屋に来ません。電話してもいい?」
「え、部屋じゃなきゃ会えるんでしょ?」
「いいのかなあ?」
「また、いいのかなあ?って、ちょっと謎すぎる」
「謎じゃないじゃん。くるみの気持ちは伝えたでしょ?」
くるみはギターを弾くポーズをした。
「家まで送るよ」
「大丈夫。まだ早いから」
「もうちょっといて欲しい」
「そんなこと言える立場かなあ?」
くるみは手を振って帰った。
「はあ」嵐のように心を襲ってくる、くるみの魅力に息をつく悟流。
悟流はくるみの後を追った。
濃い紫色の空の下、歩くくるみに悟流は追いついた。
「さっきドキドキしちゃった」
くるみはちょっと斜めに悟流へ視線をあげた。
「俺も」
悟流は手を繋ぎたかったけど、そんなことする立場かなぁ?と言われそうで、繫げなかった。

✨✨✨
大手スーパーマーケットの本社(都内の自社ビル)の広報部で、鈴村朔は仕事している。
入社三年ながらアイディア豊富なシゴデキ社員で、将来の幹部候補と言われている。
同じ広報部の隣の課に、あおいの姉の緑子40歳は勤務している。
緑子は頭はそんなにきれないが、人柄が真面目で可愛げがあり、人事評価はそこそこ高い。
廊下ですれ違った時、緑子が鈴村朔に話しかけた。
「鈴村くん、ボウリング行ってるの?」
「うん」
緑子と鈴村朔はボウリングが趣味で試合にも出ている。
「今度勝負しようよ」
緑子は気軽に言って通り過ぎると、
「いいよ」
と声が聞こえた。
緑子はびっくりして振り返り、
「え、私とボウリング行く?」
声が裏返った。
鈴村朔はたじろいだ。
「単なるボウリングでしょ? なんか俺、ヤバいこと言いました?」
緑子はぶんぶん首を横に振って、
「ヤバくない。何にもヤバくないよ。単なるボウリング行こう。気が変わらないうちに行こう。今日は?」
と詰めていった。
「今日はまあ残業もないけど」
「一ゲームでいいから。ねっ」
緑子は独身で七年くらい恋人もいない。
鈴村朔のような目の保養になる美青年と二人でお出かけできるなら、平凡な日常で十年に一度レベルのときめきイベントとなるのは間違いない。
それを言っちゃうと引かれるので、さりげなく、しかし彼の気の変わらないうちに、ことを進めたかった。
「まあ、じゃ行きますか。現地集合で」
✨✨✨
ボウリング場で待ち合わせして対戦した。
緑子は楽しくて舞い上がり、実力が出せず3ゲームとも負けた。
隣のレーンの二十代の女子グループが
「あの格好いい人、何者?」
とチラ見してきたが、鈴村朔は彼女たちに目もくれずボウリングに没頭しているのも、緑子には小気味よかった。
ストライクはお互いしょっちゅうとるのでハイタッチしないが、普段一人で黙々と投げる数百倍も楽しい気分だった。
✨✨✨
緑子が何か食べて行こうと言い、二人は店を探して街を歩いた。
「ありがと。上司に付き合ってくれて。何でもおごるわよ」
「緑子さんは上司って感じでもないな。割り勘で」
「上司じゃなければ何?」
「同僚とか、友達のお姉さんって感じかな」
緑子は立ち止まり、息を整えて言ってみた。
「なら友達でよくない?」
鈴村は緑子を見つめて少し考えた。

「うーん、まあいいよ。俺、友達少ないし」
「え、てことはまたそのうちボウリング一緒にやっちゃう?」
「いいよ」
緑子はお気に入りの黄色いワンピースでふんわり舞い上がった。
空の上に丸く光るお月様の位置まで。

鈴村朔は好きな女の子がいて、その恋は片思い。(ちょっと聞き出した)
緑子は何年も恋していない。
でもだからって何だというのだろう?
一瞬のときめきや煌めきがあれば人生は彩るんじゃないかな?
「私ね、モデルやってるの」
「はあ?」
「画家の木山悟流が描く木登りのモデル」
「あれって緑子さんだったのか!」
鈴村朔は画廊で見た猛獣みたいな顔で木登りする女の絵を思い出した。
「動物園の飼育員さんがね、私のこと飼育している動物に似てるって気に入って、絵を二枚も買ってくれたんだって!」
それって自慢するポイントかな?と鈴村朔は吹き出し、無邪気に誇らしそうに言う緑子は可愛い人だなと思った。
恋ではなく、鈴村朔から十五歳年上の緑子への友情のリスペクトである。
✨✨✨
くるみは昨夜、木山悟流から電話を貰って言われた。
「気持ちを決めたから会って欲しい」
告白されるのか振られるのか、声の感じから読めずドキドキする。

