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第4章 階級社会

第4章 階級社会
第1節 日本の階級社会
1,弥生時代
日本の歴史は、縄文時代から弥生時代へと進みました。弥生時代は、今から約2300年前から約1700年の間続いたと考えられています。
弥生時代になると稲作農耕が行われるようになりました。そして、食料生産が増大し、原始共同体の中に豊かな富が生まれていきます。そして、その豊かな富から格差が生まれ、物欲・権力欲・支配欲にまみれた支配者が生まれていったと考察できます。

さて、弥生時代には、大きく三つの階級があったと言われています。
大人(たいじん)と呼ばれた支配層。
下戸(げこ)と呼ばれた、一般的な身分層。
生口(せいこう)と呼ばれた奴隷層。
そして、大人と呼ばれた支配層のトップが女王や王でした。

日本の社会は、弥生時代から人間が人間を支配する階級社会へと移っていったのです。

2、日本の無階級社会と階級社会
日本史では、一般的に「原始」「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」と区分されます。ところが、カール・マルクスのマルクス歴史観は、また違った歴史の捉え方をします。マルクス歴史観は、人間の歴史を無階級社会と階級社会に分けます。だから、縄文時代は無階級社会に入り、弥生時代から後はすべて階級社会となります。

マルクス歴史観によれば、弥生社会も現代の資本主義社会もその社会の基本的な在り方において同じなのです。人間が人間を支配するという点では、弥生社会も資本主義社会も同じ社会なのです。

第2節 世界史における無階級社会と階級社会
ここで、日本の階級社会を含む、世界史全体の、無階級社会と階級社会の関係を考察したいと思います。

1、無階級社会(原始社会)と階級社会の時間的長さ
無階級社会とは原始社会のことです。だから、無階級社会の始まりは原始社会の始まりということになります。さて、原始社会は、動物界から人間界へと飛躍した人間がつくった社会です。遠い昔、人間は、他の動物の社会とはまったく違う人間独自の社会をつくりはじめました。それが、原始社会です。
ところが、この原始社会がいつ始まったのかを明確に捉えることは出来ません。動物から人間への進化の過程が余りにも永く複雑だからです。しかし、その上で、一つだけ明らかなことがあります。それは、私たちホモ・サピエンス(現生人類)が約30万年前、アフリカに現れたということです。
そのとき、ホモ・サピエンスの脳の大きさは、すでに約1400CCありました。そして、私たち現代人の脳の大きさも約1400CCです。つまり、約30万年前のホモ・サピエンスも、現代社会を生きる私たちホモ・サピエンスも、脳の大きさは同じです。
この事実から、原始社会を生きた人間も、私たち現代人も、知る能力や考える能力、そして、その心はほぼ同じだったと捉えることができます。
このように捉えると、原始社会は、世界的には、約30万年前にはもう始まっていたということになります。そして、原始社会の途方もない時間の長さが明らかになります。

このように捉えると、人間の歴史のそのほとんどは原始社会、つまり、無階級社会なのです。だから、人間の永い歴史から見れば、人間が人間を支配するようになった階級社会は、ごく最近始まったということになります。

2、文明の発達
文明は、階級社会の中で急速に発達しました。


さて、無階級社会(原始社会)を生きた人間も、階級社会を生きた人間もおそらくほぼ同じ人間です。それなのに、無階級社会である原始社会には、何時まで経っても文明が生まれませんでした。それに対し、階級社会はすぐに文明を生み出し、生まれた文明を急速に発達させました。
なぜなのか?
ここには、原始社会が抱えていた問題が関係しています。

原始社会は、小さな原始社会が点在した社会でした。そして、誰もが、その小さな原始共同体の中に生まれ、その小さな原始共同体の中に死んでいきました。つまり、原始社会の人間は外の世界を知らなかったのです。人間の意識が小さな世界に閉じ込められていたのです。
人間の意識は、物事を無限に認識し、物事を無限に考えるという無限の能力を持っています。原始社会は、この無限の能力を小さな原始共同体の中に閉じ込めるという問題を抱えていました。そして、そのことによって、知ることや考えることが余りにも限られ、文明が生まれなかったのです。

