「早くやって」と上から言っていた私が、子どもと同じ目線に立てるようになるまでの話
前回の記事で、私は「親」という上から
見下ろす言葉ではなく、子どもの隣に
座って、同じ目線で過ごす「一人の大人」で
ありたい、とお話ししました。
私がどうしてそんな風に考えるように
なったのか。
今回は、そのきっかけとなった、
私の保育の原点にある少し恥ずかしくて、
でもとても大切な思い出を
お話しさせてください。
「もっと早くやりなよ」
と立って見ていた実習生の私
それは、私がまだ保育の短大生だった頃。
初めての保育園実習での出来事でした。
子どもたちとどう関わっていいか分からず、
手遊びをしたり、絵本を読んだり、
ただ必死に担任の先生の真似を
していた毎日のことです。
その園ではお昼寝の時間が終わると、
お布団の下に敷く「大きなロールマット」を、
みんなでくるくると丸めてお片付けする
決まりがありました。
実習1日目の私は、ただ立って、
子どもたちがマットを丸める様子を
上から見つめているだけでした。
そして実習2日目。
なかなか進まない子どもたちを見て、
私は立ったまま上からこんな声を
かけたのです。
「もっと、端っこの子が早くやった方が
いいよ!」
今振り返ると本当に恥ずかしいのですが、
当時の私はただ
「お片付けを早く終わらせなきゃ」
ということしか頭になかったのだと
思います。
5歳の子どもたちは、
なんだか「うるさいなぁ……」という顔を
して、私を見ていました。
当然ですよね。
やってみて初めて知った
5歳の世界の重さ
実習ノートにその日のことを書くと、
担当の先生からこんな温かいアドバイス
(振り返り)をいただきました。
「 次は、一緒にやってみると、違う声かけができるかもしれないですね 」
その言葉にハッとして、
実習3日目、私は子どもたちの輪の中に
入り、一緒に床に膝をついてロールマットを
くるくると丸めてみることにしたのです。
そうしたら、衝撃を受けました。
あ、これ、見た目よりもずっと重い……
ただ丸めるだけじゃなくて、
みんなで息を合わせないと、
まっすぐに丸まらないんだ……!
ただ立って上から見ているだけでは、
1ミリも気づけなかった事実でした。
こんなに重くて大変なものを、
5歳の子たちが一生懸命に力を
合わせて丸めていたんだ。
「なんてことを言ってしまったんだろう。
これじゃいけなかったな……」
と、自分の上からの声かけを素直に、
猛烈に反省しました。
5日間の実習で
子どもたちが教えてくれたこと
中身の大変さを知った実習4日目。
私はもう、「早くやって」なんて
言いませんでした。
一緒にマットを握りしめて、
同じ目線で声をかけました。
「せーので進もう!いくよ、せーの!」
すると子どもたちは、
私の掛け声にぴったり合わせて、
一緒に力を込めてマットを丸めて
くれたのです。
その瞬間、なんだか子どもたちと、
心が一歩近づいて仲良くなれたような
気がしました。
お昼寝が終わり、お片付けの時間になると、
今度は子どもたちのほうから、
「先生、いっしょにやろうよ!」
と 笑顔で声をかけてくれるように
なったのです。
それが、本当に、本当に嬉しくて。
たった5日間の短い実習でしたが、
私は担当の先生から、
そして何より目の前の子どもたちから、
「同じ目線に立つ」
という、
保育や子育てで一番大切なことを
教えてもらいました。
だから私は
今日も隣にしゃがむ
あのとき、
もし私がずっと立ったままだったら、
子どもたちの「大変さ」も「がんばり」も
知らないまま、ただ口うるさい先生で
終わっていたと思います。
あれからたくさんの子どもたちと関わり、
そして自分自身が母になった今も、
私の根っこにあるのはあの実習の
床の上の感覚です。
「親」だからといって、
木の上に立って
「早くしなさい」
「こうしなさい」
と指示を出すのは、もうやめよう。
娘が何かに夢中になっているときも、
何かにつまずいて泣いているときも。
まずは、あのロールマットのときみたいに、
私もその場に一緒にしゃがんで、
同じ重さを感じて、同じ景色を見たい。
そんな風に、
子どもの隣で一緒に笑ったり悩んだりできる
大人でありたいなと、
今でもずっと心に決めています^^
前回の記事はこちらです▼
最後まで読んでくださり
ありがとうございました
心を込めて
まいより

