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【アメリカの羅針盤】反市場原理主義、脱自由貿易による新国際秩序への針路(前編)

 タッカー・カールソン氏のYouTubeチャンネルから、オレン・キャス氏をゲストに迎え、2025年5月17日に公開された約1時間30分にわたる長編インタビューをについて前編と後編の2回に分けて、その参考訳を紹介します。
 この対談では、大きく舵を切った超巨大母艦ともいえるアメリカという国家が新たな航路図を描く上で、その重要な選択肢ともなるファンダメンタルな考え方(思想やロジック)が示されています。アメリカの動向に大きく影響を受ける私たちが、かの国の未来に思いを馳せるにあたり、自身の思考のアンカーとして参考にすべき、彼らの見解やアイデアが見つかるのではないかと思います。
 「戦後、世界で進んだ自由貿易は経済の摂理ではなく、元々は外交戦略であり、現在は機能しない」という切れ味あるオレン・キャス氏の仮説には現在周りで起きている現象になぞられて、しごく興味そそられるものです。

 投稿は、以下の通り、前編と後編に分けて投稿します。

[前編](今回投稿分)
  1. 保守主義とは何か?:家族、共同体、国家の役割
  2. 失われた責任:市場原理主義と世代の変容
  3. エリートの壁と個人の覚醒:なぜ違う道を選んだのか
  4. 関税は正しいか:トランプ政策と自由貿易の虚実
  5. 自由貿易という名の外交戦略:隠された歴史と批判封殺
 
[後編](次回予定)
  6. ワシントンは変わったか?:ブロブの黄昏と政策転換の胎動
  7. 新たな世界秩序の設計図:多極化時代の米国と同盟、そして中国
  8. 帝国の終わりとポピュリズムの真価:民衆の声が未来を拓く
  9. 未来への投資:家族政策と私たち全員の責任

[インタビューのさわり]
 オレン・キャス氏は、現代社会が抱える構造的な問題の根源を市場原理主義への過信、過去の世代の無責任さ、そして外交政策が経済政策を歪めてきた歴史に見出しています。彼は、単なる経済成長や効率性ではなく、家族や地域社会の健全さといった本当に大切なものに焦点を当てる「新しい保守主義」を提唱し、国内製造業の再興、バランスの取れた貿易関係、そして責任ある市民社会の再構築を訴えています。特に、自由貿易政策が持つ外交政策としての側面を明らかにし、それがもはや機能しない多極化の世界においては、より現実的で、国家の利益と責任を重視する新しい秩序が必要であると強調しています。彼からは、従来の経済学や政治観に挑戦する現代社会の課題に対する深い洞察と具体的な提言を示されています。

[出演者について]
 タッカー・カールソン(Tucker Carlson)は、CNNでキャリアを積み、その後Fox Newsの看板番組『タッカー・カールソン・トゥナイト』で絶大な人気と影響力を獲得しましたが、同時にその扇動的とも評される発言は常に物議を醸し、2023年4月にFox Newsを解雇されています。現在はYoutubeやXを中心に活動し、なおもアメリカで影響力の大きい保守派コメンテーターとして、アメリカの政治や社会に多くの波紋を投げかけ続けており、彼が発信する動画コンテンツは多くの視聴者を集めています。(参考:Youtubeのチャンネル登録者数は、400万アカウント超、Xのフォロワー数は1,600万アカウント超)
 また、今回のゲストであるオレン・キャス氏(Oren Cass)は、アメリカの政策専門家で、保守派の新たな潮流を担う論客と言える存在です。ハーバード大学ロースクールなどを卒業後、ミット・ロムニー氏の大統領選挙キャンペーンで国内政策を担当。その後、マンハッタン政策研究所を経て、2020年にシンクタンク『アメリカン・コンパス』を設立。キャス氏は、労働者や国内産業の保護を重視する『生産主義』を提唱し、従来の自由市場主義とは異なる保守的な経済政策を訴えており、J・D・ヴァンス上院議員やマルコ・ルビオ上院議員といった共和党の有力政治家とも関わりが深、彼の思想はトランプ政権や共和党の政策や将来の政権構想に影響を与えるもの評価する筋もあります。






インタビュー本編(前編)


1. 保守主義とは何か?:家族、共同体、国家の役割


 [タッカー・カールソン]
 オレン・キャスさん、本日はお越しいただきありがとうございます。さて、あなたの書かれた『The New Conservatives』という本では、保守主義とは何か、トランプ運動とは何か、誰がどの立場にいるのかという問いに取り組んでいると理解しています。これはもう抽象的な議論ではなくなってきていて、私自身、普段は共通点がないと思っていた人たちと、なぜか同じ側に立っていることに気づくんです。では、あなたにとっての保守主義の定義とは何でしょうか?

『The New Conservatives』
Restoring America's Commitment to Family, Community, and Industry


[オレン・キャス]
 それは保守主義において最も難しい問いだと思います。私にとって保守主義とは、何が本当に大切なのかということに焦点を当てる姿勢です。私たちの政策議論は、たいてい手段についての議論に終始しがちですが、保守主義と進歩主義の違いは、最終的に目指す目的の定義にあると思います。保守主義では、良い人生とは何か、何を成し遂げようとしているのか、という点に深く向き合います。もちろん、個人の自由や自律、消費といったものも大事ですが、それ以上に、家族の健全さや次の世代を育てる環境、地域社会の強さ、そして国家としての力、伝統を受け継ぐことなどが、人々の幸福にとってより重要だと考えています。政府や公共政策が果たすべき役割とは、まさにそれらにしっかりと焦点を当てることだと思っています。


[タッカー・カールソン]
 では、うまく組織された社会の理想像とは、どのようなものでしょうか?


