ピンポン押したら
「ピンポーン」
先日、用事があって日中にご近所の家を訪ねた。
そこに暮らしているのは、穏やかな老夫婦。
少し入り組んだ路地の奥にある、昔ながらの佇まいの家だ。
チャイムを押すと、部屋の奥から「はぁーい」とのんびりした声が聞こえ、こちらに向かってドカドカと歩いてくる足音が響いた。
チャイムは、昔ながらのただ押すだけのボタン。
カメラなどはない、今どき珍しいタイプだ。
やがて、すりガラスの玄関ドアに人影が映り、ガチャガチャと鍵を開ける音がして、引き戸がガラリと開いた。
「あら、まぁ……!」
奥さんは私の顔を見るなり、嬉しそうに目を細めた。
顔見知りだからよかったものの、私は思わず、用件よりも先に言葉が飛び出してしまった。
「……あの、どこかに防犯カメラ、ついてます?」
「うち? そんなものないよぉ」
あっけらかんとした答えに、私は思わず声を大にする。
「えぇ〜っ! じゃあ、何も確認しないで鍵を開けちゃダメですよ! せめて開ける前に『どちらさま?』って聞いてください。もし私が悪い人だったら、今の一瞬でもうアウトですよ!?」
「大丈夫だよ。この辺りには悪い人なんていないから」
悪気のない、のほほんとした笑顔。
だけど、その危機感のなさに、私の「防犯スイッチ」が完全にONになってしまった。
「悪い人はどこからでもやってくるんです! 特にここは奥まった場所だから、誰が訪ねてきたか周りから死角になるでしょ? 今はカメラ付きのインターホンもあるんだから、それに変えるとか、せめて相手を確認してから開けるようにしてください!」
すっかり勝手に「熱血防犯アドバイザー」と化した私。
連日のように物騒なニュースが流れる昨今、これだけ世間で防犯が叫ばれていても、届かないところには本当に届いていないのだと思い知らされる。
今住んでいる地域は、確かに比較的治安が良い。
けれど最近は、個人名を騙って巧妙に営業を仕掛けてくる怪しい輩も出没している。
回覧板で回ってくる防犯の注意喚起だって、きっと細かくは読んでいないのだろう。
地域の高齢者が、どうすればもっと自分事として防犯意識を高められるか。
地域の安全神話への警鐘と、これからの対策について頭の中で熱く語りながら、私は帰路についた。
自宅に戻り玄関を開けて、ハッと気がついた。
私、今日、何のためにあのお家に行ったんだっけ?
防犯について熱く語りすぎた結果、肝心な用件を1ミリも伝えないまま、満足して戻ってきてしまったのだ。
私はただの「突然やってきて説教して帰っていった不審なご近所さん」だ。
近いうちに、またあのお家を訪ねなければ。
もし次もまた、何も疑わずにガチャリと鍵が開いたら……。
その時は用件を伝える前に、もう一回り大きな声で、しっかり防犯の大切さを叩き込もうと心に決めている。
皆さまもご用心くださいね!
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