AIに置き換わる標準語と、人間にしか出せない「訛り」の力
私は標準語(だと思っている)。
特筆するほどのクセはないはずなのに、かつて放送の仕事をしていた頃は、アクセントやイントネーションをよく直された。
自分では気づかない微妙なズレがあるらしい。
「意味が伝わればいいじゃないか」
そんな本音が顔に出ていたせいか、当時は厳しい指導を受けることが多かった。
分厚いA4の教科書のようなマニュアルには、重箱の隅をつつくように細かく話し方が書かれていたが、正直ほとんど見ていなかった。
言い換え表現などは参考にしたものの、すべてをマスターしようとしたら自分の覚えた日本語がゲシュタルト崩壊を起こしそうだったからだ。
そもそも、正確さがすべての放送ならAIで十分な時代になりつつある。
ただ某放送局のAIは導入当初、時間内に納めようとして突然早回しになったり、急に間延びした話し方に変わったりしてかなり面白かった。
私のこの時の格闘も、そろそろ過去の遺物になるのかもしれない。
ただここで叩き込まれた、即興の原稿書きは結構いろいろなところで役立っている。
そんな「標準語派」の私が、長岡市の地元の人と仕事をしていたときのことだ。
「ランチに行くろ~」
と言われ、思わず聞き返した。
聞き間違いかと思ったら、それが長岡の方言だった。
「〇〇よ~」
「〇〇でしょう~」というニュアンスらしい。
「〇〇するろ~」
「〇〇やるろ~」
聞き慣れていくうちに、なんだか可愛らしく思えてきた。
聞くたびに毎回ニヤニヤと反応していたら、
「もういい加減慣れてよ!」
と、背中をバチンと叩かれた。
ただ、さすがに「〇〇するがー」「そいがー」と言われたときは少し驚いた。
標準語でいう「〇〇するんだ」「そうなんだ」の意味なのだが、語感の強さにもしかして攻撃されているのかと一瞬身構えてしまった。
また、高速道路を「高速」と言うとき、標準語ではすべて平らに発音する(平板型)。
しかし長岡の人は「コ」が高い、頭高型で発音する。 「コ↓うそく」←こんな感じ。
これだけは最後まで耳に馴染まなかった。
方言は実に面白い。
新潟県は富山県境から山形県境まで非常に長いため、山形寄りの地域に行くと、高齢の方の会話は途中からさっぱり分からなくなるほど難易度が上がる。
かつて、建設会社にいた時、広報にいた秋田出身の女性課長と、岩手出身の男性課長が口喧嘩を始めたことがあった。
お互いにヒートアップするにつれ東北弁が炸裂し、何について言い争っているのか第三者には一切わからない。
最後のほうでお互いの方言がひどくて何を言っているのか、さっぱり分からないと罵り合っていたのだが、周りはもっと分からなかった。
喧嘩を止めるのも忘れ、ただただその迫力に見入ってしまった。
標準語の「正しさ」に縛られていた私だが、方言で感情をぶつけ合う二人の強さには、標準語では絶対に及ばないと思った。
言葉の熱量や人間味は、綺麗な標準語よりも方言にこそ宿るのかもしれない。
いいなぁ、私も訛りたい。
私の話し方の癖を強いて言えば、1音名詞を伸ばしてしまうことと、今どきの若者言葉のように尻上がりになることが多い。
それ以外は、常にエレガントな話し方だ(すべて個人の自己分析です。効果には個人差があります)。
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