【第六章】 華恋、神戸を駆ける 連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』
神戸へ来て10日が経った。
華恋はお店の手伝いをするようになった傍ら、ママチャリを自在に乗り回せるようになっていた。
先代譲りの指導法は独特だった。
まずブレーキ。
次にバランス。
最後にペダリング。
『転ばないこと』より、『止まれること』を優先する。
これはスキーの指導法の応用だ。
その結果、華恋は驚くほど早く上達した。
店では掃除や接客も覚え始める。
お客様にも可愛がられる。
だがまだまだ失敗も多い。
自分自身の生活に自転車が関わらないと、お客様目線で自転車の良さを語る事なんてできやしない。
部品の名前や用途を覚えるのも至難の業だった。
修理内容とその修理が必要な故障やトラブルはどんな原因から起こり得るのか?
修理のお客様と一緒になって、「なぜ?」と、原因追求を続けた毎日。
あと、レジ操作は2日でマスターした。
休む暇もないほど、色々な業務に食い付いて記録しようと頑張っている。
華「新しい発見ばかりで、毎日が楽しいです。」
『いやいや、楽しませてもらってるのは、むしろこっちの方だよ。』
僕は、自分が高校生や大学生だった頃を思い返す。
当時の僕の周りには、適当にサボって要領よく生きている奴か、みんなが嫌がる仕事も、即戦して奪っていく頑張り屋か、リーダシップを発揮して、みんなを上手くまとめるカリスマみたいな人が主流だった。
20世紀の職場事情とは、概ねそんな風に、勝手に役割が分類されていた。
華恋はその頑張り屋の部類に合致する。
僕は自分の学生の頃と華恋を重ね合わせて見ていた。
そんなある日。
店恒例のポタリングを開催することになる。
それに華恋も参加すると言い出した。
ポタリングは『自転車の散歩』を意味する。
しかし華恋が参加するには問題もある。
普段着でも良いけど、常連さんはサイクリングジャージで参加する人が多い。
ママチャリでも参加できるけど、ロードバイクの参加者が多いので、距離や速度を考えると、華恋にもロードバイクを乗れるようにさせる必要性があった。
そして、彼女用のサイクリングジャージだが・・・
留美さんが段ボール箱を持ってくる。
中には新品の女性用ジャージが入っていた。
『Team EURO KOBE』
【自転車好房ラルプデュエズ】のチームジャージ(ユニフォーム)である。
時は1994年、阪神・淡路大震災。
震災の影響で、まるで空襲にでも遭ったかのような、瓦礫と焼け野原になった神戸の街で、震度7を経験し、大学浪人の立場にありながら、瓦礫下の救助活動や、深夜のパトロール、被災者村でのボランティアに尽力していた先代が・・・
「こんな救いようのない、絶望的な現実を味わっているからこそ、誰にも真似できない挑戦に命を燃やそうや!男がこの世に生まれてきたからにはよ〜、チャレンジ精神なくして漢を語ったらアカンやろ?」
そう言って立ち上げたのが、チームの始まりだと聞いている。
そもそも彼には高校生の頃から考えていた計画があって、ビザの有効期間中に、まずはヘルシンキからスタートし、スカンジナビア半島をぐるっと走る。
更にスウェーデン〜デンマークと海を渡り、ドイツのメルヘン街道〜ロマンチック街道と、石畳と古城の街並みを走り抜けて、フュッセンを経由してから、サウンド・オブ・ミュージックの街ザルツブルグへ。
その後ウィーンの街から南下してイタリア半島をぐるっと周り、モナコ〜エズ〜マルセイユを満喫してアルプスを越えてスイスに入る。
インターラーケンをとユングフラウを堪能してから、ベルン〜ローザンヌ〜ジュネーブと通過して、再びフランス入りしてパリを目指すといった、ヨーロッパ大縦走を目指していたそうだ。
