【第七章】 融和と矛盾と激流と 連載小説 『華恋、海へ還る 〜穂高を愛したマーメイドストーリー〜』
神戸へ来てから数週間。
華恋は少しずつ、HAT神戸の人々に溶け込み始めていた。
TeamEUROのメンバーでもある、細山さんからは、「いや、ますます店内の女子率が増えましたねぇ〜。それに星海さんは真面目でよく動くし、愛嬌もあるし、これはアキラくんも相当頑張らないと、同年代としてやばいんじゃない?」というお言葉を頂き・・・
ア「それって僕はヤバいということなんでしょうか?」
沙「なんでわざわざ復唱すんの?アホなん?」
夏「アキラ、相変わらず変やな!」
大「せっかく華恋ちゃんの話で盛り上がってるのに、なぜアキラが話題を横取りするんよ?それ、どんな才能?」
店内、大爆笑。
華恋の年齢は相変わらず不詳だが、見た目から二十歳になったばかりという設定にした。
誕生日は天の川にちなんで、とりあえず7月7日の七夕という事にしている。
アキラくんも、もうすぐ二十歳になるのだが、高校1年生のなっちゃん(夏樹)に呼び捨てにされている事からも、店内での立ち位置は・・・お察しの通りである。
先代が行方不明になる前、「彼が店で働きたいっていうもんで、かわいがってやってくれないか?」と言って連れてきたのがアキラくんだった。
高校での成績は優秀で、先代も期待をしていたのだが、何しろ頭の中で、点と点を線でつなげるのが苦手なもので、彼の教育を継いだものの、想像以上に苦戦している。
ある時、小林さんという近所のお客様が、ロードバイクのタイヤ交換でご来店になった。
当店のお客様で、山本さんと小林さんはたくさんいらっしゃるのだが、今回ご来店の小林さんはいずれ独立し、その際にAIを活用したビジネスからはじまり、中小企業のコンサルタントとして共に闘う仲間となる人物だ。
この時はまだ神戸が誇る、大手アパレル企業で勤めるサラリーマンだった。
小「いやぁ〜、また店内が華やかになりましたねぇ。女子率が増えて・・・。」
ア「そうなんですよ〜、僕なんてもう肩幅が狭いのなんのって!」
沙「それを言うなら肩身が狭いじゃないの?」
ア「はい、それですぅ・・・。」
小「あぁ〜、今のやり取りで肩身の狭さは十分過ぎるほど伝わりました。」(笑)
華恋は日々の、このようなコントみたいな環境に戸惑いながらも、自然と笑いが起こる現場に調和を感じているようだった。
歓迎会とポタリングの成功祝いを兼ねて、店の仲間たちと焼肉を囲むことになったのも、そんな頃だった。
場所は阪急春日野道駅前の〘バクバク〙という焼肉店。
ここは先代と沙耶さんの共通のお気に入り。
精肉店が直営しているので、美味しい国産黒毛和牛があり得ないくらい安く食べる事ができる。
かつて先代は加古川市志方町にある〘彦〙というお店が行きつけだった。
交通費をかけてでも、三宮で食べるよりお釣りが出るくらい安くて、最高のお肉が食べれるからだと言っていたが、バクバクができてからは、「この近さには勝てんやろ?」と言い訳していたエピソードがある。
肉が焼ける音。 漂う香り。 楽しい会話。
華恋にとっては、そんな何気ない時間ですら新鮮だった。
しかし同時に、人間という生き物の不思議さも見え始めていた。
華恋の目線で見た時・・・アキラくんは優しい。
いつも笑顔で、彼がいるだけで場が明るくなる。
だが、肉を焼くのは大地と沙耶さん。
アキラくんに任せると、網の上が一杯になるまで肉を乗せるので、急いで食べないとお肉が真っ黒焦げになる。
飲み物が無くなれば注いでくれるのは留美さんとやはり沙耶さん。
常にみんなの動きや器をチェックして気にかけてくれる。
そんな背景もあるからか、アキラくんから動く様子を見たことがない。
美里は明るい。
誰とでも話せる。
けれどスマートフォンの画面ばかり気にしていた。
何度も写真を撮り直しては首を傾げる。
そこはなっちゃんもまた、同じだった。
みんな華恋に対して優しい。
みんな明るくて良い子だ。
それなのに何かが足りない。
華恋は、その正体がまだ分からず、ただただ釈然としない違和感を感じていた。
翌週。
一行はユニバーサルスタジオジャパンへ遊びに行くことになった。
入園するなり、「まずは絶叫系や!」と沙耶さんたちが駆け出していく。
華恋は訳も分からないまま後を追ったが、フライングダイナソーを見た瞬間、顔が青ざめる。
大「華恋ちゃんには絶叫系は刺激的すぎるのかな?」
華「あの乗り物が、絶対に安全という保証があったとしても、私には怖くて無理です。」
早速プテラノドンに乗った沙耶さんと留美さん、なっちゃんがこちらに手を振っているのが見えた。
それを見送った後、アキラくんと美里も含めて、4人で違うアトラクションを探す。
最初はターミネーターに行った。
華恋は綾小路麗華の毒舌に聞き惚れていた。
次はバックドラフト。
華恋は炎と熱いのが苦手なのか、ずっと僕の影に隠れていた。
次にスペースファンタジー。
華恋が激しい回転に、顔を覆って叫んでいたのが印象的だったが、終わってみたら美里が恐怖で泣きじゃくっていた。
美里は元々乗り物酔いしやすい体質だったが、先代の運転する車には不思議と酔わない事に気付いて、少しずつ乗り物に対する恐怖は克服していたが、さすがに眼鏡が飛ばされそうなあの回転は強烈だったのだろう。
そしてその後フライングダイナソーを2回楽しんだ留美さん達と合流して、スパイダーマンに移動する。
外が暑いので、屋内のアトラクションは涼しくていい。
ところがここで最初の事件が起こる!