くるみは、何も知らないあおいと給湯室でアリスのティーパーティーをした。

「今日はね、さとるん、公園に来ないんだって」
あおいはお茶をいれながら微笑んだ。
くるみは胸がズキンとした。
会社と離れた街で悟流と待ち合わせしているのだ。
「あおいさん、寂しそうに見えないけど?」
「会社帰りに会ってお喋りするのが習慣になっちゃって、よくわかんない。今日はお洋服でも見に行こうかな? くるみん一緒に行かない?」
「くるみはお洋服はあまり買わないの」
「買ったけど着てない服があるの。あげようか?」
「え、本当に?」
あおいは素敵な服をたくさん持っている。
あおいの部屋着でも、家賃があって節約しているくるみの一番良い服よりお洒落だろう。
「くるみんに似合いそうなお洋服、今度、見つくろっておくね」
あおいの無邪気な好意を断れなかった。
くるみもあおいのお下がりが欲しい。お洒落したい。
罪悪感がズドンときた。
✨✨✨
くるみは木山悟流と知らない駅で待ち合わせ。
今日、ついに初めての恋の結果が出る。
木山悟流は格好よいジャケットを着て、お洒落して現れた。
そんな服を持っているんだ、とくるみは驚いた。
でも木山悟流の好きなところはサルっぽさなので、服装で好きポイントは変わらない。

「くるみちゃん、お仕事お疲れ様。何が食べたい?」
街を歩きながら悟流は聞いてきた。
恋愛の一大イベントである告白的な話をするので、お店を予約していると思っていた。
くるみは肩透かしを食らった。
「おなかすいてるか、すいてないかわかんない。緊張して」
「え、緊張してるの?」
そりゃあ緊張するでしょうよ、とくるみは頬をふくらませた。
「気持ちを決めたから会って欲しい」と言われて緊張しないわけがない。
「じゃあ軽く飲んで食べれるところにしようか」
木山悟流は適当に見つけた店にくるみを誘った。
くるみはその店を見て、振られるのを確信した。
そこは前にカッキーと映画館へ行った帰り、
「腹へったからなんか食ってくか。お酒も飲めそうやな。ちょっとうるさそうやけど、隣に座れば映画の感想も喋れるやろう」
と適当に入ったお店と似た感じのカジュアルなお店だった。
このお店で大切な告白をするわけがない。
振るつもりだから、ちゃちゃっとすませる気だ。
「どうしたの、くるみちゃん」
立ち止まったくるみに、悟流は不思議そうな顔をした。
くるみはしょんぼり後に続いた。
カウンターで並んで座って、「適当にシェアできそうなのを注文するね」と悟流が食べ物を選んでいる間、くるみはお酒のメニューを見つめた。
綺麗な色したカクテルが並んでいる。
くるみは大学の卓球サークルで飲んだくらいしかお酒を飲まず、コップ二杯のビールで酔っ払った。
でもちゃんと家に帰れたので、二杯なら大丈夫なことを知っていた。
カッキーと飲んだ時、お酒はあまり飲めないと言うとカクテルを選んでくれた。
甘くて美味しくて二杯飲んで酔って、カッキーに送ってもらって歩いて帰った。
くるみは二杯なら大丈夫なことを知っていた。
悟流が食べ物と自分の飲み物を注文し、くるみは綺麗な色のカクテルを2種類注文した。
悟流は目を丸くして、
「え、くるみちゃんってお酒強いの? アルコール度数が高そうだけど」と言ってきた。
くるみはよくわからないことは知らんぷりした。
「それで気持ちが決まったのね?」
くるみはカクテルを飲みながら促した。
「うん。くるみちゃんには悪いんだけど」
やっぱりだ、とくるみはカクテルをグイッと飲みほした。
「くるみを選ばないのね?」
泣きそうだったが、カクテルの中から得体の知れない強めのエネルギーがかあっとのぼってきて、顔が熱くなった。
「うん。くるみちゃんを選ばない。理由はね」
くるみは二杯目のカクテルを飲んだ。
カッキーと飲んだ時のような甘さも無かった。
淡々とくるみを選ばない理由を言われるんだ、と絶望した。
このサルは思わせぶりすぎる!
つい先日、くるみとキスして、もっと一緒にいたいと追いかけてきて、俺もドキドキしたとか言ってきて、電車に乗ってくるみのアパート前までついてきた。
その数日後がこれだ。
サルは語る。
「選んだのは完璧な美しさで‥」
はあ、あおいの美しさを語るのか。
要するにあれだ。彼女自慢。

くるみは二杯目のカクテルをグイッと飲みほした。
そりゃあ燦然と輝くあおいの美しさと比べたら、くるみレベルはすっぽんのぽんだ。
「でも、くるみちゃんを選ばなかった本当の理由はね」
悟流が隣を見ると、くるみは酔いつぶれて突っ伏していた。
✨✨✨
ハートブレイクの朝、くるみは目覚めた。
朝ご飯の匂い。お腹が鳴った。
くるみは昨夜の服(通勤のブラウスとスカート)を着たまま布団に寝ていた。
キッチンへ行くと、悟流が朝ご飯の準備をしていた。
焼き魚に卵料理、味噌汁にお新香。
「くるみちゃん、お早う。昨夜は何も食べてないからお腹すいてるんじゃないかな?」
悟流が味噌汁をよそってくれた。
彼のアパートだ。
なぜ私はここにいるのだろう?
「お酒弱いのに、強い酒を一気に飲んだら危ないよ。他の男の前では絶対だめだよ」
「くるみ、酔いつぶれたの?」
「うん。連れて帰るの大変だった」
「どうやって?」
「店からタクシー乗って、アパートの階段を抱っこしてのぼったんだよ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
くるみは頭を下げた。
悟流は「敬語なのか。やっぱり」と笑った。
「誤解してるよね?」

