夜空に咲く「白菊」の本当の意味
私は仕事の都合で、かつて新潟県長岡市に暮らしていたことがある。
長岡といえば、やはり「長岡花火」だ。
実は20代前半の頃、友人と見に行ったことがあった。
しかしその時の記憶といえば、ただただ信じられないほどの混雑と、トイレに行くのすら一苦労だったことくらい。
花火そのものを楽しむ余裕は正直なかった。
それから年月が経ち、長岡の住民となった私は、当然のように久しぶりの花火大会へと足を運んだ。
元々花火が好きで、各地の大会へ喜んで出かけるタイプだったのだが――この日を境に「他の花火大会は見なくてもいいかもしれない」とさえ思うようになってしまった。
それほどまでに、長岡花火の規模は圧倒的だったのだ。
住んでいる間は毎年見に行っていた。
エンターテイメントではない。「慰霊」と「復興」の祈り
長岡花火は、単なる華やかなエンターテイメントではない。
その根底にあるのは「慰霊」「平和への祈り」そして「復興」の精神だ。
地元の人はこの期間を「長岡まつり」と呼ぶ。
期間は8月1日から3日。
メインの花火は2日と3日の夜だが、物語は1日の夜から始まっている。
8月1日の午後10時30分。
夜空に「白菊」という白一色の花火が3発、静かに打ち上がる。
この時刻は、かつて長岡空襲が始まった時間だ。
戦没者へ手向ける慰霊の供花として、夜空に咲く白い菊。
この始まりを知るだけで、胸がぎゅっと締め付けられる。
夜空を埋め尽くす圧巻の光と、涙が止まらなかった「フェニックス」
2日と3日になると、全国から見物客が押し寄せる。
当時、駅の近くに住んでいた私は徒歩で会場へ向かった。
大混雑の記憶しかなかった20代の頃とは違い、現在の会場は観覧席がしっかりと整備され、快適に鑑賞できるよう進化を遂げていた。
いざ花火が始まると、右、左、正面と、ほぼ同時に視界のすべてで火花が弾ける。
「一体どこを見たらいいの!?」とパニックになるほど、ノンストップで打ち上がり続けるのだ。
視界に収まりきらない正三尺玉の圧倒的な存在感にも、言葉を失った。
そして、プログラムのハイライトである復興祈願花火「フェニックス」。
平原綾香さんの楽曲『Jupiter』の壮大なメロディに合わせ、全長2キロにわたって約5分間、途切れることなく打ち上げられる。
人前で泣くことなんて滅多にない私なのに、この花火を初めて見たとき、気がつけば頬を涙が伝っていた。
ふと周りを見渡すと、同じように涙を流している人が大勢いた。
あの中越地震からの復興を祈る人々の想いが、光となって夜空を埋め尽くす。
その光景は、ただただ壮大で、美しかった。
私の大好きな街、長岡
長岡という街は、とにかく食べ物が美味しい。
そして何より、私のような「よそ者」に対しても、住民の方々は本当に温かく、優しく接してくれた。
ここを離れてから随分と経つが、今でも何度も遊びに行っている。
空襲、そして震災と、度重なる悲しみを乗り越えてきた街。
長岡を引っ越す最後の日、私は「もう二度と、この地に悲しいことが起こりませんように」と心から祈った。
それほどまでに、私はこの街が大好きになっていた。
今年ももうすぐ、長岡まつりの季節がやってくる。
きっと今からでは観覧席の予約も難しいかもしれないけれど、もし花火が好きな方がいるなら、私は文句なしにこの長岡花火をお薦めしたい。
あの夜空に広がる祈りの光を、ぜひ一度、その目で体感してほしい。
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