毎日200km以上の距離を走り、生活費はストリートパフォーマンスで稼ぐ為に、空手道着を持参して、大きな街で演武を見せる予定で計画していたとか。
華「大地さん、いえ、店長!先代社長は、どうしてそんな計画を立てていたんですか?」
大「まず、あいつはチャレンジ精神って言葉だけで、燃え上がるような炎の男やった。」
華「情熱的?っていうことなんでしょうか?」
大「そんな生っちょろいもんやない。あいつは良くも悪くも頭がおかしいねん!普通さ、19歳の若造が、片道分の航空券と数日分の生活費だけ持って、ヨーロッパに行こうとか思うか?空手の演武でナンボほど稼げるねん!って話でさ。頭のネジが何本か飛んでる奴やってん。」
華「すごい度胸ですよね。」
大「しかも、あいつの頭のぶっ飛んでるところはその先にあるねん。」
華「その先?」
大「ツール・ド・フランスや!」
華「このお店の名前の由来がその聖地でしたよね?」
大「ああ、あいつ毎日200km以上の距離を、荷物を積んだマウンテンバイクで、目標平均時速36km以上の速度をキープして走破するんや!って息巻いていた。」
ア「それロードバイクでも普通は真似できないですよ?」
大「それがやな、あいつ予行練習で四国を一周したんやけど、高松から徳島までの100kmをきっかり2時間半で走って、スタートから僅か3時間足らずで、他のメンバーが完全にヤル気を失うトラブルに発展してもうたんや。」
華「平均時速40km?」
大「計算早いな!そう、荷物を積んだマウンテンバイクでそれをやったんよ奴は。」
ア「恐ろしいですね。」
大「それでついたあだ名が、ターミネーターやサイボーグやからな。」
華「そんなすごいスタートから始まったチームのユニフォームなんですね。ものすごく熱い想いというか、このお店の原点を感じます。」
留「まあ、とりあえずジャージを試着してみてよ華恋ちゃん!」
華恋は目を輝かせる。
そして不思議に感じたのだった。
よく見るとデザインの一つ一つに意味がありそうだったからだ。
ポートタワー。
海洋博物館。
錨山。
浮き輪。
青と白のボーダー。
赤・白・青のライン。
背中の翼。
逆十字。
天使の輪。
「どうしてこんなデザインなんですか?」
華恋は興味津々に尋ねる。
そこで僕と留美さんが、ジャージのデザインに込められた想いを説明する。
神戸港150周年のタイミングでデザインをした。
港町神戸への想い。
フランスの自転車文化へのリスペクト。
そして背中の逆十字。
華「逆さまの十字架ってどういう意味なんでしょうか?」
少し考えて、僕は答える。
大「まずは反骨精神かな。何度打ちのめされても立ち上がり、必ず勝利するって意味。」
留「社長は子供の頃に親に捨てられたり、信じた人に裏切られる度に、狂いそうになるくらいの孤独とその怒りを、プラスのエネルギーに変換して、理不尽な事と闘い続けていたような人だったから。」
華「それがチャレンジ精神の源でもある訳ですね。」
大「でもな、背中の逆十字と翼は、堕天使の意味以外にもちゃんとした意味があってな。」
華「はい、なんでしょう?」
ア「社長は生前、聖ペテロの十字架だと言ってました。」
留「アキラくん、社長は行方不明で、まだ死んだとは決まっていませんよ!そして、言ってました・・・ではなく、おっしゃっていました・・・じゃないんですか?」
ア「はい・・・言葉に気をつけます。」
留「要するにアキラくんのような人を戒める意味があったかどうかはともかく、社長が逆十字に込めた想いとは謙虚さ。他の通行の邪魔にならないように走る!そして天使の翼は速さと強さ、誇りと哲学と清廉潔白を意味していると聞いています。」
大「最後に天使の輪は、仲間が全員、安全に走り、無事に帰還する事を祈ってのデザインなんだよ。それに胸にあしらったAVEDIO(エヴァディオ)のロゴ。先代が信頼していた自転車のブランド名なんだけど、その名前の意味が神の祈りなんだよ。」
.
