【語る】早稲の田んぼに風が吹く、片岡義男。
大学時代は1980年4月から1984年3月まで。この間私は片岡義男の文庫本を、実にたくさん読んだ。文学部国文学科の学生に、そんな人間は多くなかったけど、テニス部にいた二浪の同級生尾崎は、そんなひとりだった。長崎出身の彼はカッコいい男で当然彼女もいた。続く
赤い背表紙にたぶん白文字のタイトル。そしてタイトルにマッチしたカバーの写真。彼の文章は乾いていた。映像的だった。男と女がいた。登場する誰もがカッコ良かった。そんな話を同年代のお客さまと話していたら、片岡義男のことを書きたくなってしまった。
『スローなブギにしてくれ』映画でも観ましたよ。
オープニング、第三京浜、マスタング、山崎努、浅野温子。南佳孝の響き渡る歌声。良かった。オープニングがたまらなく良かった。でも監督は藤田敏八。あっさり、すんなり終わらない。途中から片岡義男の世界は姿を消してしまう。日比谷スカラ座の大きなスクリーン。私は都会を思い切り吸い込んでいた。まだまだ続く
『彼のオートバイ、彼女の島』、『一日じゅう空を見ていた』、『幸せは白いTシャツ』、『缶ビールのロマンス』、『コーヒーもう一杯』、『アップル・サイダーと彼女』、『ときには星の下で眠る』、『味噌汁は朝のブルース』、『ドライ・マティーニが口をきく』、『いい旅を、誰もが言った』などなど、キャッチーなタイトルが並ぶ。英文を日本語に訳したようなタイトルが並ぶ。
私は国文で川端ゼミに在籍していたが、同じゼミの池本君には
「オオシマ、片岡義男を読んでいるなんて、みんなに言わない方がいいぞ」
と言われた。
「どうして?」
「軽薄な奴だと思われるからな」
池本君、助言をありがとう。でも心の中では、
「軽薄ねー。軽薄上等だよ」
と思っていた。
また片岡義男と言えば、高校の時のデキのいい友人も大好きだった。大岡山の理系国立大学に通い、クリーニング店でアルバイトをしていた彼は、サザンが好きで、桑田佳祐のような歌い方をした。確か洗足にある音大の女の子と付き合っていた。合唱部だったな。自由が丘のビストロで生ビールを飲みながら、片岡義男の話をしていたのを思い出す。テニス部の尾崎と言い、理系国立大学に通っていた友人と言い、片岡義男を好きな奴はカッコ良く、ちょっと突き抜けている奴が多かったような気がする。私の場合は何とも言えないが、8ミリ映画製作をしているような人間だったから、彼の映像的な文章に魅せられていたのだと思う。続く
実は大岡山の理系国立大学の友人とは久しぶりの再会だった。大学何年の時だったかは忘れたが、四年以外の暑い夏の日だったと思う。自由が丘のビストロで飲む生ビールがことのほか美味しかったのを覚えているから。その頃私は変な夢を度々見ていた。兄とふたりのアパート暮らしだったのだが、部屋が狭いので私たちは二段ベッドで寝ていた。私は上に寝ていた。すると夢の中で下から何本もの白い手が伸びてくるのである。顔は見えない。何本もの白い手がひらひらと伸びてくるのである。そのことを偶々理系国立大学の友人に電話で話したら、是非会おうと言う。それで私は彼の下宿に行くことになった。大学近くの大学の所有する下宿だった。続く
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