【雨季の宿】第四章🦠夜明けは、空が白むことによってではなく、闇の質が変わることによって知らされる。
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第四章🦠夜明けは、空が白むことによってではなく、闇の質が変わることによって知らされる。
最初に目を覚ますのは、光ではない。音である。
闇の底に重く沈んでいた虫の声の層が、わずかに浮き上がる。
その単調な響きの向こうから、別の音が混じり始める。
羽を打つ乾いた響き。低い、喉の奥を転がるような名も知れぬ鳥の声。
どこかで枝が、重さを受けてしなる音。
何かが落ちたようでもあり、ただ濃い夜露が滴っただけのようでもある微かな気配の連続。
わたしは目を開ける。
納屋の天井板の隙間が、完全な黒ではなくなっている。
暗さが消えたのではない。暗さの中に、灰色の濃淡が生まれ始めているだけである。
板の上に横たえた背中が、自分のものとは思えぬほど重い。
昨日一日の激しい揺れと歩きと汗とが、まだ筋肉の奥底に鉛のように残っている。
脚を曲げると、太腿の奥が鈍く突っ張る。
肩を回すと、関節の深いところで砂がざらつくような感触がある。
それでも起きる。
ここでは、目覚めてから身体が追いつくのを待つという贅沢は許されない。
納屋の外へ出ると、空気がべったりと肌に貼りつく。
冷えているのではない。むしろ生ぬるい。
それなのに、夜の残り香を含んでいるせいで、皮膚の表面だけがわずかに引き締まる。
鼻の奥へ入ってくる匂いは、湿った腐木、灰、煙、古い水、土、それに人の生活の匂いがわずかに混じり合った、この土地特有のものだった。
火は、まだ生きている。
昨夜の焚き火が完全には死んでおらず、灰の下で赤い熱を抱えている。
そこへ誰かが細い枝を差し込むと、息を吹き返すように小さな炎が上がる。
火というものは、夜のあいだじゅう燃え続けるのではなく、こうして半ば眠り、半ば目を覚まして朝を迎えるらしい。
ブラザーはもう起きている。
そして、あの若者も。
彼らはすでに準備を終えているように見えるが、荷物らしい荷物はほとんど持っていない。
身につけているくたびれた衣服と、小さな袋、それだけである。
過不足のない身軽さだ。必要最小限というより、彼らの世界には「必要なものしか存在していない」という感じがした。
朝の食事は簡素だった。
昨夜の残りなのか、新たに炊いたのか判然としない、少し硬い飯。塩気の強い干した肉。湯気の立つ茶。器は粗く、手触りがざらついている。
茶を飲むと、口の中の不快な粘つきが少しだけ薄まる。
胃に温かいものが落ちると、それだけで身体の内側に辛うじて輪郭が戻ってくる。
誰も多くを話さない。
火のそばで食べる者たちの動きは静かで、食べるという行為そのものが、必要な仕事のひとつとして淡々と処理されている。
そこに会話や楽しみがないわけではないのだろうが、少なくとも朝という時間は、言葉を浪費するためのものではないらしい。
若者が立つ。
ブラザーが短くわたしを見る。
それが合図である。 出発する。
集落を出るまでに、三度振り返りそうになる。
別に名残惜しいわけではない。
ただ、人の住んでいる空間から、そうでない空間へと足を踏み出すとき、人は本能的に背後を確認したくなるのだろう。
自分がまだ「戻れる場所」を持っているかどうかを確かめるために。
だが、前をゆく若者は一度も振り返らない。
わたしも、結局は振り返らなかった。
集落の気配は、数十歩で消える。 その消え方が妙に早い。
たとえば都市なら、家並みが途切れ、畑があり、道があり、徐々に人の痕跡が薄れていく。
だがここでは違う。家の裏手を回り、細い踏み跡を折れ、湿った斜面に足を掛けた途端、人の生活は音も匂いもまとめて背後へと乱暴に引き剥がされる。
目の前には、緑しかない。