「誤解? くるみを選ばないって言われたのは覚えていますけど!」
「それはコンクールの絵の話だよ」
悟流は悪戯っぽく笑った。
「え? 恋の話じゃなくて?」
「恋をどうするか決める前に、コンクールに集中してくださいって、くるみちゃんが言ってくれたよね。忘れちゃった?」
あれ?とくるみは首を傾げた。
「可愛い顔して、とぼけてもだめ」
「じゃ美しさで選んだって鈴村くんの裸体画なの?」
「そう」
「振られたわけじゃないの? ていうか美しさでくるみは鈴村くんに負けたの?」
「くるみちゃんの絵を選ばない理由があるから。まず朝ご飯食べよう」
振られてない喜びと、朝ご飯の美味しさに感動したくるみは素直に言った。
「このお味噌汁すごく美味しい」
「おかわりあるよ」
「お料理上手なのね。本とか読むの?」
「適当につくってるだけだよ。一人暮らし長いから」
「くるみも一人暮らし、そこそこ長いけど、この差は何? センスかなぁ?」
「さあ?」
「カッキーから聞いてない? くるみがお料理、下手なこと」
「カッキーはそんなこと言う奴じゃないよ」
くるみは優しかったカッキーのことをじんわり思い出した。
「相手を楽しくさせることはお喋りだけど、相手を悲しませることは言わない人なのよね、カッキーは」

「後悔してる? カッキーと別れたこと」
「後悔してるって言ったら、悩まなくてすむからほっとする?」
「もうそんな段階ではなくなった」
✨✨✨
朝ご飯を食べた後、悟流はくるみを絵を描く部屋に連れて行った。
そこには、ソファーに座るくるみの裸体画があった。
あどけない顔立ちに情熱的な表情をし、絵の中央に豊満な乳房が描かれている。
「くるみちゃんの絵を選ばなかった理由は、コンクールでこの絵に点数をつけられたくなかったから」
「‥」
「もっと言えば、他の人に見せたくなかったから」
「前に、あおいさんを裸体画のモデルにしたくない理由もそう言ったでしょ?」
「うん」
「あおいさんを愛していたから?」
「うん」
「今はくるみを愛しているの?」
「コンクールが終わるまで待って欲しい。鈴村くんに裸体画の了解を得ないといけないし、絵の製作に打ち込みたいから」
「くるみの裸体画を画家の目で見てるの? 見てないの?」
「絵を描いた時は100%画家の目で見てた。でも、くるみちゃんがラブソングを歌ってくれて変わってしまった」
「画家の目で見ないなら何? エッチな目で見てるの?」
悟流は吹き出した。
「まあ、そういうのも否定できないかな」
くるみは裸体画を、手を広げて身体で隠した。
「ずるい。そんなの。コンクールが終わるまで、くるみが預かるから」
「え、奪っていくの?」
「コンクールに出さないなら、気持ち決めるまで預かります」
くるみが絵を持って帰ろうとすると、悟流は押しとどめた。
「エッチな目で見るだけじゃない。もっと大きな気持ちがあるから」
くるみの美しい大きな瞳に問われ、悟流は息を吐いた。
「認めるよ。恋という感情を抱いていると思う」
突然の恋の告白に感動するくるみから絵を取り戻した悟流は、
「ああ。今言うつもりじゃなかったんだけど」
と困った顔をした。
「ごめんね。コンクールが終わってから、ゆっくり考えてって言ったのに」
「思い出してくれた?」
「もう聞いちゃった」
くるみは嬉しそうに微笑み、それから真顔になった。
「でも、どうなるかわからないと思ってる。あおいさんは魅力的だもん」
悟流はスケッチブックを見せた。
「可愛くて描いた」
昨夜の酔いつぶれて眠っているくるみが描かれている。
ブランケットを掛ける前の、横向きの足を曲げた感じの寝姿だ。
「1つお願いがあるの」
「なに?」
くるみは切なさを感じながら告げた。
「もし、くるみを恋人に選ばないなら、その時はこの絵をください」
自分の裸体画を指した。
「約束するよ」
「じゃあ会社へ行きます」
悟流は引き止めてキスしようとした。くるみは押し返した。
「これっきりって言ったでしょ?」
「この部屋に来るのも、これっきりって言ったけど、いるよね?」
「確かに」
再びキスしようとする悟流を、くるみは受け入れた。
「これっきりね」
二人はキスをした。
(9話へ続く)
イラストを描いてくださった方々です。