[オレン・キャス]
 まず第一に、それは「家族」に行き着きます。最終的には、どうやって次の世代を育てていくかがすべての中心にあります。自分たちが経験してきたこと、成し遂げてきたことを、次の世代がそれ以上に享受できるようにする。その責任は、単なる選択肢ではなく、根本的な義務だと考えています。たとえば、ギリシャに旅行すると子育てをするは、どちらも個人の選択肢のように見えるかもしれませんが、道徳的な観点から見ると、後者こそが果たすべきことなのです。では、そのためにはどのような条件が必要かというと、若者たちが将来を思い描ける環境、つまり家庭を築き、自立し、子どもを育てることができる基盤が必要です。地域社会には強い制度や優れた学校があるだけでなく、共通の文化意識、子どもたちが健やかに育つことができる文化も求められます。そして当然ながら、そうした生活を支えるための経済、つまり誰でも働く意欲があれば良い仕事に就けるような仕組みも必要です。特定の才能や居住地に依存せずに働ける仕事が全国にあるべきです。みんなが大都市に移動すれば経済成長するという考え方は、家族を基盤とする社会には逆効果でしかありません。さらに視野を広げていくと、最終的には国家という単位にたどり着きます。国家とは、単なる市場やオリンピックの代表団のような存在ではありません。人々が互いに責任を負い合う共同体なのです。すべての人が子どもを育てているわけではありませんが、育てている人たち、そしてその子どもたちに対して、社会全体が責任を持つべきです。そして子どもたちが成長すれば、今度はその子たちがまた他者に責任を果たしていく。そのような構造が維持されなければ、現代西洋社会で見られるように、さまざまなものが崩れていってしまうのです。


[タッカー・カールソン]
 なんだか社会主義っぽく聞こえますね、いや冗談ですが。でも本当に美しい考え方です。そして補足しますが、あなたはその価値観を実生活で実践されているんですよね。都市からかなり離れた小さな町に住んでいて、ご家族もいて、町の公式な役割も担っていらっしゃる。


[オレン・キャス]
 はい、私自身もそうしようと努めています。そして、それが重要だと思うんです。私が語っているのは、理想的なライフスタイルとして誰かが実現すればいいという話ではなく、すべての人が果たすべき責任だと考えています。もちろん、こうした生き方は田舎に限ったことではありません。都市の中でもできますし、いろんな仕事をしている人たちにも可能です。両親が共働きでも、片方だけが働いていても、実現できることです。大切なのは、多様な選択肢があること、そのものが価値だということです。人それぞれに合った生き方を選べることが、人間の幸福や社会の機能にとって欠かせないのです。しかし今の市場の動きは、それとは逆の方向へ進みがちです。市場はただ最も効率的な解を求めます。もし目標が単にGDP成長の最大化なら、それでいいかもしれません。でも、効率性だけを追求してすべての人を同じ道に押し込めようとすれば、むしろ本当に求めている豊かな人生を実現することはできなくなってしまいます。




2. 失われた責任:市場原理主義と世代の変容


[タッカー・カールソン]
 他者への責任という言葉を使われましたね。子どもたちへの責任、隣人への責任。まるで昔ながらのプロテスタントの道徳観のようです。今ではあまり耳にしない考え方ですね。ケン・グリフィンのような人が語るような世界観ではない気がします。なぜ今ではあまり語られないのでしょう? その責任という考え方は、どこから来ているのでしょうか?そして、どうすればそれを人々に取り戻すことができるのでしょうか?


[オレン・キャス]
 それは多くの宗教に共通して存在する考え方だと思います。たとえばプロテスタントにもあるし、カトリックの社会教義にも明確にあります。また、ユダヤ教にも強く見られると思います。私の理解では、特に次世代の育成に重点が置かれているのがユダヤ教ですね。ですので、世界の主要な道徳的伝統に共通して、この責任感が根付いているのも当然のことだと思います。


[タッカー・カールソン]
 それこそが、道徳的伝統そのものなのかもしれませんね。


[オレン・キャス]
 そうですね、その通りです。共通の流れがあると思います。そして今それが語られなくなっている理由は、主に二つあると思います。一つは、制約があるからです。義務や責任という考え方は、単なる権利や自由とは異なり、自分の欲求とは別に、やらなければならないことが存在するという前提に立っています。それは、今すぐに楽しいことではなかったり、自分が今やりたいことではなかったりします。でも、それでも、正しいからやる、あるいは、周囲の人たちのために大切だからやる、という考え方です。多くの道徳的伝統では、そうした選択が結果的には自分自身にとっても良いものになる、ということも説いています。人間は弱くて不完全な存在です。経済学的に言えば、常に自分の幸福を最適化しようとする行動を取るかもしれませんが、それが実際には自分にとって良くない選択になることが多々あります。
 こうした責任感や義務感について話すと、懐疑的な反応を示す人もいます。「でも、そんなことを選ぶ人はいないよ」と言われたりします。でも実際のデータを見てみると、結婚している人の方が幸福度が高く、子どもがいる人の方が人生の満足度が高く、人生の晩年になっても充実感を得られていることが多いのです。経済的にも、そうした選択をした人たちの方が結果的に多くの収入を得ている傾向もあります。つまり、人生で本当に達成したいことがあるならば、そのために今、そうした選択をすることが、長い目で見れば自分のためになるんです。ただ、それを23歳の時点で理解して選べるかというと、なかなか難しいというのが現実ですね。


[タッカー・カールソン]
 そうですね。


[オレン・キャス]
 そして、ある意味では、これが最初の問いに戻るのですが、つまり、保守主義とは何か?という話ですね。私が思うに、保守主義とは、人が良い人生を送り、良い選択をするためには、一定の枠組みの中で生きていく必要があるという認識です。人は家族や教育制度、文化といった制度に支えられて、その枠組みの中で自らを形成し、判断力を育てていきます。そうした制度があってこそ、自分にとって本当に良い選択ができるようになるのです。ここで言っているのは、戦場で銃剣を構えて突撃しろというような無謀な話ではありません。むしろ、本人にとっても、その周囲にとっても、そして子どもたちにとっても良い結果につながる話です。ただ、それが人々にとって、自然に選ばれるものではないという点が重要です。
 もうひとつ、なぜそうならないのか?とよく聞かれますが、それはやはり人は縛られることを嫌うからです。そして、もうひとつの大きな原因は、市場原理主義に陥っていることです。経済学者たちの考え方が社会に広まり、それぞれがその瞬間に自分にとって最善だと思うことを自由に選んでいけば、最終的には社会全体もうまくいく、というような思考が広く受け入れられてしまった。でも、それは現実とは違います。