だがその緑は、昨日まで見ていた農村の穏やかな緑とはまったく異なる。
水田の向こうに広がっていた、空の下で平たく開かれた緑ではない。
ここでは緑は立体であり、層であり、圧倒的な「圧力」である。
上からも横からも前からも、巨大な葉と枝と太い蔓が迫ってくる。
見通しは全く利かない。
十数メートル先が、すでに緑の闇へと溶け込み、曖昧になる。
若者の足が置かれる場所だけが、辛うじて道になる。
彼は歩くというより、斜面と森のわずかな“弱い部分”を縫うようにして進んでいく。
地面のどこが沈むか。どの根が滑るか。どの石が動くか。
彼は逐一確かめているようには見えない。
だが、その足取りには一度の迷いもない。経験が判断というプロセスを完全に省略しているのである。
わたしは、その後ろを行く。 最初の十分で、歩き方が変わる。
平地を歩くときのように、足を前へ放り出して体重を乗せるのでは駄目だと、すぐにわかる。
ここでは一歩ごとに、置く、試す、乗せる、移す、という小さな段階を踏まなければならない。
雑に踏み込むと、腐葉土の下が空洞になっていたり、濡れた根が罠のように待っていたりする。
足裏は常に考えている。
いや、考えているのは頭ではなく、足裏そのものなのかもしれない。
どこに体重をかければよいか。どこから力を抜くべきか。
その判断が遅れるたび、膝や腰に余計な負担が容赦なく跳ね返ってくる。
殺人的な湿度は、すぐに身体の輪郭を奪う。
額から汗が落ちる。首の後ろを絶え間なく流れる。
シャツは背中にべったりと貼りつき、腕を振るたびに濡れた布が皮膚に擦れる。
靴の中は早い段階で湿りはじめ、やがて濡れている状態が普通になる。
乾いていたという感覚の方を、身体が急速に忘れていく。
日が昇るにつれ、明るくはなる。
だが、陽光が真っ直ぐに差すわけではない。
光は頭上の何層もの葉を通過するあいだに削られ、砕かれ、不気味な緑色に変質してから地表へ届く。
そのため森の中はいつまでも朝の延長のようであり、時間の進み方がひどく読みづらい。
最初の危険は、音もなくそこにあった。
若者の右足が、ぴたりと止まる。
止まる、というより、次の一歩へ移ろうとした重心が、空中で凍りついたのだ。
その動きの異常さに、わたしも止まる。
彼は振り返らず、左手だけを後ろへ差し出して、低く開く。
そこで待て、という意味だ。
視線を落とす。 最初は何も見えない。
腐葉土。折れた小枝。枯葉。濡れた黒い土。
そのどこに危険があるのか分からない。
だが、次の瞬間、背景の一部と思っていたものに不意に輪郭が生じる。
蛇である。
細長い身体が、斜めに折れた枝の陰へ沿うように置かれている。
「置かれている」という表現がもっとも近い。生
きものに特有の気配が一切ない。ただ、無機物のようにそこにある。
だからこそ極めて見つけにくい。
色は土と葉と枝の中間色であり、頭と尾の区別も一瞬ではつかない。
若者は身じろぎもしない。 わたしは息を止める。
蛇もまた、微動だにしない。 数秒か、それ以上か。時間はわからない。
やがて若者の足が、極めてゆっくりと半歩ぶん後ろへ引かれる。
それから弧を描くように右へずれ、太い根の上をまたぐようにして迂回する。
わたしも正確に同じ軌跡をなぞる。踏まない。近づきすぎない。
それだけでよいらしい。
通り過ぎてからも、振り返らない。 見た、避けた、それで終わりである。
歩き続けるうち、身体の中から余計なものが削ぎ落とされていく。
最初に消えるのは、考えである。
次に会話したいという欲求。さらに、時間を知りたいという欲求。
残るのは、いま足をどこへ置くか、水をいつ飲むか、若者の背中を見失わないか、その三つほどのことだけである。
水は、喉が乾いてからでは遅い。 だが、飲みたいだけ飲めるわけでもない。
その加減が難しい。
口の中を湿らせる程度に留めるか、喉の奥まで落とすか。