ビルの谷間を飛び回る映像。
迫り来る敵。
そして・・・落下。
その瞬間だった。
華恋の身体が硬直した。
息が止まっている。
まもなくアトラクションは終了したが、大変なことになった。
僕と留美さんで華恋を抱えて乗り物から降りる。
軽く揺さぶったら華恋は目を覚ましたが、過呼吸気味になった。
大「大丈夫か?」
華恋は少し目を見開いたまま呼吸を整えた。
華「あぁ〜!ビックリしました!あんな感覚初めてです。」
留「落下のシーンで、すごくビックリしてたもんね。」
大「あれ単なる映像だけど、見入って視覚に支配されてしまうと、本当に落下する感覚に襲われちゃうんだよ。実は俺も落下恐怖症だから、初めて乗った時に死ぬかと思ったよね。」
そんな事もあったが昼食後は、再び二手に分かれる事になった。
ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに乗りたい!とはしゃぐ、なっちゃんと共に留美さんと沙耶さんが消えていく。
またしても絶叫系苦手4人衆は共に行動をする。
そして向かったのがジョーズ。
ここで第二の事件が発生する。
ジョーズは夏場は特に人気のアトラクションだが、とにかく並んでいる間が暑い!さり気なくUSJで最も日焼けに気をつけるべきスポットである。
華恋はやはり暑さには弱いらしく、少し貧血気味になっていた。
しかし完全な屋内とは言えないアミティエリアだが、空調のおかげで何とか華恋にも元気が戻る。
ところがだ、最初は観光遊覧船にでも乗っている気分で、雰囲気を満喫していた華恋が、船小屋の中で迫ってきた黒い影を見た時から震え始めたのだ。
そして・・・
華「きゃああああああぁ〜っ!」
華恋は絶叫して気を失った。
今度は美里と案内役のお姉さんが協力してくれて、無事に華恋を上陸させたのだが・・・。
僕は優しく華恋の頬を叩いてみた。
華「あっ!すみません。またご迷惑をおかけしてしまいました。」
大「いや、それはいいねんけど、かなり怯えていたよね?何かあったのか?」
華「よく判りませんが、何か私の過去と関係するのかも知れません。」
美里が、自分が怖がりである事をそっちのけで、華恋の事を心配して寄り添っていた。
実は一番泣き虫で弱いと思っていた美里。
小学生の頃に、友達からずっと鬼ごっこの鬼を強制されていて、時々一人で泣いていたところを先代が慰めて、店で遊ばせてあげるようにしたのがキッカケで店に居着くようになった一人。
ずっと弱くてわがままな女の子だと思っていたけど、ここ一番の時には絶対に逃げない強さがある。
どうしていいのか解らないで戸惑いながらも、困っている誰かを助けたいって気持ちを持った優しさがある。
華恋はそんな美里を優しい妹みたいに感じていた。
ところが、やっと落ち着いて歩き始めたと思ったら・・・
華「きゃああああああぁ〜っ!」
またしても絶叫して、今度はハリー・ポッターの方へ走って行った。
3人で華恋を追いかける。
丁度ハリー・ポッターエリア入口前で、沙耶さん達と合流し、抱きついて泣き続ける華恋。
どうやら原因は、吊るされていたホホジロザメらしい。
列に並ぶ時には、行列がすごいって事しか見えていなかったそうなので、気付かなかったらしい
とにかく華恋を落ち着かせるために、ダイアゴン横丁へ入る。
なっちゃんだけは「はぁ?なんでそんなんが怖いん?」という態度だったが、留美さん、沙耶さん、美里は全面的に華恋をサポートしてくれた。
ここでホグワーツ城に入る。
ハリー・ポッターのアトラクションは、華恋も普通に楽しめたみたいだ。
事前に、ハリー・ポッターのDVDを全部観て予習させていたので、世界観も理解した上て楽しんでくれた。
しかもラッキーなことに、一度アトラクションが停まったことを理由に、もう一周できたので、たっぷり堪能できたのだ。
再び華恋の表情に笑顔が戻った。
その後は全員で華恋の視界にホホジロザメが入らないよう、ウォーターワールドへ連れて行く。
最前席で水をかぶりながらも楽しそうな華恋を見て、沙耶さんが「次はジュラシック・パーク・ザ・ライドに乗りませんか?」と提案。
ジュラシックパークシリーズはまだ観せてはいないので、ジョーズみたいに怖がったらどうしよう?