[タッカー・カールソン]
 おっしゃったことは、まさに文明社会の土台ですよね。おっしゃる通り、どんな文明も今あなたが語ったことを無視したまま存続することはできません。言っている内容は過激でもなんでもなく、むしろ当たり前のことです。
 ただ、どうも1946年以降に始まった世代は、それを知らなかったような気もします。国の財政を破綻させ、サウスカロライナのコンドミニアムで亡くなっていくような人生を送り、子どもたちや孫たちには何も残さないような。やはりベビーブーマー世代で価値観が大きく変わったのではないかと思えてきます。


[オレン・キャス]
 その通りだと思います。そして、答えの一部は、少し皮肉を込めて言えば、この世代はあまり思慮深くもなければ、責任感のある世代でもなかったということだと思います。


[タッカー・カールソン]
 外交官になった方がいいんじゃないですか。その外交的な表現力には感服します。


[オレン・キャス]
 まあ、私の友人にも多くのブーマー世代がいますので(笑)。ただ、もう一つ見逃せないのは、この世代は、すべてがうまくいっていた時代を実際に経験してきたということです。


[タッカー・カールソン]
 たしかに。


[オレン・キャス]
 すみません、私はどうしても経済の側面から物事を語る癖があるのですが、それが文化にも大きく影響していると思うからです。たとえば、ミルトン・フリードマンのような人物は、非常に公共性の高い場面で、「自由に選ぶこと」こそが大切だと主張しました。彼の代表作も『Free to Choose』(自由に選ぶ)です。その当時のアメリカ社会では、実際にそれが機能しているように見えたのです。
 アメリカの文化が築いてきた制度的資本を当然のものとして捉え、何もしなくても社会がうまく回っていくと信じ込んでいました。また、当時のアメリカは他国を大きく引き離す工業大国でしたから、あれこれ心配しなくても、自由に選べばうまくいくという感覚が強まったのです。投資家は最も良いものに投資し、イノベーションが進み、良い仕事が生まれる。そういう幻想があったのです。


[タッカー・カールソン]
 まさに「魔法の手」ですよね。


[オレン・キャス]
 その通りです。そして、私がこれを「市場原理主義」と呼ぶのは、少し皮肉を込めていますが、実は非常に的確な表現でもあると思っています。宗教的な原理主義が聖典の文脈を誤って解釈して極端な教義を形成するように、経済においても同様のことが起きているのです。都合の良い部分だけを切り取り、まるで普遍の真理のように扱う。たとえばアダム・スミスの「見えざる手」の話でも、本来は「国内投資を好む人が多く、最も多くの雇用と成果を生む活動に集中するなら」という前提付きで語られています。でも、その前提が経済の教科書からは削除され、「見えざる手がすべてを導く」という部分だけが残されてしまったのです。まるで精霊か何かのように扱われている。


[タッカー・カールソン]
 本当に、まるで聖霊みたいですよね。


[オレン・キャス]
 まさにそうです。だから私はそれを「市場原理主義」と呼んでいるんです。もともとのテキストや理念を誤って解釈し、単純で分かりやすいけれど、本質を見失った枠組みができあがってしまった。そして、それが人々にとって必ずしも良いわけではない。アメリカがこの道を進み始めたのは、ちょうどすべてがうまくいっていた時期で、その時はそれでも問題なかった。しかし冷戦が終わり、新しい時代に入ると、その幻想が崩れ始めました。私たちが行ってきた外交政策や経済政策には、多くの誤った前提がありました。そして今、私たちはその文化的、経済的な結果と向き合わざるを得なくなっているのです。


[タッカー・カールソン]
 唯一の救いと言えるのは、今やその結果があまりにも明白で深刻になっているため、もはや誰も、この50年間と同じことをこれからも続けるべきだとは本気では思っていないのではないか、ということですね。


[オレン・キャス]
 残念ながら、そう思っている人はまだたくさんいます。


[タッカー・カールソン]
 本当ですか?


[オレン・キャス]
 はい。というのも、今の仕組みでうまくいっている人たちがまだ一定数いるからです。特にアメリカでは、高学歴で特定の地域に住んでいる人たちには、いまだに恩恵を受けている層が存在します。


[タッカー・カールソン]
 高齢層ですね。


[オレン・キャス]
 そうですね。特に「黄金期」に蓄財をした人たちはまさにその例です。でも実際には、20代や30代でも、たまたま正しいタイミングで、正しい場所にいて、正しい教育を受けて、適切な職に就いた人たちは、今も非常にうまくやっています。そうした人たちは、自分たちが所属する文化にどっぷりと浸かっていて、「私たちがここにいるのは、それにふさわしいからだ」「この素晴らしいメリトクラシー(能力主義社会)では、私たちこそが勝者であり、他の人の分まで意思決定するべきだ」と思い込んでいるんです。
 そして、経済的な指標を見て、「テレビは以前よりも大きくなったし、物もたくさんある。だから今のやり方を続けよう」と考える。こういう発想の人たちは、実は少なくないのです。


[タッカー・カールソン]
 でも、それは国全体で見れば、ごく一部の人たちですよね。


[オレン・キャス]
 はい、確かにそうです。


[タッカー・カールソン]
 だからこそ、私には理解しがたいんです。もちろん、世の中が不公平だというのは有名な話ですし、自由意志がどこまで本物なのかもはっきりしない。財産の分配について考え始めると、運や神の摂理のようなものまで話に出てくる。でも、それでもなお、今の仕組みで利益を得ている側にいる人が、自分のまわりを見渡して、「これって大多数の人にとって機能していないな」と感じないというのは、やっぱりどこかおかしいと思うんです。そう感じないのであれば、その人の人間性を疑ってしまいます。


