となりの人間さん vol.2:「主人公」
こんにちは。KYOTOGRAPHERSです。
さてみなさん、この世界の主人公は誰なんでしょうか?

はじめまして、コミュ部のたけしです。
KYOTOGRAPHIEが、今年もはじまりましたね。
今年のテーマ "HUMANITY" にあやかり、
「人間味を感じたエピソード」についてコミュ部メンバーがそれぞれの体験を語る
定期連載「となりの人間さん」。
2回目をお送りします。
(↑コミュ部やKYOTOGRAPHERSについてはこちらをどうぞ)
今回は、
"HUMANITY"=「人間性 / らしさ」
ということで、
とある人間らしい、勘違いさんのおはなしをします。
こんな人もいるんだ。あれ、私と一緒だ。
あるいは、
人間だなあ、と思っていただけたら幸いです。
さて、
私には小さい頃から、変な癖がひとつあります。
それは、
自分をこの世界の「主人公」だと信じてやまないことです。
つまり、この世界の主人公はたけしということです。

さて、落ち着いて話しましょう。
まず、
具体的に私がどう捉えているかというと、
世界中の人々がみな『たけしの人生』とでも名付けられた、物語の登場人物で、
私がさながらそのRPGのプレイヤーであるという感覚であります。
ですので、
主人公である私が死ぬと、もちろんこの世界は終わります。
よく私は小ネタとして友人にこう話します。
「私のいないところで、みんな(登場人物同士)は『たけしの人生』の台本とか演技について、しゃべってんだろうなぁ。」
と、こういった具合です。

この私の癖、
おそらく、検索をかけたり〜、流行りのChatなんたら〜にでも聞いてみると、正式名称にたどり着くことができるでしょう。
きっと哲学的な観点から?教えてくれるでしょうね。
運命論?独我論?認識論?主観的がどうたら?
詳しいことは分かりません。
ですが、
くわしくは知らなくても、私には分かることがあります。
それは自分が困るということです。
特に主人公らしくない状態にいる時。

一般的に物語では、主人公はハッピーエンドを迎えたり、バッドエンドだとしても抑揚のあるドラマチックストーリーを辿りますよね。
だってそのキャラクターのためのお話だから。
ですが、今のところ私の生きている現実社会ではそうなるとは限らないようなんです。
子どもの頃、たくさんの夢をみた私は、ハッピーエンドへ向かう道を歩くものだと、信じ込んでいました。
あるいは、そうでないとおかしいでしょう?くらいにです。
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箸休めに前回の「人間さん」もどうぞ
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どうでしょう?
僕のこの癖は「おかしい」のでしょうか?
いま、世の中ではみながそれぞれに多様な考え方や、自己認識を持っているし、
当たり前が当たり前でなくなるスピードはとても早く、
昨日正義だったことが、明日には悪になっていきます。
価値観は時代によって移り変わります。
圧倒的に、こういう考えを持った人が少ないであろう世界/現実社会、主人公らしいスペックを持っていない私。
歳を重ね、ものがたりだけではなく、目の前の人たちのことも考える頃になったという事実。
こういうものたち全てが、
違うでしょ。
そろそろ気づきな。
と
耳元でささやきます。

ここまでが勘違いさん、私、「たけし」のおはなし。
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ここからがみなさんのお話です。

みなさん、
率直に、この一見馬鹿げたおはなしを読んでどうおもいましたか?
あなたの人生の「主人公」はあなたですか?
え?
同じことを考えたことがあった?同じ癖があった?
それは嬉しいことです。
だって、この現実社会で私が少数派じゃなくなる可能性がみえたから。
あるいは、とても悲しいことかもしれませんね。
だって、あなたが主人公である世界では、私は主人公ではないし、
もっというと、そのRPGに私はいない。
違うタイトルのゲームをプレイしていることになるから。
でも、この場を借りて私が一つ言いたいこと。
となりにいる、そのとなり
そのとなり…….「となりの人間さん」たちに言いたいこと。

あなたの人生が今『◯◯の人生』というタイトルでなくても、
(あるいは『たけしの人生』という名のシナリオでなくとも)
あなたをこれから主人公にすることはできる。
あなたがその生を全うし、死を迎える時、
『◯◯の人生』というものがたりは書き終えられます。
だってその時、あなたは他の登場人物とは違うところに行くから。
そしてはじめて、
◯◯の人生は
長編 『◯◯の人生』 ◯◯ 著
へと、形を変えるんです。

少なくとも、私はそう思っています。
おとなりさんがなんと言おうと。
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いかがでしたか?
私はKYOTOGRAPHIEの展示をみる時、
会場、見せ方の素晴らしさからか、
よくアーティストさんの気持ちに自らの気持ちを重ねることがあります。
今回、ここで私が書いたことも
ただのひとりの人間の変な癖、で終わるものかもしれません。
でも、あるいは、ある人にとっては、
何かが変わるきっかけになるかもしれません。
ぜひ、KYOTOGRAPHIEでもみなさんが、
そんな鑑賞体験を味わえることを祈っています。
それでは、それぞれの『人生』の登場人物としてお会いしましょう。
となりの人間さん、いや、主人公さん。

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(文・編集・写真:佐々木雄嗣[KYOTOGRAPHIEインターン])
