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「親」になるより、「一人の大人」として子どもの隣にいたい


私は、そもそも「親」という言葉が 
あまり好きではありません。



「親」という響きを聞くと、 
なんだか子どもより一段高いところにいる、 
偉い人のような気がしてしまうからです。 



親という漢字は、 
「木の上に立って見る」と書きます。 



でも、私は子どもを上から見下ろす存在には 
なりたくありません。  
 

木の上から監視するのではなくて、 
子どものすぐ隣に座って、同じ目線で、 
ともに時間を過ごしたいのです。 

 


大人と子ども。  

 

だけどそれ以前に、人と人。 


私は一人の大人として、 
娘と対等に向き合いたいなと思っています。 


娘のブームに 
私も本気で乗っかってみる 




子どもと同じ目線になるために、 
私が大切にしているのは  

「とにかく一緒にやってみる」  

ということです。 



娘が好きなものを一緒にやってみる。  
  


娘が好きな食べ物を、どれどれ?と 
言ってひと口食べてみる。 



最近、娘がそれはそれは夢中になって、 
シール集めをしていました。  
 

最初はただ「買ってあげる側」だったのですが、よく見ると私が小さい頃に流行った 
懐かしいものもたくさんあって。 



「そんなに楽しいなら、お母さんもやってみようかな!」 



そう言って、 
私も自分のシール帳を作って、 
娘のブームに本気で乗っかってみることに 
したのです。 



そうすると、 
毎日の景色がガラッと変わりました。  


お買い物に行けば 
「あ!ここにもシールあったー!」 
と二人で宝探しのように目を輝かせたり、 
お家でも、旅行先でも、 
お互いのシール帳を持ち寄って  


「これとこれ、交換しよ?」 
 

とシール交換をしたり。 




親としてただ見守るだけじゃ 
絶対に味わえなかった、
同じ熱量で同じ時間を共有できている 
瞬間が、私は本当に愛おしくて 
たまらないのです。 



娘からのダメ出しが 
なんだか嬉しい理由 




そんな関わり方をしているせいか、 
我が家では娘からよく「ダメ出し」をされます  
 

(お恥ずかしいですが……笑) 


私がうっかり食べこぼしをしてしまったとき。  
 

買うべきものを忘れてスーパーから帰ってきてしまったとき。 


娘は腰に手を当てて、  

 

「もう〜、お母さん!だから私が言ったじゃん!気をつけないと〜!!」 

 

と、いっちょ前に叱ってくれるのです。 



その姿を見るたびに、 
私はなんだか嬉しくなってしまって、 
「気をつけますっ!はーい♡」 と、 
頭をかきながら返事をします。  
 

これが我が家のいつもの日常です。 



完璧で偉いお母さんじゃなくていい。  


 
ちょっと抜けているところもある私を、 
娘は一人の人間として、 
対等に助けたり突っ込んだり 
してくれています。 



木の上から降りて、隣に座ろう 





子どもの世界を  

「買ってあげる」  

「やらせてあげる」 


という上からの視点だけで済ませて 
しまうのは、なんだかもったいないなと 
思うのです。 



子どもと同じ目線までしゃがんで、 
同じものを 


「楽しいね」 

「美味しいね」 


と笑い合える関係。  


それって、親子の枠を超えた、 
人生の最高の相棒のような気がします。




これからも私は、 
 

「親」になるのではなく、 
娘のいちばん近くで一緒に笑い、 
一緒に夢中になれる、  

頼りないけれど楽しい「一人の大人」として  

隣に歩んでいきたいです^^ 

 


▼木の上から降りて、隣に座ろう 
と思うようになったきっかけを書いています 


 

最後まで読んでくださり  
ありがとうございました 

 
 

心を込めて
まいより  


 

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