[オレン・キャス]
 その問いかけはまさに正当だと思います。私が少し同情とまでは言わないにしても、ある程度理解できるのは、自分自身も似たようなルートをたどってきたからかもしれません。私自身も、いわゆるエリート教育を受けて、同じような組織や職業に就きましたし、たとえばミット・ロムニーの大統領選のキャンペーンにも関わっていました。


[タッカー・カールソン]
 ハーバードを卒業された後ですね。


[オレン・キャス]
 そうなんです。実は、まだハーバードのロースクールに在学中だった頃、ロムニー陣営で国内政策の責任者を務めていました。その時、「オピオイド危機についてどう対応するのか」という質問が寄せられました。でも正直に言うと、私は恥ずかしながら「オピオイドって何?」とGoogleで調べるような状態でした。「オピウムと関係あるのかな?」くらいの知識しかなくて。つまり、当時すでにアメリカ史上最悪の薬物危機が、少なくとも10年近く続いていたにもかかわらず、私自身まったくその存在を知らなかったんです。他の地域で起きている問題と接点がなく、それを知らずに過ごすのは驚くほど簡単でした。
 経済学の授業で、自由貿易はみんなに利益をもたらす、仕事を失ってもより良い仕事が見つかる、と教えられ、大都市で同じように恵まれた仕事に就いている人たちに囲まれて働いていると、それが現実だと思い込んでしまうんです。
 だから、トランプ大統領の成功は非常に重要な転換点だったと思います。知らなかったで済まされる時代はもう終わったんです。あの時点で、私たちは選択を迫られました。「なるほど、これは自分が理解していなかった重大な問題で、もっと真剣に向き合う必要がある」と認識するか、それとも「この国は嫌いだ。こういう人たちは人種差別的で排外的で、今の自分たちの恵まれた状況を理解していないだけ」と決めつけて突き放すか。
 正直に言うと、後者の態度を取った人が、権力や資産、影響力を持つ層の中ではかなり多かったのです。彼らは、トランプ大統領の成功さえも「グリーバンス・エコノミクス」(被害者意識経済)と呼び、そんな問題なんて存在しないと切り捨てました。




3. エリートの壁と個人の覚醒:なぜ私は違う道を選んだのか


[タッカー・カールソン]
 私はその態度は道徳的に罪だと思います。そして、そういう考えを持っている人たちは、いつか必ず責任を問われるべきだと思っています。話は変わりますが、以前から何度も聞いているのに、あなたはちゃんと答えてくれたことがないので、今回こそ最後にもう一度聞かせてください。
 あなたのプロフィール、これまでの人生、ハーバード・ロースクールを卒業し、ミット・ロムニーのキャンペーンで働いたという経歴からは、今のような考え方を持つようになるとは思えません。JD・ヴァンスも似たような道を歩んでいますが、彼はあなたとは違って、子どもの頃に特別な環境がありました。あなたのように、全く違う道を選んだ人を、私は他に知りません。なぜ、そうなったのですか?


[オレン・キャス]
 いい質問です。避けているつもりはないのですが、正直に言うと、自分でも明確な答えは持っていません。もし二つ理由を挙げるとしたら、ひとつは、私は表面的にはすべての通過点をクリアしてきましたが、育ち方がかなり風変わりだったという点です。これは両親のおかげだと思います。両親はアメリカ人ですが、海外で育ち、イスラエルで出会いました。アメリカンスクールで知り合い、父はキブツで生活していました。そこで結婚してアメリカに戻り、私はアメリカで育ちましたが、価値観は少し違っていたと思います。両親は60年代、70年代にアメリカで形成されたあの典型的な文化的モデルを経験していないんです。


[タッカー・カールソン]
 つまり農業をしていたんですね。


[オレン・キャス]
 まさにその通りです。父は砂漠のキブツで灌漑設備の責任者をしていて、本当にパイプにノズルを取り付けるような作業をしていました。
 今振り返ると、私は本当に恵まれていたと思います。一方ではメリトクラシーの典型のような表面的な成果を得ながら、同時に両親からは、家族こそが最優先事項であり、仕事やキャリアはそれを中心に構築すべきだ、という価値観を受け継ぎました。


[タッカー・カールソン]
 宗教は信仰されていますか?


[オレン・キャス]
 特に信心深いわけではありません。イスラエルとのつながりもあって、このテーマは面白いのですが、イスラエルは一方では非常に宗教的ですが、もう一方ではとても強い世俗文化も存在しています。私は後者の影響を受けて育ちました。
 もうひとつ、私に大きな影響を与えたのは祖父の存在です。祖父は優秀な弁護士で、私が4歳の頃から、私が何かを言うと必ず、それに反対する立場で議論を挑んでくるような人でした。私の最初の本もその影響を受けています。


[タッカー・カールソン]
 4歳の子ども相手にも議論していたんですか?


[オレン・キャス]
 はい。相手が4歳だろうと、議論できる相手がそこにいるなら、誰であっても構わなかったようです。私の最初の本は、祖父アーヴの思い出に捧げています。彼は本当に、いい議論が大好きな人でした。私はその環境で育ち、常にすべてのことは議論の対象であり、両方の視点から検証されるべきだ、という考えを自然と身につけました。その影響で、何かを鵜呑みにせず、本能的に疑ってかかる性格になったと思います。時には不健全なレベルの逆張りになることもありましたが、健全な意味での懐疑精神も育まれました。
 そうした背景もあって、私は伝統的な共和党系・保守系の政治の道をたどりつつも、常にどこか部外者のような感覚がありました。なぜそれをやるのか?本当に筋が通っているのか?それって本当に私たちが目指している保守主義なのか?と疑問を持ちながら進んできました。私が信じていた保守主義は、私たちが今日話してきたような価値観であって、単なる減税ではなかったはずです。そうした疑問が、私をさまざまな興味深い道へと導いてくれました。


[タッカー・カールソン]
 でもそれは、あなたが属していた世界、つまりハーバード・ロースクールの中では、ほぼ全員と逆の道を選んだということになりますよね。私もずっとこの地に住んでいますが、ハーバード・ロースクール出身の保守派の進路って、ある程度決まっているんです。数は多くないけれど、社会的にはリベラル、経済的には保守的という立場を取る人がほとんどです。あなたは、それとは真逆の立場を取ったわけですよね。ある意味で、最も人気のない組み合わせかもしれません。