華「はぁぁ〜。あの〜、こんなステキなユニフォームを、本当に私が着てもいいんですか?」
沙「おはようございま〜す!あれ?華恋ちゃん、可愛い!そのユニフォームすごく似合ってるやん!」
沙耶さんが丁度、出勤してくるなり華恋の背中を押す。
大「決まりやな、華恋ちゃん!今度のポタリングはそれを着て走るんやで!」
照れる華恋。
そして当日・・・
初めての集団走行。
海沿いの道。
神戸の街並み。
潮風。
参加者の楽しそうな笑い声。
初めてで不安だったとは思うけど、華恋はとても楽しそうだった。
僕は華恋の為に、在庫の中から、【コーダーブルーム】のファーナSLをチョイスして、彼女にプレゼントした。
内心、コレクションとして自分が乗るつもりで考えていた物だった。
身長が172センチで脚も長いため、465mmのサイズがピッタリだった。
完成車で、30万円以下クラスのロードバイクとしては、世界最軽量を誇るアルミバイクだ。
安倍総理が伊勢志摩サミットでフランス大統領にプレゼントして、とても感動されたという、伝説の国内ブランドロードバイクでもある。
なぜわざわざそんな自転車を、初心者の華恋にプレゼントしたのか?
初めてのロードバイクだからこそ、ライダーの走りを育てる、本当に良い物を知って欲しかったからだ。
それにしても、ママチャリからいきなり乗り換えたのに、既に華恋は難なく乗りこなしていた。
初めての早朝ポタリング・・・
目的はみんなで食べるモーニング!
今回は、元町西口近くの喫茶店『舌れ梵(とれぼん)』にて、モーニングを頂いた。(現在はリニューアルしてオルゴールという店名になっている。)
ここの名物はハニートーストとコーヒーだ。
90歳を過ぎたオーナー夫婦のこだわりで、分厚いトーストにバターをたっぷり染み込ませた上から、レンゲの蜂蜜をこれでもか!ってくらいたっぷり塗ってくれている。
200円で元が取れるとは到底思えない。
コーヒーはブレンドではない!
100%ブルーマウンテンのコーヒーだ!
300円?
他のお店なら1300円ですよ?
そんなありえない金額で絶品モーニングを頂ける。
そして店内は、まるでナウシカの隠し部屋のような植物にまみれた神秘的な雰囲気。
参加している細山さんや古屋さん、落鮎さんはお客様。
山先さんはお客様でもあり、手作りグッズの仕入れ先でもある。
あと、なっちゃんと美里は、小学2年生の頃から店に入り浸って、先代に懐いていた現在高校1年生。
しかもなっちゃんはラルプデュエズのスタッフでもある。
華恋にとって、金額とかよりも、初めて味わった大勢でのモーニングが、楽しくて美味しかった事。
また行きたい!もっと神戸の街を駆け抜けて、神戸の街並みと歴史や文化、そこで暮らす人々を知りたい!
そんな気持ちにさせたイベントだった。
その日仕事を終えた頃、チームジャージを握りしめ、華恋が声をかけてきた。
華「先代や大地さん、留美さんを慕って集まっているメンバーと走った、今朝のポタリングは楽しかったです。」
大「そうか。みなさん優しくてユーモアもあって、ステキなお客様方やったやろ?」
華「はい!私も連れて行って頂き、本当にありがとうございました。あと、日本のコーヒー発祥の地がこの神戸だと知って、それも驚きました。」
大「放香堂ってお茶屋さんが発祥の店やな。」
華「それで大地さん、いえ、店長が、コーヒーの淹れ方や水にこだわる意味がものすごく理解ができました。」
大「まあ、これも先代の影響やねん。あいつが中学一年生の頃に紅茶とコーヒーの利き味を始めたのがキッカケや。アホみたいにコーヒーのブレンド比率とか、使う豆でどう変わるかまで、UCC旧本社の喫茶店に通い続けて研究しとったんやで?なっ?狂ってるやろ?」
華「情熱的だと思います。店長は先代を本気でおかしいと思っているんですか?」
大「なんでやねん!(笑)リスペクトしてるからこそ奴の意思を継いでいるんやないか。」
華「そうですよね。先代の事を話している店長は、とても嬉しそうな表情をしています。」
大「えっ?ホンマに?」
華「はい!ホンマです。私、あのチームジャージがとても好きになりました。普通にオシャレなデザインですが、一つ一つのデザインに意味があると知って、その重みに最初は緊張しましたが、今は私の誇りです。」
大「華恋の誇り?」
華「はい、私が皆さんの仲間として受け入れられたという誇りです。そして先代社長の想いを、私も引き継げるようにお手伝いがしたいと、強く思うようになりました。」
その瞬間、華恋との信頼関係が、少しずつ確実に、盤石になってきたように僕は感じたのだった。
(第六章 了)
(第七章へ続く)
(第一章から読み直す)