少しの違いが、その後の歩きやすさを変える。
飲みすぎれば胃が重い。飲まなければ脚がつる。
若者が立ち止まり、水を飲む。 わたしも飲む。 それで休憩は終わる。
座ることはない。 座れば立ち上がるのが億劫になることを、彼らは骨の髄まで知っているのだろう。
しばらく進んだところで、若者がまた止まる。
今度は足元ではない。
彼の視線は、腰の高さあたりの空間に向いている。何かを探すようにではなく、何かの“不自然”をすでに捉えている視線である。
わたしも見る。 最初は何もない。
だが、角度を変えたとき、光がひと筋だけ鋭く反射する。
細い線。 蜘蛛の糸ではない。もっと硬い。
ワイヤーである。
地面すれすれの位置に、ほとんど見えない太さでピンと張られている。
その片端がどこへ繋がっているのか、すぐには分からない。
視線を追っていくと、腐葉土の下に半ば埋もれた木片らしきものがあり、その下に何か金属質のものが隠れている気配がある。
喉の奥が、ひどく乾く。
若者はしゃがみこまない。 触れない。確認しない。
彼はただ、手で大きく左へ回る合図をする。それで十分だということなのだろう。
近づかない。起こさない。その二つさえ守ればいい。
わたしは大きく迂回する。 そのわずかな距離が、いやに長く感じられる。
地面へ視線を落としすぎると足元を見失い、前を見ればどこに危険が潜んでいるかわからない。
首の後ろに冷たい汗が溜まり、一本ずつ背筋を流れていくのが不快なほどはっきり感じられる。
通り過ぎる。 何も起こらない。
だが、何も起こらなかったという事実が、逆にその存在の現実味を増す。
この森には、自然の危険だけではなく、人間が明確な殺意をもって残した危険もある。
その両方が、まったく同じ無表情な顔で地面に伏せている。
正午が近づくころ、光の色が変わる。
暑さは増しているはずなのに、頭上を覆う厚い葉のせいで、体感としてはただ重苦しくなるだけである。
熱は降り注ぐのではなく、蓄積する。逃げ場を失った熱が、森全体の内側にじわじわと溜まり、それが空気の粘度をさらに高める。
蜘蛛を見たのは、その頃である。 最初に見えたのは巣ではなかった。
動かない影であった。
若者の肩口の少し先、倒木のくぼみに沿って、節の多い脚が折りたたまれている。
胴体は黒褐色で、毛に覆われ、濡れた木肌とまったく同じ質感をしている。
見つけたというより、目の方が偶然その異様な構造を拾い上げたに過ぎない。
大きい。 掌に乗る、などという可愛らしい比喩は間違っている。
そんなものではない。
あれは“そこにいる”だけで、明確に空間の一部を占有している。
人間が不用意に手を置けば、その手が蜘蛛の領分へ侵入することになる。
その事実が先にある。
若者は棒切れひとつ取らない。 ただ距離をずらし、進路をずらす。
刺激しないこと。それが唯一の対処である。
わたしも離れる。 呼吸を浅くする。 蜘蛛は動かない。 だが、その動かなさの方が不気味である。
もしこちらへ向かってくれば、恐怖は単純になる。
逃げるか、避けるか。
しかし、動かないものは、次の瞬間に何をするかわからない。
わからないということ自体が圧力になる。
ヒルは、もっと陰険である。
姿を見たときには、たいてい遅い。
足首のあたりに何か冷たいものが張りついている気配がして、見れば細い黒い筋が皮膚に吸いついている。
最初はただの濡れた草かと思う。指でつまむと、ぶよぶよと柔らかい。その瞬間、ああ、と思う。
剥がす。 粘る。 落とす。 また別のものがいる。
靴下の縁。靴紐のあいだ。ときには膝裏まで這い上がっている。
痛みがないのがいっそう不快であった。気づかぬうちに入り込み、気づいたときにはもう血だけが流れている。
若者は、気にしない。 見る。取る。捨てる。終わり。
その一連の動作に嫌悪の混じる余地はない。
