旅に出ると、完全に言語世界が入れ替わり、別の「コクーン」に辿り着く
先日、私たちは今や「日本語のコクーン」の中に住んでいるという話をしました。
どうやら、この「コクーン」は日本語世界で閉じていて、どこともほぼ交わっていないようです。
インターネットは世界を一つの世界に繋げたように見えていますが、最近は「シリコンのカーテン」と言語によって、同時に閉じていきつつあります。
人類は何世代にもわたって、一点に向かって収束してきた後、別々の方向へ発散していく、きわめて重要な転換点に立つことになるかもしれない。
旅に出ると頭が空っぽになる瞬間が訪れる
しかし、しばし旅に出ると、コクーンの外、つまり、インターネットの外に出ることができます。
意識してできるだけネットを使わないようにしつつ、街を散策したり、人と話したり、買い物したり、道に迷ったり、バスを探したりと日常生活に没頭していると、気がつくと、何日も日本のネット社会を見ていなかったりするんですね。
すると、いつの間にか、それまで日課だった「日本語のデジタル情報」が本当にどうでも良くなって、「あれはもしかしたら幻だったのかもな」と思う瞬間があるんです。
というか、実は幻なんですよね。デジタル情報って。
そして、気づくと代わりに現地の人々の生の情報が入ってきます。
この感覚がすごく新鮮なのです。
ネットの外に出ると新鮮な空気が吸えるような感じですね。
すると、この生の情報から、別のコクーンにたどり着くことができるわけです。
あ、こんなコクーンがあったのか! となるんですよね。
東南アジア世界の人々の「コクーン」が複雑になる理由
そして、私が接するマレーシアやシンガポールの人々のコクーンは複雑です。
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