[オレン・キャス]
 うーん、確かにそうかもしれませんね。


[タッカー・カールソン]
 そうかもじゃなくて、間違いなくそうですよ。


[オレン・キャス]
 言われてみれば、たしかにそうですね。


[タッカー・カールソン]
 それは間違いなく事実です。


[オレン・キャス]
 言われてみれば、そうですね。ただ、ここ5年間、私たちが運営している「アメリカン・コンパス」という組織での活動を通じて感じているのは、こちらが誠実に対話しようとする限り、人々もちゃんと話を聞こうとしてくれるということです。相手の意見を理解しようと努め、自分の意見も率直に伝え、しっかり議論する。私たちのモットーは「知的な戦い、しかし個人には礼節を」というものです。もちろん、あの人の考えは気に入らないからもう関わらないと言う人もいますが、大多数の人は本当に関心を持ってくれるんです。
 ですので、ここで「私はこの道を選んだことで大きな個人的犠牲を払ったんです」と語ることもできるかもしれませんが、正直に言えば、そんな犠牲はまったくありませんでした。


[タッカー・カールソン]
 でも、実際問題として、かなりの金銭的な犠牲は払っていますよね。でもまあ、それはさておき。


[オレン・キャス]
 ああ、それは確かにそうですね。政策の世界に進んだ以上、ビジネスの世界で稼ぐような選択肢は当然放棄することになりました。でも、それは高校時代にディベートに夢中だった頃から決まっていたことです。私はとにかく、何かについて議論していたかったんです。


[タッカー・カールソン]
 そうですね、つまりあなたがこのプロジェクトを始めてから、、、


[オレン・キャス]
 もう5年になりますね。


 


4. 関税は正しいか?:トランプ政策と自由貿易の虚実


[タッカー・カールソン]
 その5年間、基本的には礼節を保ち続けていて、周囲も丁寧に対応してくれていて、全体としては興味深いやり取りが続いてきたのだと思います。
 ただ、関税の話になると、そこからは一気に感情的な論争に発展しますよね。では、トランプ大統領の関税政策について、あなたの立場はどうですか? 関税は機能していると思いますか? また、関税の支持者として、どんな反応を受けてきましたか?


[オレン・キャス]
 ええ、本当に興味深い時期でした。特に政権が始まってから、そして「リベレーション・デイ」以降はなおさらです。
 私の見解としては、トランプ大統領とその政権が進めてきた方向性は、まさに正しいと思います。グローバル化の失敗に焦点を当て、自由貿易が実は本物ではなく、約束されていたようには機能してこなかったという事実を直視し、そこから別の道に進もうという姿勢は極めて正当です。そして、その過程で、「コストがある」という現実を認め、そのコストを社会全体で負担すべきだと主張していること自体が、驚くべきことです。政治家が「これはタダじゃない。確かに代償があるが、それでもやる価値がある」と公然と語るなんて、どれくらいぶりでしょうか?私としては、まったくその通りだと思っています。


[タッカー・カールソン]
 それは本当に重要な視点ですね。


[オレン・キャス]
 皮肉なことに、これまで、政治家が現実を語らないと嘆いていた識者や新聞の論説委員たちが、いざトランプ大統領やベッセント長官のように、現実を直視してコストを引き受けようとする人物が現れると、手のひらを返したように批判を始めました。どうしてそんな犠牲を求めるのか?と。でも、これこそが本当のリーダーシップなのです。私たちが自ら掘った穴から抜け出すためには、こうした姿勢が不可欠だと思います。
 とはいえ、こうした政策は初期コストがかかるものなので、後に見返りが得られるようにするためにも、そのコストを最小限に抑え、最大限の成果が得られるように設計する必要があります。実際の政策転換の過程では混乱も見られ、方向性が明確でなかったり、何を目指しているのかが曖昧だったために、必要以上のコストが発生してしまった面もあったと思います。
 しかし、「リベレーション・デイ」以降、状況が改善する方向へ動いていることにはとても希望を感じています。私は関税には賛成ですが、それは段階的に導入すべきです。人々が調整する時間を持てるようにする必要があります。今はまさにそうした段階に入りました。関税が一時的に停止され、交渉の余地が生まれました。中国との交渉も再開されています。
 私が望むのは、今後2〜3年先を見据え、貿易のルールを守らない国々、明らかに中国のような国々には、関税などの障壁があるという明確な方針を示すことです。そして、アメリカでビジネスをしたい人たちには、今からその準備を始めてもっとアメリカに投資しなさいと伝えるべきです。アダム・スミスの「見えざる手」の文脈に立ち返るなら、アメリカ経済がうまく回るためには、アメリカで儲ける一番の方法はアメリカでモノを作ることだ、となるような仕組みが必要なのです。


[タッカー・カールソン]
 それは実現できると思いますか?


[オレン・キャス]
 もちろん、可能だと思います。


[タッカー・カールソン]
 たとえば中国の件ですが、昨日、製造業の関係者から聞いた話によると、中国は世界中のマグネットを製造しているそうです。マグネットはあらゆる製品に使われていて、アメリカ国内の在庫はあと2週間分しかないとのことでした。中国はアメリカ向けのマグネットの出荷をすでに停止しています。こうした状況で、例えばマグネットの製造工場をアメリカに作るには、どのくらい時間がかかるのでしょうか?どうやって解決していくのでしょう?


