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随想 《 人、本 、旅 》  松本へ サッカー部OB会に参加  

先日、ある人から教えられました
人生を豊かにするのは人、本、旅

記事の流れから三語の順を組かえます
どこにでもあるような話になるかもしれませんが、旅の思い出を書きたいと思います

何を思いつくのやら、自分でもわからぬ筆まかせ
書くことそのものが、まるで旅するかのようです……

全三編、最後までおきあいください

《 旅 》 編

2026年4月14日 錦糸町駅前

出発駅です
たった一本だけ直通があるというので
早朝にこちらへ急ぎます


あずさ3号、松本行に乗車しました

古いスマホ、写りが荒いのを許されたい

車窓の景色
山すそに富士山がのぞめました
甲府盆地にはあちらこちらにくだもの畑
オブジェのようにみえる低木はまだ眠ているような感じでした

電車ガラスにフラッシュが反射
巨大アンテナのようにみえます

トンネルをくぐると、いよいよ北アルプスが目にとびこんできました

流れる景色に湧く詩情、ここでは言葉にするには早過ぎます

座席に充電
降車のときに知りました


約3時間で松本駅に到着

巨大ゴジラのオブジェは改札通路にあります

駅前でマップをゲット
急いで街をまわります

大名町通り、縄手通り沿い、ユニークです
ごみ箱をおかない街
手入れが行き届いています
 

信州、松本城まで歩きました
16世紀ごろ建立、平城ひらじょう
珍しいとのこと
城を守る家臣と街の名、「大名町通り」
徒歩で往来する距離、なるほどと合点がいきました

広い城内には外国人ツアー客でごったがえしています
国宝という言葉は世界の魅力らしい

ここで美ヶ原温泉行きバスに乗ります
会合に参加するためです

《 人 》 編

昼過ぎ
《信州グリーンフィールドかりがね》へ到着
Jリーグ松本山雅の練習グランドです

大学サッカー部OB会に参加します
といっても、ある時期の卒業年度に限られます

それでも参加者は東はシカゴから、西は佐賀県からやってきます

三々五々集まるうちに再会を喜びあいます 
20名を越えました



こちらの施設で午後いっぱい、フットサルをしました

O-70シニアのフットサルとなれば自ずと想像されましょう
パスは足元へ
ブラジルタイプのプレーに徹します
すごいでしょう
違います、動けないのです

元国際審判員が笛を「持つ」ことあれども、これを吹かない、心配なし 肩チャージしません

ところで参加者20名強のうちプレーするのは12,3名 
他は観戦となります
ドクターストップされている人も多いからです

プレーしなくとも楽しみます
どんなふうに、でしょうか

椅子に腰をおろし、肩を寄せあいながらすごす春の午後
さわやかな風に吹かれながらあることないこと、来しかた行く末をともに語りあいます

境遇さまざま
ときに微笑み、ときにあわれむなどしながらも、気のおけない友との豊かな会話、濃密な時間、それに安らぎを覚えるのみならず人知れず癒されもします

座る人が面をあげると、緑の芝の上では動く人たちの姿がみえます

油彩画 久下恭功氏

平素からジムに通うような70代です
あるいは散歩とランニング、あるいはシニアでプレーするなど鍛える強者はボールを追っています

ベンチプレスで鉄錘を上げるという逞しいのも中にはいます
恰もシュヴァルツネッカーのように筋肉むきむきな73才
これを誰が信じましょう、信じません

そういうなかで、こたつにもぐりnote執筆に終始する、久しぶりに動く者、それは私です
ビッチ上にいます 
大丈夫なのか?

