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daraoku
本当の自分はいるのか?【哲学対話書簡】
すっかり哲学対話書簡にハマっている。
テーマが出るたびワクワク。
けいこさんやおはぎさんの記事が出るとルンルンで読みに行く。
今回のテーマは、「本当の自分はいるのか?」
このテーマを見たとき、ふたつの話が頭に浮かんだ。
ひとつは、母の話。
もうひとつは、自分の話。
ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な。
と、迷っている。
迷ってるくせに、書き始めている。
さて、どっちにしよう。
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自分のお葬式を想像することがある。
集まった人たちが、わたしの思い出や人柄を話す。
「優しい人だったね」
「意外とシビアだったね」
「ふわふわしてたね」
「現実的だったね」
「おとなしかったね」
「ふざけてたね」
「優柔不断だったね」
「頑固だったね」
「天然だったね」
「深かったね」
「ばばくさかったね」
「幼かったね」
「真っ直ぐだったね」
「ずる賢かったね」
「強い人だったね」
「強がってたね」
めいめい口にする私が、みんな違ってたら面白い。
え、あの人、そんなだったの?
全然知らなかった。
そういうところは見たことなかったな。
そうなんだぁ〜。
と、なんとも言えない気持ちで遺影を見上げてほしい。
「私の知ってるあなたって、一部だったのね」
と。
もやもやしながら手を合わせてほしい。
家族であっても。
そうだといいな。
本当の私はたぶん、そのもやもやした矛盾のなかにいる気がする。
どれも、本当の私。
だけど、
生きてるうちに
その全部をひとりの人に見せることは
きっとないだろうと思う。
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