[オレン・キャス]
 これは時間がかかる問題です。でも、あなたが先ほど、良い知らせとして言っていたように、私たちが自ら引き起こした問題であるというのも、ある意味で良い知らせだと思っています。もちろん皮肉も含んでいますが、つまりこれは、政策的な選択の結果なので、別の選択をすれば改善できるということです。
 1970年代のオイルショックのようなケースでは、物理的に存在しないものをどうにかするという難しさがありました。しかし今回のような貿易に関する問題は、地理的な制約ではありません。アボカドが育たない土地に住んでいて、それをどうするか、という問題ではなく、私たちが何を作るか、あるいは何も作らなくていいと思い込んでいた、ということが原因です。一方で、他の国は、中国だけでなく、韓国、日本、台湾、ドイツもそうですが、何を作るかが非常に重要だと考え、それに投資をしてきました。
 結果として、技術も資本もそれらの国々に流れていった。でも、もし私たちが再び「いや、やはりアメリカでものを作ることが大事だ」と考えれば、アメリカにも資源はあるし、労働力のスキルもある、資本もある。つまり可能なのです。
 具体例としては、まずレーガン大統領の事例があります。一般に彼は、自由貿易主義者と思われがちですが、実際にはそうではありません。リバタリアン系のケイトー研究所は、レーガンを「フーバー以来最悪の保護主義者」と呼びました。特に日本に対しては強硬で、自動車の輸出について、このままではダメだと圧力をかけ、日本側は関税を避けるために、自主的に輸出を制限し、代わりにホンダやトヨタをアメリカに投資させるという判断を下しました。
 この決断の結果、今のアメリカ南部の自動車産業が成り立っています。たとえばトヨタ・カムリは、デトロイトのどの車よりも多くのアメリカ製部品を使っています。最初は組み立て工場だけが来て、次にサプライチェーンが移り、最終的には研究開発拠点までアメリカに移った。つまり、こちらで作らせると決めれば、現実にそうなるのです。
 もうひとつの好例が、今進行中の半導体分野です。アメリカはチップの発明国であり、すべての基盤を作ってきたのに、それを他国に委ねてしまった。台湾がチップ製造でトップになったのは、ビーチにシリコンがあるからではなく、台湾政府が、自分たちが主導すると決めたからです。今アメリカも、我々がリードすると明言して、TSMCがアリゾナ州への600億ドルにくわえて、さらに1,000億ドルを投資し、最初の工場はすでに稼働を開始。製造品質も台湾より高いという報告もあがっています。つまり、やろうと思えばアメリカでもできるのです。問題は「それをやるべきか」と国として意思を持てるかどうかです。


[タッカー・カールソン]
 でも、すべてのものを国内で作れるわけではありませんよね。どの産業に優先順位をつけるべきだと思いますか?もしあなたがアメリカの製造業回帰を主導できる立場にあったとしたら、どの分野に重点を置きますか?


[オレン・キャス]
 優先すべき産業はいくつかあります。戦略的な価値が高いもの、あるいはそこからサプライチェーン全体が派生するような分野です。半導体はその典型例ですし、クリティカル・ミネラル、つまり磁石に必要な鉱物も重要です。また、電気自動車用、電力網用など、幅広く使用されるバッテリー分野も非常に重要だと思います。
 こうした特定分野には、産業政策を活用して明確に投資を促すべきです。勝ち組・負け組を選ぶなという声もありますが、これは企業ではなく、産業そのものに対して、国家として意志を持って推進するという話です。
 それとは別に、私が今いろんな人と議論しているのが、関税こそが自由市場的アプローチではないか、という点です。関税は非常に広範囲に影響を与える政策で、特定の産業を選ばず、国内で作ることにアドバンテージを与えるというルールを提示するだけです。つまり、比較的アメリカで作りやすいものは自然に戻ってくるし、作りづらいものはそのまま海外にとどまる。投資先を指示する必要もありません。ただ、国内で作れば10%有利になるというルールを作るだけでいいのです。
 それによって、より健全な経済システムが形成されます。これはアダム・スミスの「見えざる手」にも近くなり、規制も少なく済みます。他国の政策を逐一確認して対応する必要もありませんし、取り残された人々をどう救うかといった補完政策に頼る必要もなくなります。自由市場は大事だが、それは「物を作る自由市場」であるべきだ、と国として宣言し、国内で製造する企業にアドバンテージを与える。それが本来の経済政策であり、あとは、百花繚乱になるのを見守るだけです。


[タッカー・カールソン]
 それって、すごくシンプルに思えますし、国民の支持も圧倒的に得られそうですよね。なぜそれが実行されていないのでしょう?そのプロセスと、なぜ実現していないのか、教えてください。


[オレン・キャス]
 そもそも私たちがこうしたことをしてこなかった理由は、今お話ししたような前提自体が間違っていると、私たちは考えていたからです。つまり、私たちの立場では、ものづくりをすること自体に価値がないと見なしていたのです。マイケル・ボスキンという経済顧問がいて、ジョージ・H・W・ブッシュ政権で首席経済顧問を務めていた人物ですが、彼の有名な発言に「ポテトチップスもコンピューターチップも同じようなものだ」というものがあります。このような経済理論を信じていたら、確かに、どっちでもいいじゃないかという話になりますよね。「中国がもっと安く作れるものは、全部中国に任せればいい」という考え方がベースにあるなら、なぜ国内でそれを作る必要があるのか、という話になるわけです。こうしたモデルは、非常に長い間続いてきました。その背景には、「私たちは別に何かを作れなくても構わない」という誤った前提があったのです。また、「経済というのは自然と自己修正されるものだ」という甘い見通しもありました。
 こうしたことがどれだけひどい結果を生んだかを示す一番わかりやすい例は、貿易赤字だと思います。私たちは毎年、海外から1兆ドル以上も多くのモノを輸入していて、輸出はそれに比べて少ない。これは貿易がうまく機能していない証拠です。ポール・クルーグマンは、かつて「貿易赤字は自然に解消される」と有名な発言をしていました。経済学の理論では、こうした不均衡は長く続かず、いずれ自動的に是正されると考えられていたのです。私は実際にクルーグマンとこの件について議論を交わしたことがあるのですが、そのとき彼に「なぜそんなことを言うのか」と聞いたところ、「あれは甘かった、間違っていた」と彼も認めていました。
 バイデン政権で財務長官を務めたジャネット・イエレンも、最近になって「これまでの経済モデルは、誰かがもっと安くものを送ってくれるなら感謝して受け取ればいいというものでしたが、今ではそんなことは二度と言いません」と述べています。つまり、なぜ私たちがこれまで国内で生産を推進してこなかったのかといえば、それは単に間違ったことを信じていたからなんです。そして今になって、ようやくその過ちに気づき、修正し始めているところなのです。