「人数が足りない」 「動かないでいいから」
「GKをやれば」
その気にさせられて出場の運びとなりました
これが危ない、ご想像のとおりになります

それでも気分の高まりがその分を忘れさせ、ボールを追い、走り、シュートまでします

おいおい
己れのことながら呆れます

身の危険が迫るのも知らずに

小半時もすると、呼吸の乱れは極に達し、ふき出す汗とめまい、やがて吐き気を催すというようなぐあいです

身のほどを知らなければいけない
後悔が頭によぎります

それでも息を整え、再びピッチへもどる 
事なきを得たようです
心拍数を測っておくべきでした

1アシスト、1得点は快挙だぞ、とばかりに得意げな私です

ところでフットサルの会は毎年、全国各地で開催されてきました

愛知、徳島、鹿児島、静岡、京都
石川、神奈川、千葉、(コロナ渦で中止のあと)
東京、愛知
そして今回の長野県松本市

幹事は持ち回りとなります
来年は福島の予定です

本日、松本浅間温泉『みやま荘』で一泊し、宴会を行う
おおむねこのパターンです

    ☆

会が終わるころホテルロビーで、コンサートが催されていました 
サックスとピアノのデュオの
名演奏につられて座席が埋まります

終演ともなるころ、だじゃれではないがアルコールに酔った人々が、アンコールを求めて拍手喝采を浴びせます
演者もそれに対し、こころよく応えます

演奏あと、試みに声をかけてみました
FBにアップし、またYouTuberと知らされます

後日、こちらから友だち申請すると、許可をいただきました

気さくな演奏者だと察しがつきましょう!?
その人柄、ファンが見のがすわけはありません
将来が楽しみです


さらに誠実なホテルスタッフの接遇、
スモークエリアで三度もすれ違った妙齢なご婦人との短談

翌朝、村道ですれ違った小学生のさわやかさ
街のコンビニでは愛想のよい店員
旅先案内所の人、バス停のご老人
声をかけたり、かけられたりしました

旅人を、こまやかな気配りで招く城下町松本、そして人たち
その繁栄をのぞくような気がします 

旅の醍醐味とはこうして偶然な出合いに喜びを得ることなのでしょうか

短いコンサート動画は以下です ( メンバーの撮影 )

https://youtu.be/IUCjPxUc4XU?si=ClEYFLNwtBdPnMCB


《 本 》 編

さて旅先で読んだ本の話となると
なにやら陳腐な気がしますので、

ということで二年前、東京開催のときに作った文集についてお話します

表と裏表紙は以下の写真のような装丁
限定50部を発行
そのあらあらはつぎのようです

表題のとおり4 年間ほどの世代、20数名が文集に執筆しました

この文集づくりに半年を要しました

発案、原稿依頼と回収、編集と装丁、完成まで関わりました
執筆者29名、36ページ

二度三度、訂正したいというメンバーの申し出に意気込みを感ずるのはもちろんのこと、担当として襟をただされました
いい加減なものは作れないな、というような

表紙の筆文字は佐賀県の、挿し絵とカットは浮世絵収集する愛知県の、それぞれのメンバーの労を賜りました

A4を裏表印刷 ( 二段組 )を半分に折る
そして中央をとめる

手作りで作るのは容易だと予測したのですが、高をくくったようです


というのもカラーの表紙、ページ組み、製本が難しい

結局、幹事へ印刷費用をお願いするといった情けなさ
一冊が700円ほどのぜいたくな冊子となってしまいました

形に残る思い出という立案まではよかった、
だが金をかけないという予定が狂いました

そもそも文章を残すという動機はいったい何だったのでしょうか
理由があります 今はいいません


完成、配布してあとに、考えていた製本方法を理解できたのは皮肉です

のちに手作り版を私家版として保存し、

文集製作のための『手順メモ』も残しました 
これは自作を冊子として使うつもりです

しばらくして、それでもよいから送ってくれ、という連絡が入りました ( 海外在住者にはWeb版 )
すごいですね、増版です

ここで内容に触れる紙幅はありません
一例をあげますと『五円のカモ』という題で、すでにnoteの前のほうに書いておきました

末尾にリンクを貼りましたので
のぞいてみてください

以上、旅、人、本にまつわる体験談でした

   ☆

さて十数年ほど前からOB会が続くことは先にのべました。
その間に残念ながら三名のメンバーを失いました 

今回、その姿を見ること能わぬのは当然な話ですが、逝去された三名の、その面影とともに松本にてフットサルを楽しんだ、と私はおもっています

現にグラウンド上で呼吸に苦しんだ折、彼らにすこし近づいた気がします……

きっと彼らも草葉の陰から喜んでくれたはずです

そして、こうも考えました
もし彼らが存命ならば文集に何を書いたろう

何か形のようなものを残しておけばよかったものを……

というふうな後悔の念のようなものが私を文集づくりへと駆り立てました
さきに動機と書いたのはこのことです

終わりに、三名の故人を偲びながらそのはなむけに、つぎの言葉を書いて筆をこうとおもいます

「もうすぐです、待っていてください」                                                   
              
(第43稿、了)  
参考リンク 
https://note.com/leal_snail573/n/n0d2b93cde94d                 

最後までお読みいただき、ありがとうございました





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