そんな一抹の不安はあったものの、「怖いと思ったら目を塞いでいいからな!」と伝えて、一緒に乗る事になった。
最後の急降下。
華恋はティラノサウルスの大きさに思わず目を閉じた。
その瞬間の落下という急展開に意表を突かれて、全身が強張ったのが判った。
しかし着水し、大量の水飛沫が全身を包んだ瞬間・・・
華「気持ちいい・・・。」
第一声がそれだった・・・怖かったはずなのに。
その後、みんなでワンピースプレミアショーを観てから帰る。
ワンピースについては、沙耶さんと留美さんが華恋に対して事前に英才教育を施していた。
実はUSJに行く前のある時、どのキャラクターが好きか?って話になった。
沙耶さんはカタクリが好きで、留美さんはゾロが好き、なっちゃんはハンコックという流れになった。
華「私はボンちゃんさんとエースさん、あとおでんさんが好きです。」
僕は耳を疑った。
それって先代と全く一緒じゃないか!
大「華恋ちゃん、それってどうしてそう思ったの?」
華「私、インペルダウンの脱出の時に、一人残って門を開いた時のボンちゃんさんに泣きました。エースさんの義理堅さ、おでんさんのブレない芯の強さ。素敵だと思いました。」
『着目点まで一緒かよ!』
ますます先代に、華恋を会わせてやれない事が悔やまれるが・・・。
『喜べ同志よ!俺一人だと自信は無かったが、お前がいたら喜ぶ事間違いなしな助っ人がここに来ているぞ!』
僕は嬉しさのあまり、涙を見せないようにバックヤードへコーヒーを作りに入ったのだった。
8月中旬の事。
なっちゃんが無断欠勤した。
そこから何度か連絡したけど、逆ギレしてとうとう返事もくれなくなった。
華恋は偶然、僕と留美さんの会話を聞いていた。
大「どうしたらええんやろな・・・」
留「なっちゃんの事は好きだけど、元々スタッフとしてのなっちゃんを期待していなかったから、私は気にしてないですよ。こうなる事はわかっていたし。」
大「あの子を一流の人材に育ててくれ!って、大ちゃんから頼まれてんのよ?困ったよなぁ〜。」
留「でも、なっちゃんは自分に非があっても謝らないでしょ?それに、できて当たり前のことをできない人を見下すような所もあったし。」
大「それはしゃあないんや。あいつは天才やぞ?小学生の時のバレエの演目を大ちゃんたちと観にいって、俺も実感したんや。小学4年生が高校生や大学生のバレリーナを圧倒するような演技をしていたんやぞ?いつかスターになれる子かも知れん!ってな。」
留「でも、だからって社会のルールを守らなくてもいいにはつながらないでしょ?」
大「そりゃそうや。あいつは親の喜ぶ顔が見たくて頑張っていたんや。そういう意味ではアキラとよく似ている。でも、ある時友達は学校から帰って楽しそうに遊んでいるのに、その日に限って自分はバレエ。バレエのない日は友達は塾で遊べない。それで美里と一緒に店に入り浸るようになって。段々何の為にバレエをやっているのかも、自分が存在しているのかも判らなくなって、今に至っている。」
留「そりゃ家庭環境で思うように行かないことは誰にだってあるじゃないですか?」
大「そうや、でもあいつはあのままやと腐ってしまう。しょうもない誘惑に負けてしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。あれだけの才能を隠し持った人間を助けてやれない事が悔しい。」
華「すみません、少し聞いてしまいました。なっちゃんさんの事ですが、私も店長の気持ちは解かります。近所でお見かけしたら声をかけてみますね。」
大「華恋ちゃん、すまないね。一度美里とも相談してみてくれないか?」
華「ええ、今度美里さんをお見かけしたら、早速相談してみます!」
居場所を作った者もいれば、自ら失う者もいる。
人は生まれ育った環境で、考え方も価値観も大きく変わってしまう。
いつ何時、どんなキッカケで変わるかも判らない。
出会いもあれば別れもある。
しかし大切な事は、皆が幸せである事。
僕は先代に託された大切な人材の一人を、正しい方向へ導いてやれなかったのではないか?
そんな無力感に襲われていた。
(第七章 了)
(第八章へ続く)
(第一章から読み直す)