[タッカー・カールソン]
 それはまさにその通りなのですが、少し複雑な話ですね。というのも、単に多くの人が間違った考えを信じていたというだけでなく、それに反対する立場を取った人たちは、単に意見を戦わせるというレベルではなく、人として潰されてしまったからではないでしょうか。今の話に近い立場を当時から強く主張していたのは、ロス・ペローパット・ブキャナンの二人です。でも彼らは、単に経済的に間違っていると批判されたのではなく、まるで危険人物かのように扱われて、公の場から追い出されてしまいました。


[オレン・キャス]
 まさにその通りですね。再びクルーグマンを例に挙げると、彼がかつて書いたとても興味深いエッセイがあります。その中で彼は、「今となっては間違っていたとわかったこの考え方について、理解できない人もいる。でも、そういう人たちを説得するのは無理だ。だから最も効果的な手段は嘲笑することだ」と述べています。


[タッカー・カールソン]
 それを実際に書いているんですね。


[オレン・キャス]
 はい、そうなんです。そのエッセイは今もウェブ上に残っています。「説得は通じないが、十分に嘲笑すれば、彼らが主張をやめるか、周囲が耳を貸さなくなる」と彼は書いています。


[タッカー・カールソン]
 そしてその方法は、実際に効果を発揮したというわけです。


[オレン・キャス]
 もう一つ、これもクルーグマンに関連する話ですが、有名なエピソードがあります。ハーバード大学の経済学者で、グローバリゼーションに一貫して懐疑的だった数少ない人物の一人、ダニー・ロドリックが、自身の本の原稿をクルーグマンに送り、フィードバックを求めたことがありました。するとクルーグマンは、「内容そのものは問題ないけれど、出版すべきではない」と返してきたそうです。「あなたがこれを出すと、野蛮人たちに武器を与えることになるから」と。


[タッカー・カールソン]
 そこが私には理解できないんです。つまり、ケインズ派とミルトン・フリードマン派のような経済学の論争でさえ、そこまで個人を徹底的に潰すような話にはならなかったですよね。相手の人生を壊すとか、配偶者が離婚するよう仕向けるとか、そんな次元の争いにはならなかった。でも、今回のようなケースでは実際に起きてしまった。ロス・ペローの人生も、パット・ブキャナンの人生も、文字通り壊れてしまった。なぜこの一つの論点だけ、こんなにも激しく対立するものになったのでしょうか。




5. 自由貿易という名の外交戦略:隠された歴史と批判封殺


[オレン・キャス]
 では私なりの仮説をお話しします。私も過去にさかのぼって「どうして、これほど明らかに正しくない経済論が主流になったのか」を調べようとしたことがあります。そして私の理解では、特に第二次世界大戦後に起きたある流れが関係しているのだと思います。つまり、戦後の「二度とあのような惨劇を繰り返してはならない」という意識、もちろんホロコーストについてもそうですが、もっと広い意味での戦争全体への反省ですね。国際連合の設立など、あらゆる取り組みがその意識に基づいて進められていました。その時期にこそ、自由貿易という概念が経済理論としてではなく、新しい国際秩序のモデルとして浮かび上がってくるんです。


[タッカー・カールソン]
 まさに、それが核心ですね。


[オレン・キャス]
 ええ。第一次世界大戦後にドイツがどう扱われたかということを人々は思い出したんですね。つまり、支援ではなく抑えつけたことで、結果的に第二次世界大戦を招いたのではないかと。では、戦後世界をどう再構築するのか。どうすれば包摂的な市場をつくり、企業を育て、日本を民主主義国家として再建し、ドイツも同じように立て直すのか。そして、当時存在していたソ連の「市場経済は機能しない」というイデオロギーにどう対抗するのか。その答えとして示されたビジョンが、自由貿易だったわけです。最も象徴的なのは、ノーベル賞受賞者ポール・サミュエルソンです。彼が1948年、つまり戦後すぐに出版した経済学の標準教科書があります。さきほど話に出た「見えざる手」が強調されなくなるというのも、この教科書の中でのことです。


[タッカー・カールソン]
 それは、何世代にもわたって使われてきた教科書ですよね。


[オレン・キャス]
 まさに、その教科書です。実際に私もその本を手に入れて中を見てみたのですが、彼が自由貿易についてどう説明しているかというと、実は明確な経済的根拠では主張していないんです。むしろ、自由貿易がうまく機能しない可能性についてもちゃんと認めている。他国の対応次第ではアメリカにとってマイナスになることもあると、率直に書いています。そして、最終的には「だから何だ」という立場を取っているんです。「私たちが望むようなグローバル経済を築くためには、アメリカが主導して突き進むしかない」と。
 たしかに、1940年代という時代背景を考えると、そう言いたくなる気持ちもわからなくはありません。


[タッカー・カールソン]
 その通りですね。私が大学に入ったのはその教科書が書かれてから40年後でしたが、経済学の授業で最初に読まされたのがその本でした。


[オレン・キャス]
 そして付け加えると、1948年当時の状況では、その考え方が正しかったとも言えると思います。この点は、いわゆるベビーブーマー世代の話にも関わってきます。当時、1950年代から60年代にかけて私たちが採用していた政策は、実際に多くの目標を達成しました。1971年には『フォーリン・アフェアーズ』誌に非常に有名な論文が掲載されていて、国際経済の分野で指導的な立場にあった人物が、自由貿易の論拠について「これはもともと経済政策としての正当性よりも、外交政策の一環としての意義が大きい」とはっきり述べています。そして中国の話に移ると、WTOへの中国加盟を支持する議論も、実際にはそうした外交的な視点が中心でした。表向きは、アメリカにとって良い雇用を生むなどの経済的なメリットが語られていましたが、実際の論点は、これによって中国を民主化する、中国を自由主義国家に変える、というものでした。そして、もし本当に中国が自由民主主義国家に生まれ変わるのであれば、そんな国との貿易が盛んになるのは素晴らしいことで、双方にとって大きな利益になるはずだと考えられていました。こうした見方も、もし実現していれば確かに一理あったのかもしれません。ただ問題は、冷戦後の時代に入ってから、このモデルが急速に機能しなくなってしまったという点です。


[タッカー・カールソン]
 なんでこんな話を今まで聞いたことがなかったんでしょうか?これは本当に久しぶりに聞いた中で一番面白い話です。つまり、私たちの経済モデルというのは、実は経済的なモデルではなくて、外交政策の一手段だったということですか?
 戦後の国際秩序の中核を担うものであり、アメリカのために設計されたというより、世界全体の安定のために設計されたということなんですね?


