お散歩コースの個人情報
自宅の横は、近くの保育園の子どもたちのお散歩コースになっている。
どうやら縦割り保育のようで、小さな子から大きな子まで、みんな仲良く並んで歩いてくる。いつもとても賑やかだ。
ある日、駐車場の階段を降りたところで、ちょうどその御一行と出くわした。
「こんにちは!」
先生と子どもたちが、元気いっぱいに挨拶をしてくれる。
実は私も一応、幼稚園教諭と保育士の資格を持っている。
ここぞとばかりに「こんにちは!お散歩かな〜」と話しかけた。
子どもたちが元気に返事をしてくれたのは嬉しかったのだが……そこから予期せぬ展開が始まった。
園児たちが個々に、自己紹介を始めてしまったのだ。
「ぼくの名前はね〜!」 「わたしはね〜!」
それだけなら可愛らしいのだが、しばらくすると自己紹介の輪はどんどん拡大していく。
「ぼくのお父さんはね〜、〇〇銀行なんだ〜!」
「ぼくのパパは〇〇でお仕事してるよ!」
ついには、自分の住んでいる場所まで詳しく説明しだす子も。
……個人情報がダダ洩れである。
いいのか、これ? と私がハラハラしていると、先生は思いきり苦笑いを浮かべていた。
それにしても、今の園児たちは大したものだ。
自分の父親がどんな仕事をしているのか、ちゃんと理解しているのだから。
それに引き換え、子どもの頃の私はどうだっただろう。
私の父は国家公務員だった。
しかし、どういうわけか幼稚園児の私は「コッカコウムイン」という響きがうまく処理されず、脳内で「キコリ(木こり)」に変換してしまったのだ。
それを聞いていたときに絵本で『キコリ』でも見ていたのだろうか。
しかもタチの悪いことに、誰にも訂正されないまま小学校へ入学してしまった。
小学校の授業で「父親の仕事」について話す機会があった時のことだ。
私はみんなの前で、「うちのお父さんはキコリをしています!」と堂々と発表した。
当然、先生はびっくり仰天。
その日のうちに我が家へ確認の電話がかかってきたという。
どういう変換ミスだったのかは、未だに謎だ。
ただ、そのあと、父から必死に「コッカコウムイン」という単語を叩き込まれたことだけは、今でもはっきりと覚えている。
子どもにとって「パン屋さん」「本屋さん」「警察官」「お医者さん」などイメージしやすい仕事なら良いが、「国家公務員」と言われてもピンとこない。
きっと、小さな脳みそが理解しようと奮闘した結果、回線が絡まりバグったのだろう。
そんな昔の思い出に浸っていると、目の前では子どものあるあるが起こり始めた。
子どもたちが夢中で自己紹介をしている隙に、列の後方では「押した!」「叩いた!」「引っ張った!」と、ひと悶着が始まってしまったのだ。
あちこちで泣き声や叫び声があがり、先生は私にペコペコと頭を下げながら、大慌てで子どもたちを連れて去っていった。
この微笑ましい交流も、ひとたび始まれば5分から10分は拘束される「自己紹介タイム」と化す。
時間に余裕がある時は癒やされるけれど、急いでいる時はちょっと注意が必要な、我が家の前のお散歩コースである。
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