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なぜ“体つき”で運がわかるのか


⸻幸運体質の身体知

ついてる。」という言葉には、
幸運と同時に「体つき」の響きが隠れています。


※これは「運がいい体を作る話」ではありません。

「運がどうやって身体に刻まれていくか」
の話です。

才能と幸運


この二つは、
人生において切っても切り離せないテーマ。

けれど、そこには見落とされがちな、
第三の要素があります。


それが、「体つき

「つき」とは「月」

潮の満ち引きを司る月のように、
体は、内側でも見た目も、
刻々と変わり続けています。

先天的に授かった骨格や筋肉のつき方が
基盤となりながら、

誕生して成長し、成熟してやがて衰退し、
やがて死を迎える。

その過程で、後天的な経験や選択によっても、
その形状は大きく変化していきます。

先天と後天と、体つき


才能は、生まれながらにして与えらた、
先天性」の側面を持ちます。

けれど、そこに「後天性」の努力や訓練、
積み重ねによる磨きが加わって初めて、
強い光を放ちはじめます。


これは幸運もまた同じだと思います。

一見「偶然」に訪れるように見えて、
その背景には日々の小さな行動や習慣という
必然」の積み重ねが隠れています。

運に選ばれてるように見える。


そして、私たちの「体つき」も、
同様の構造を持っています。

体つきの“ つき ”


無意識のうちに積み重ねてきた、
動作や姿勢、呼吸の癖が、

体のシルエットを変化させながら、
その人をつくり上げていく。

意識して積み重ねるトレーニングや食事、
生活習慣の選択が、
骨格や筋肉の能力を形づくっていきます。


つまり体つきとは、

無意識の積み重ね」と「意識的な積み重ね

の交差点であり、
あなたの行動した結果の記録そのものなのです。

つきと月


面白いのは、
私たちが普段使っている「体」という言葉の
漢字の多くは、「肉づき」を持っていること。

例えば、「肩」・「腹」・「脚」など、

それぞれに“”の偏がついているのは、
肉体を示すための印。


古代中国では、“月”が「肉」を意味しており、
私たちの体を表す漢字のほとんどにそれが刻まれているのです。

これは言葉の成り立ちそのものが、

体とは肉であり、生きた積み重ね

という事実を静かに物語っています。

物理的な道具としての体


才能を開花させるのも、幸運を引き寄せるのも、
結局は、「体」という場を通じて起こります。

舞台に立つ俳優も、競技に挑むアスリートも、
日常を送る私たち一人ひとりも、

「体」という基盤がなければ、
その才能を現実に投影することはできません。

まとめ


才能も幸運も、
体つきという“”のリズムに導かれて形を持つ。

生まれ持ったものと、積み重ねてきたもの。


偶然と必然。
無意識と意識。
新月と満月。


それらすべてが交わるところに、
私たちの人生の姿が浮かび上がるのです。

今の体つきに、そっと目を向けてみましょう。


そこには、あなたが歩んできた軌跡と、
これから迎える可能性が、

手つき、目つき、顔つき、体つき…

ちゃんと“つき”として刻まれているはずです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

あなたの貴重なお時間を共有していただき、
感謝致します。


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