私たちは今やネットの「コクーン」に分断されているのかもしれない
マレーシア人の友人たちからときどき言われること。
「あなた、『コクーン』の中にいるんじゃないの?」です。
「コクーン」とは繭のことです。
彼らにとっては「当たり前」である情報を「まったく」知らないから。
「情報分断されてるんじゃないの??」 と揶揄われてるわけです。
例えば、マレーシアから中国、または中国からドイツまで電車が繋がったことを知らなかったり。
少し前、今やアジアで大人気だった「ラブブ」を知らなかったり(最近報道されましたね)。
以前もnoteに書いたと思うけど、キショール・マブマニ氏を「知らない」と言ったところ、「嘘でしょ?マジで???」という反応をされました。
キショール・マブバニ(Kishore Mahbubani)は、元シンガポール外交官であり、リー・クアンユー公共政策大学院の創設学部長です。彼は国連安全保障理事会のシンガポール代表を務めていたことがあり、2001年から2002年には国連安全保障理事会の議長も務めました。
なのに、日本のニュースはそこそこ現地でも報道されていて。
東南アジアと日本じゃ、流れてる情報が全然違うしなー。
日本人はそんなに海外に興味ないし、とぼんやり思っていました。
シリコンのカーテンで世界は分断されつつある
ところが!
歴史学者ユバル・ノア・ハラリさんの「ネクサス」下巻にまったく同じ話が出ていて驚愕しました。
要するに、日本だけではなく、今は世界中が「シリコンのカーテン」で分断されている。
人々はそれぞれの「コクーン」で生きているのだ、と。
中国ではグーグルやフェイスブックは使えないし、ウィキペディアにはアクセスできない。アメリカではウィーチャットや百度や騰訊(テンセント)を使う人はほとんどいない。そして、こちらの方がさらに重要なのだが、両方の領域は互いにそっくりなわけではない。中国とアメリカが同じアプリケーションのそれぞれのローカル版を開発しているのではないのだ。
NEXUS 情報の人類史
重要なのは、百度とグーグルがまったく違った設計思想で作られているということです。
Googleやメタの設計思想が「企業の利益追求」にあるのに対し、中国のアルゴリズムは儒教や「信用システムの構築」を重視しているかもしれません。両者は相入れない別のアルゴリズムなのです。
で、人々は自分の「コクーン」の中で生きているので、それぞれの「コクーン」で情報は分断していく、というわけです。
中国のソフトウェアは、中国のハードウェアとインフラとだけやりとりし、シリコンのカーテンの反対側でも同じようなことが起こるだろう。デジタルコードは人間の行動に影響を与えるし、人間の行動はデジタルコードの在り方を決めるので、両陣営は違う軌道に沿って進み続け、そのせいでテクノロジーだけではなく文化的な価値観や社会規範や政治構造でも、両者の違いはいっそう拡がる可能性が高い。
日本独自のプラットフォームが日本語のコクーンを作っている
で、さらに言うと、私は日本人には「日本語に守られた強固なコクーン」があるんじゃないかなーと思っているんですね。
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