この環境で生きるとは、そういうことなのだろう。ひとつひとつを事件にしていては前へ進めない。
わたしも、やがて慣れる。
慣れるというより、反応するエネルギーが惜しくなる。
血が流れている。だから何だ。歩けるなら、それでよい。
そういう思考の粗さが、次第に生き延びるために必要になってくる。
午後、森の奥から低い音が来る。
初は風かと思った。 だが、風にしては重すぎる。
木立のあいだを抜けてくるにしては、響きに芯がありすぎる。地面の方から、わずかに圧が伝わってくる。
若者が立ち止まる。 片手を上げる。
もう一方の手で、下へ押さえるような仕草をする。しゃがめ、ではない。大きく動くな、という意味だろう。
わたしは動きを止める。 耳を澄ます。 また来る。 今度は少し近い。
枝が擦れる。重いものが木に身体を押しつけるような、鈍い軋み。さらに少し遅れて、土の深いところがゆっくり沈むような感触。
ゾウである。 見えない。 それがいっそう恐ろしい。
姿が見えれば距離が測れる。逃げる方向も考えられる。
だが見えない。ただ、その圧倒的な質量だけが森の向こうにある。
こちらの存在など、知る由もないかもしれない。だが、知らないことは安全を意味しない。むしろ、知らずにこちらへ来られる方が始末が悪い。
若者は進路を変える。 ほんの少し角度をつけるだけではない。
明確に遠ざかる。藪を分け、斜面を避け、別の踏み跡のようなものへ入り直す。その判断に迷いはない。
わたしは、ついていく。
心臓だけが、急に存在を激しく主張する。 鼓動が喉の近くまで上がってきて、呼吸とぶつかる。
だが、音を立てるわけにはいかない気がして、息は浅いまま抑え込まれる。
しばらくして、あの低い圧は遠ざかる。 それで終わりである。
見もしない。 ただ、避けた。
それだけだが、その“それだけ”の重みが、後からじわじわと身体へ戻ってくる。
途中、樹液の流れた古木にも何度か出会う。
そこへ来れば、もしかすると、と思う。
だが、いない。 黒く乾いた樹液の跡。
そこに小さな甲虫や蟻は来ている。羽音の高い別種の虫もいる。
だが、目当てのものはいない。あの、夜の灯りの下で語られた巨大な角を持つ存在、その気配はどこにもない。
若者は木を見上げ、幹を触り、地面を見て、また歩き出す。
彼も探していることはわかる。適当に歩いているのではない。条件のよさそうな場所を選び、見切りをつけ、次へ移る。
その反復である。 それでも、いない。
空振りが、身体の疲労と重なり始める。 歩く理由が、少しずつ重くなる。
午後も遅くなったころ、斜面の上で何かが動いた。
一瞬である。
褐色の塊が、木々のあいだを横切る。
大きい。だが、姿が固定される前に消える。
影のようであり、影にしては重さがありすぎる。
クマか、ガウル(野牛)か、それとも別の何かか。若者はその方向を見たまま、しばらく動かない。
わたしも見る。 だが、もう何もない。
風も、揺れも、もとの森へ戻っている。
見えないことは、いないことではない。 その当たり前の事実が、じわりと胸のあたりへ沈む。
日が傾き始める。
頭上の光がさらに削られ、森の中は唐突に薄暗くなる。
まだ夕方のはずなのに、足元の色がひと足先に夜へ近づいていく。
疲労の極みに達した脚にとって、下りは決して楽ではない。踏ん張るたび膝が笑い、上りでは太腿が熱を持ち、平地では逆に単調さが堪える。
歩いているあいだ、考えはほとんど消えていた。
だが、消えたあとに残るものがある。
それは「いない」という感覚の蓄積である。目当てのカブトムシがいない。条件のよさそうな場所へ来てもいない。樹液にも、倒木にも、湿地の際にも、いない。
存在を期待した場所が、ことごとく期待に応じない。それが繰り返されるうちに、期待そのものが鈍く摩耗していく。
そして、唐突に森が切れる。
いや、切れるのではない。
