『カリキュラム・オーナーシップ――教育課程改革の設計図』
次期学習指導要領改訂に向けての議論が中教審で精力的に進められています。その中心にいる石井英真先生が、学校現場の教育課程のオーナーシップ回復をめざし、カリキュラムや教育課程についての基礎的な知見を整理したうえで、2017年版学習指導要領のキーワードのエッセンスを読み解き、現在進められている次期学習指導要領改訂の論点と展望を解説します。
次期学習指導要領改訂に向けての議論が進められている今、学校現場、教育行政関係者が押さえておくべき論点が網羅されています。
本書より、内容を一部ご紹介します。
2024年9月17日、文部科学省の「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会」から論点整理(以下、論点整理)が出されました。そして、12月25日には中央教育審議会(中教審)に諮問がなされ、次期学習指導要領に向けた議論も始まりました。次は何がキーワードになるのかといった具合に、新しいトレンドを探る動きもあります。
さらに言えば、そもそも2017年改訂の現行学習指導要領が実施されようとするタイミングで、GIGAスクール構想、中教審答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(2021年1月26日、以下令和答申)など、次々と新たな教育改革構想が、文科省のみならず、経産省、内閣府などさまざまな省庁から提起されてきました。
そして、それらを咀嚼する十分な余裕もないままに新しい言葉が投げ込まれた結果、2017年版学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」から令和答申の「個別最適な学び」へとキーワードを乗り換えるかのような動きも見られます。
しかし、令和答申は2017年版学習指導要領を補足するものであって、目指す学びのあり方や育てるべき目標・内容を定めているのは学習指導要領です。主と従をたがえてはなりません。「改革」や「変革」が声高に叫ばれる今の時代、あの手この手で、あちこちから変化を触発するためのキーワードやメッセージが現場に流れ込んできています。それらすべてに個別にまじめに対応したり、逆に、それらに鈍感なために後追いに終始し、場当たり的対処をくり返したりするのでは、改革疲れや思考停止に陥るでしょう。
改革や変革の一つひとつの中身以上に、通底する変化のベクトルを捉えて、少し先を見通すことが、学校経営においても、個々の教室の実践においても重要です。次の学習指導要領の話をする前に、2017年版学習指導要領の趣旨や方向性を再確認しながら、何がもたらされ、現状において改めて大事にしたい点、さらに進めるべき点、改めるべき点等は何かを批判的に吟味し、足元をしっかり見つめ直すことが大事です。
先述の論点整理にも示されているように、2017年版学習指導要領はその方向性や枠組みは比較的よくデザインされていて、批判的検討が必要であるにしても、それをがらりと変えるよりも、まずはその趣旨を現場で実装していくこと、いわば改革の「熟成」に力を注ぐことが重要ではないかと思います。
ただその際、コロナ禍やGIGAスクール構想を経て顕在化し加速している、学校のそもそものあり方の根本的な問い直しの動き、不登校の子どもたちの増加にも現れているような学校の生きづらさ、学校や教育を支える教師をめぐる厳しい労働環境、人口減少等の影響もあって、これまでの学校の当たり前を持続できない現状、生成系AIの普及に代表される情報技術革新がもたらすDXの進展といった、令和答申等が問題としているような、2017年版学習指導要領改訂期とは異なる社会や教育の現状もあり、そのなかで2017年版学習指導要領のエッセンスをつかみ直すことが重要です。
カリキュラムや教育課程は、現場から遠い国レベルのみの話ではありません。カリキュラム・マネジメントの強調が示すように、子どもたちや地域の状況の多様性が拡大するなか、目の前の子どもたちの事実と対峙しながら、どんな子どもを育てたいのか、何をこそ教え学ぶべきかといった、教育の目的・目標・内容に関する問いを、それぞれの学校において問うことが大事になっています。
たとえば、高校改革におけるスクール・ミッションとスクール・ポリシーの策定は、総合的な探究の時間のカリキュラム開発などを軸にしながらもそれに閉じずに、学校の各教科・領域等を通した学習経験の総体(学びの地図)としての「教育課程」をデザインすることに結実せねばなりません。
また、観点別評価では、1時間の授業づくり以上に、「単元」で教科の学びをデザインする発想が肝となります。カリキュラム・オーバーロードも問題とされるなか、年間指導計画や単元計画において、中核的な内容を見極め、概念的知識や方略などを軸に各教科の内容の重点化を図り、細目ベース(浅い習得)から概念ベース(深い習得)へと教科内容の学習のあり方を転換することは、次の学習指導要領改訂に向けて一つの焦点となっています。
