トラベリン・バスは走り続ける
連続投稿 159日 No365記事
──野音から始まった、矢沢永吉 第二章──
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1976年6月21日。
矢沢永吉の代表曲「トラベリン・バス」がリリースされた頃、
彼はすさまじい勢いで全国を駆け巡っていた。
鉄は熱いうちに叩け。
その言葉を体現するかのように、
前回のツアーの倍以上の本数を回ることが既に決まっていた。
その中でも特に目立つ会場が――
あの日比谷野外音楽堂(通称:野音)だ。
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キャロル解散から1年。
再び、あの地に降り立つ。
真夏に行う野音の公演は
『THE STAR IN HIBIYA』と命名されチケットは即完。
伝説の続きを見ようと、ロックンロール・エイジの男女が
客席を埋め尽くしていた。
夜7時。
照明に灯が入ると、観客の熱気は一気に爆発。
熱さに煽られステージへあがろうとする者、
それを制止するスタッフ。
その爆発寸前の会場裏に、
真っ黒なリンカーン・コンチネンタルが滑り込んできた。
後部座席の奥から姿を覗かせるのは、
真っ白なスーツに星マークのTシャツを纏った男。
髪を整え、ゆっくりと降り立ち、
ステージ袖へ向かって歩みを進める。
──その瞬間、バスドラが空気を揺らした。
ホーンセクションが弾け、
ギター、ベース、キーボードが続く。
オープニング曲
「恋の列車はリバプール発」のイントロが鳴り始めると同時に、
矢沢は中央へ飛び込む。
「セクシー・キャット」
そして新曲「トラベリン・バス」。
3曲を畳み掛けるように歌い終えた刹那、
矢沢は叫んだ。
「みんな元気かぁぁぁ!?
帰ってきたぞぉーーー!!」
誰もが確信した。
この男は、再び上り詰める。
野音の夜が始まり、
壮大なサクセスストーリー第二章が刻まれた。
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