エアコンつけない高齢者宅と、4年前のチョコ
先日、高齢者の方のお宅へ、ちょっとした用事で伺う機会があった。
今の時代、用事なんて電話一本で済む。
それでも私が直接足を運ぶのは、ほんの少し顔を見せるだけで、相手が驚くほど喜んでくれるからだ。
「わざわざ来てもらわなくていいのに!」
口ではそう言うけれど、玄関のドアを開けた瞬間の、嬉しそうな笑顔を見れば、「あぁ、来てよかったな」と思う。
もし自分がいつか同じ年齢になったら、きっとこの訪問がどれほど嬉しいか、少しだけ分かる気がする。
「まぁ、上がってってよ」
そう言われて、リビングにお邪魔したのだが……ここで夏の「高齢者宅あるある」に直面することになる。
そう、エアコンが付いていないのだ。
窓を開け、扇風機は回っているものの、入ってくるのは外からの生暖かい風だけ。
部屋の中はかなりの熱気が籠もっている。
電気代の節約なのか、あるいは「体に悪い」という昔ながらの思い込みがあるのか、どうにもエアコンをつけることに抵抗があるらしい。
どうりで、玄関に出てきたときに首にタオルを巻き、髪が濡れていたわけだ。
お風呂上がりかと思ったが、ただ暑くて汗をかいただけだった。
「さすがに暑いですよ。エアコン、入れましょう?」
私が促し、ようやくリモコンのスイッチが入った。……と思ったのも束の間、数分後には室内に強烈な冷気が吹き荒れる。
「ほらね? 入れると寒いでしょ」
そう言うと、すぐにスイッチを切ってしまった。
この極端なオン・オフの繰り返しを体験しながら、私はふと、昔ハワイで乗ったリムジンのことを思い出していた。
見た目は最高に豪華なリムジンだったが、運転手いわく「この車のエアコンはONとOFFしかないんだ」とのこと。
暑くなると運転席との仕切り窓をノックして『ON』にしてもらい、冷えすぎるとまたノックして『OFF』にしてもらう。
見た目はセレブ感満載なのに、快適さで言えばレンタカーの圧勝だった。
まさに今、あのハワイのリムジンが日本のリビングで再現されている。
「27度くらいに設定して、『自動』にしておけば快適ですよ」
そう説明してはみたものの、イマイチ響いていない様子だ。
日本の夏は、もう昔の気温とは違う。
どこかで自分の中の常識をアップデートしなければならないのだが、染み付いた習慣を書き換えるのは難しいのだろう。
こうしてたまに顔を出したときに、少しずつ意識が変わってくれたらいいな、と思う。
「じゃあ、そろそろ失礼しますね」
玄関に向かうと、「ちょっと待って!」と呼び止められた。
「これ、持って行って」と手渡されたのは、ひとつのポリ袋。
中には市販のきゅうりの漬物と、輸入品のチョコレートが入っていた。
その温かいお気持ちを、ありがたく頂戴して自宅に戻った。
ホッと一息ついていると、さっき別れたばかりの相手から電話がかかってきた。何か忘れ物でもしただろうか。
「ごめんねぇ! 今、渡したチョコと同じ時に買ったやつを見てみたらね、賞味期限が過ぎてたのよ!」
「あ、私は細かいことあまり気にしないので、全然大丈夫ですよ!」
袋からチョコレートを取り出して、パッケージの裏面に目を落とした。
印字されていた日付は、「2022年」。
いまは2026年である。
なるほど、賞味期限が「ちょっと」過ぎているどころではない。
それはもはや、冷蔵庫で静かに4年間も眠り続けていた、ヴィンテージものの「熟成チョコレート」だったのだ。
エアコンの常識だけでなく、どうやら冷蔵庫の中身のアップデートにも、もう少し時間がかかりそうである。
※きゅうりの漬物は大丈夫でした※
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