ところが、階級社会になると、原始共同体は次々と崩壊していきました。ときの支配者が、原始共同体を襲い解体させ、支配下に置いていったからです。そして、そのことによって、原始共同体の中に閉じ込められていた人間の意識が解放されていきました。
開放された意識は、それまで知らなかった世界を知っていきます。知識と知識が合流し、大きな知識となってさらにまた合流し、豊かな知識となっていったのです。そして、そこから、文明が生まれ発達を始めました。

3、弁証法的歴史観と階級社会の歴史的意義
原始社会の中で、小さな原始共同体の中に閉じ込められていた人間の意識が、階級社会の中で解放されていきました。このことから、人間の歴史を弁証法的歴史観で捉えることができます。
弁証法的歴史観というのは、弁証法を使った歴史観です。「人間の歴史は、生まれた矛盾を解決して、より高度な社会へと弁証法的に進む」という歴史観です。つまり、無階級社会である原始社会に生まれた矛盾を階級社会が解決して、より高度な無階級社会(未来社会)へ進んでいるということです。

最初の無階級社会である原始社会は、人間の意識を小さな原始共同体の中に閉じ込めていました。これは、無限の能力を持つ人間の意識と原始社会の矛盾でした。人間の無限の意識と原始社会のその社会形態が矛盾していたのです。そして、その矛盾を解決するために、人間の社会は原始社会から階級社会へと進みました。

階級社会の中で、支配者は原始共同体を崩壊させ、国をつくりました。そして、支配者がその国を大きくすると、人間の知識はさらに広がり、人間の意識は解放されていきました。
階級社会は、原始社会の狭く小さな世界から、人間の意識を解放するという歴史的意義を持った社会です。
階級社会は、人間の意識を解放し、文明を生み出し文明を発達させました。

※ここで使った弁証法的歴史観は、マルクスの弁証法的唯物史観に学んだ歴史観です。しかし、全面的に学んだのではありません。マルクスの弁証法的唯物史観の中の「唯物史観」は間違っています。だから、ここでは、「唯物史観」を外しています。さらに、マルクスの弁証法の使い方も間違っています。したがって、マルクスとはまた違った弁証法の使い方をしています。詳しくは、私の著書『NO資本主義NO共産主義』に書いています。

4、階級社会が抱えた問題
階級社会は、原始社会が抱えていた矛盾を解決して、未来社会へと進んでいます。つまり、原始社会の狭く小さな世界から人間の意識を解放して、次の高度な段階の無階級社会(未来社会)へと進んでいます。

ところが、その一方で、階級社会は深刻な問題を抱えてしまいまいた。それは、共同性の喪失という問題です。
原始社会は、階級がなく共同性に満ちた社会でした。ところが、階級社会は、この共同性を深く失うという問題を抱えてしまったのです。


階級社会は、共同性から疎外され、物欲・権力欲・支配欲にまみれた支配者によってつくられていきました。そして、その支配者が、支配される人間の中に差別・排外思想を振りまき、共同性を喪失させることによって成立しました。支配する人間も支配される人間も共同性を失ったのです。

階級社会は、共同性を深く失った社会です。


5、失った共同性の復活
階級社会の中で、人間は絶えず失った共同性を取り戻そうとしてきました。とりわけ、支配された人間のたたかいは、階級社会の中に、自由・平等・友愛・人権・平和の思想を築き上げてきました。
これらの民主思想は、共同性と深く結びついています。
これらの思想は、誰をも排除しないからです。
たとえば、自由の思想の自由はすべての人の自由です。ここには、排除される人間は誰もいません。その自由は、支配された人間の自由だけではなく、支配する人間の自由でもあります。そして、その根源的な内容が共同性と深くつながっています。

階級社会から高度な段階の無階級社会へ進むためには、民主思想と共同性の復活が必要です。


さて、ここまで、共同性という言葉を少し漠然と使ってきました。次に、共同性への考察を深め、共同性についてしっかりと論じておきたいと思います。

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