[オレン・キャス]
 はい、私だけでなく、同じような主張をしている方々は他にもいます。私自身もこのテーマについて「自由貿易の起源神話」というエッセイを書いています。そこではこうした事例や背景を一つずつ丁寧に検証しています。


[タッカー・カールソン]
 私のように、ずっと保守的な立場で市場経済を信奉してきた人間にとっては、自由市場経済というのはもはや何かの理論というより、自然法則のように語られていました。周囲にも異論を唱える人は一人もおらず、完全にバブルの中にいたと言えます。


[オレン・キャス]
 そうなんです。


[タッカー・カールソン]
 つまり、自由市場経済に逆らえば罰せられ、それに従えば報われる。まるで重力のように、ただの真実であるかのように受け止めていました。


[オレン・キャス]
 まさにそれこそが、原理主義的な考え方なのです。


[タッカー・カールソン]
 でも私は、そんな経済政策が、国連と同じように、戦争という恐ろしい体験を乗り越えた人々の二度と同じ過ちを繰り返さないという思いから生まれたものだとは、まったく知りませんでした。


[オレン・キャス]
 ええ、そうなんです。


[タッカー・カールソン]
 それはまさに、彼らがあの戦争を二度と繰り返さないための反応として考え出したもので、つまり、この仕組みがあれば、同じようなことは再び起きないはずだという発想だったのですね。


[オレン・キャス]
 ええ、それにもう一つ良い例があります。戦後の教科書としてはサミュエルソンのものが有名ですが、それ以前にはアルフレッド・マーシャルの教科書があります。彼は近代経済学の父とも言われていて、アダム・スミスが原点だとすれば、マーシャルはその次の時代の人物ですね。


[タッカー・カールソン]
 そうですね。


[オレン・キャス]
 マーシャルはイギリスの経済学者で、おそらく「エコノミスト」という肩書きで最初に呼ばれた人物です。当時はアダム・スミスのことを経済学者とはまだ呼んでいませんでした。マーシャルが書いた教科書は1890年頃に出版され、おそらく初めての経済学教科書とされています。その中では、自由貿易に対してほとんど肯定的な記述がありません。比較優位という概念がありますよね。自由貿易は両国にとって利益になる、という考え方で、これは1800年代初頭の経済学者デヴィッド・リカードに由来する理論です。ところがマーシャルはその理論について「リカード派の狭量さ」と題した章を設けていて、「リカードの理論は数学的に美しいが、実際に当てはまる場面は非常に限られている」と述べています。そして「イギリスが帝国としてこの理論を推進するのは理解できるが、他国には合わない。アメリカもドイツも信じていない」とも書いています。さらに、「労働者階級を欺くために使われているように見える」と皮肉交じりの脚注まで添えています。そのことは本当に面白いと思います。
 さらにさかのぼってリカードやアダム・スミス自身の理論を見ても、彼らが「市場は自動的にうまく機能する」と考えていたわけではないことが分かります。リカードが自由貿易について語る際には、イギリスが布を、ポルトガルがワインを専門に作るという有名な例を挙げていて、それがいかに相互に利益をもたらすかを説明しています。ただし、同じページで彼は「これは資本が移動しない場合に限って成立する」とはっきり書いているんです。つまり、イギリスの布製造業者がそのままポルトガルに移って布を作れるようになってしまっては、この理論は成立しない。そして彼は、そうならないことを心から願っていました。つまり、資本が国内にとどまるという前提が、理論全体の根幹だったわけです。すべての前提はそこにあって、戦後になって初めて、外交政策の都合などからこの理論が再構築され、その上にミルトン・フリードマンやフリードリヒ・ハイエクのような人物たちが現れて「うまくいっているのだから、市場は自動的に機能するに違いない」といった見方が強まっていきました。ハイエクが使った有名な言葉に「自己調整市場」というものがあります。彼は今では保守派に好まれるリバタリアン思想の代表のように語られていますが、実は「なぜ私は保守主義者ではないのか」という有名なエッセイの中で、保守派をむしろ皮肉っています。保守派は市場の自己調整機能を信じ切れていない、と批判しているんです。そして、いつの間にかこの考え方が、「うまくいっているからには、これは自然法則に違いない」となり、あなたが言うように物理法則のような絶対的真理として信奉されるようになった。そして、そうした考えに疑問を持つ人は、無知ではなく、異端とされ、異端は許されないという空気が生まれてしまったんです。


[タッカー・カールソン]
 いや本当に、まさに私たちはその光景を見てきましたし、私自身もそうした中傷に加担してしまった経験があります。


[オレン・キャス]
 私の大学時代の経済学レポートが手元にあるんですが、そこでは、なぜ自由貿易が良いのかについて2ページにわたって書いています。その中で「一部の労働者は職を失うかもしれないが、より良い仕事を見つけることになるだろう」と書いていて、これが模範解答だったんです。当時は、そう書くのが正しいと教えられていたんですね。 


(ここまで前編)



6. オリジナル・コンテンツ

 オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。

Tucker Carlsonより
(Original Published date : 2025/05/17 EST)


[出演]
  American Compass
    オレン・キャス(OREN CASS)
    Founder and Chief Economist

  タッカー・カールソン(Tucker Carlson)




7. 関連コンテンツ





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