コロナ禍の流動的で先が見えない状況で学校の萎縮や機動力のなさが顕在化したことをふまえるなら、国で決めて自治体や現場に下ろす、「周知・徹底」のような垂直軸のベクトルよりも、議論への参加とコンセプトの共有を大事にして、現場のエンパワメントと挑戦と自走を促すことが重視される必要があります。学校現場でいろいろと試してみてその経験を現場レベルで互いに水平的に学び合うネットワークを創出しながら、現場から行政が学んでいく構造への転換が求められます。教育行政が現場の主体性を尊重することと、教師が子どもたちの主体性を尊重することは相似形です。
本書では、現場のエージェンシーの発揮やオーナーシップの回復を促すことを目的に、教育変革やカリキュラム改革に翻弄されるのではなく、その本質をつかみ、カリキュラム・マネジメントの先に各学校や教師がカリキュラム・メイキングを遂行していくための知見をまとめていきたいと思います。
とくに本書では、2017年版学習指導要領の根っこにある問題意識やエッセンスとなる発想を再確認し、現状をふまえてどうつかみ直していけばよいのか。その先に、2017年版学習指導要領の熟成と、その積み残しの課題への取り組みをどう進めていけばよいのかを示します。
2017年版学習指導要領の課題として、「○○な学び」といった学び方にかかわるキーワードの肥大化により、そうした学び方を形式的にこなすことを強いられて、授業の伸びやかさ、そして授業づくりのオーナーシップや手応えが失われていっている状況をあげることができます。授業方法レベルへの影響が強まる一方で、目的・目標・内容という、教育課程にかかわる本丸部分の議論と取り組みが空洞化しているように思います。
これに対して本書では、カリキュラムや教育課程に関する基礎的な知見を整理したうえで、形式化しがちな2017年版学習指導要領のキーワードのエッセンスを読み解き、さらに、2017年版学習指導要領が積み残した、内容論にかかわる課題をどう考えればよいのかも示したいと思います。
(本書「はじめに」より抜粋)
〔本書の目次〕
【第1部 教育課程を問うためのリテラシー】
第1章 教育課程を問うとはどういうことか
1.「教育課程」とは何か
2.教育課程の中身を決める軸とは
第2章 カリキュラムに関する最新の知見とその源流にあるものとは
1.目標と評価を軸とするカリキュラムづくりの理論化
2. 子どもの学びや経験からのカリキュラム研究の問い直し
3.行動主義の問い直しと認知心理学の展開
4.ポスト・ブルームのカリキュラム設計論・評価論の展開
【第2部 資質・能力ベースの学習指導要領の原点の再確認とその趣旨のつかみ直し】
第3章 資質・能力ベースのカリキュラムを目指すとはどういうことか?
1.コンピテンシー・ベースのカリキュラム改革の世界的展開
2.コンテンツ・フリー化に向かう「資質・能力」論
3.資質・能力ベースのカリキュラム改革をプラスに転ずるために
第4章 観点別評価をどう捉えるか?
1.観点別評価と「指導と評価の一体化」の捉え方を見直す
2.3観点の学力観の解像度を高める
3.「主体的に学習に取り組む態度」の育成と評価をどう考えるか
第5章 学びの変革をどう捉えるか?
1.学びの変革の軸の再確認
2.「学びの舞台」を軸に知とスキルを結集するヤマ場をつくり単元を設計する
第6章 探究的な学びをどう捉えるか?
1.「探究的な学び」を目指すとはどういうことか
2.探究的な学びの類型
3.「真正の学び」で学校からの「学び超え」と社会への「飛び出し」を促す
4.探究的な学びの推進は教科学習の充実とどう関係するか
第7章 カリキュラム・マネジメントをどう捉えるか?
1.カリキュラム・マネジメントをどう捉えるか
2.エビデンス・ベースと目的合理的な経営をホリスティックなアプローチにつなげる
3.子どもの姿でカリキュラムを語り動的に構築していく――ナラティブ・ベースのカリキュラム評価
4.成長目標に向けた教育課程経営で学校文化をつくる
5.ヴィジョン・ドリブンと授業研究でマネジメントの軸をつくる
6.共同注視関係で子どもの姿で勝負できる学校をつくる
【第3部 2017年版学習指導要領の「熟成」】
第8章 教育「変革」政策で問われた日本の公教育の当たり前
1.GIGAスクール構想による「多層的な教室」の出現
2.「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実が投げかけた課題
3.修得主義で問われる学校の役割
第9章 次期学習指導要領改訂の論点と展望
1.次期学習指導要領改訂に向けた議論の基本的な方向性
2.目標・内容の重点化・構造化の必要性
3.「知の構造」で中核的な概念・方略を見極める
4.中核的な概念・方略を明確化するとはどういうことか
5.今こそ求められる真の知性と言葉の力
6.使うことで教師が育つ学習指導要領へ
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