密度が緩み、光が広がり、木々のあいだから煙が見える。次の瞬間には、家々の輪郭が現れる。
集落である。 別の集落。 前夜のそれと似ている。
高床の家。竹の壁。煙。火の匂い。
だが、同じではない。家の向きも、空間の間合いも、人の視線の集まり方も、どこか違う。
それぞれの集落が、それぞれの沈黙の持ち方をしているのだろう。
若者が、初めてはっきり振り返る。
短く頷く。 ここだ、という意味である。
わたしは、その場で立ち止まる。
脚が、自分のものではないように重い。 肩は濡れた布の重さを忘れられず、靴の中では皮膚が醜くふやけている。
喉は乾ききっているが、水を一気に飲みたいという欲望すら、すでに限界を超えた疲れの中で角を失っている。
一日、歩いた。 どれだけ進んだのかはわからない。
地図上の距離も、高低差も、何ひとつ正確には把握していない。ただ、集落から森へ入り、森を抜けて、また集落へ出た。それだけである。
そして。 何も、得ていない。
カブトムシには、ついに一度も出会わなかった。
樹液の匂いはあった。古木もあった。湿りを保った窪地も、腐木も、倒木の陰もあった。
条件は揃っているように見えた。だが、それでも現れない。
まるで、この季節そのものが、こちらに対して固く扉を閉ざしているようであった。
煙が立ちのぼる。 子どもの声が、どこかでする。
犬が一度だけ吠え、すぐにやむ。 また火が灯る。 また夜が来る。
構造は昨日と同じである。 だが、身体の圧倒的な消耗と、成果のなさだけが違う。
その差異が、夕暮れの光の中で妙にくっきりして見えた。
わたしは何も言わない。 言ったところで、何一つ変わらない。
歩いた。 危険を避けた。 生きて着いた。 そして、まだ何も見つけていない。
その冷徹な事実だけを、身体の疲れといっしょに引き受ける。
夜が、ゆっくりと下りてくる。
その奥で、何かがまだ見えないまま動いている。
カブトムシかもしれない。 そうではないものかもしれない。
いずれにせよ、それはまだこちらの前には姿を現さない。
ただ森の奥深く、人間の与り知らぬ別の時間の中で、静かに存在しているだけであった。
集落へ着いたあとのことは、ほとんど記憶が途切れ途切れである。
誰が最初に声をかけたのか、どこで荷を下ろしたのか、食事が運ばれてきたのか、それとも自分で取りに行ったのか、その順序すら曖昧であった。
ただ、火の匂いがして、湯気の立つ器が目の前に置かれ、何かを口へ運び、水を飲み、身体の内側へ最低限の燃料を流し込んだという感覚だけが残っている。
味は、まったく記憶にない。
舌が疲弊していたのかもしれないし、あるいはそれを味わうだけの精神の余白が、身体のどこにも残っていなかったのかもしれない。
咀嚼するという行為すら、意志によってではなく、半ば反射として処理されているようであった。
案内された場所は、昨夜とよく似た納屋であった。
屋根があり、板張りの床があり、四方に完全ではない壁がある。風は通るが、外気がそのまま流れ込むほど開いてはいない。
その中途半端さが、かえってこの土地にふさわしいように思えた。
閉じきれば熱がこもる。開きすぎれば雨と虫が入る。その均衡の上に、こうした寝場所は成り立っているのだろう。
わたしは、毛布とも呼べぬほど薄く臭う布を受け取ると、礼を言う気力もないまま板の上へ身を横たえた。
その瞬間、背中が床へ落ちたのではなく、むしろ床の方が身体へとせり上がってきたように感じられた。
木の硬さが肩甲骨と腰骨に当たり、わずかな痛みを生む。
だが、その痛みすら、もはや不快ではない。少なくとも、立っていること、歩いていることに比べれば、はるかにましであった。
脚は熱を持っていた。
ふくらはぎの奥がじんじんと脈を打ち、膝の裏には、歩き続けた者だけが知る鈍い突っ張りが残っている。
足の裏は、自分の皮膚でありながら他人のもののように分厚く鈍く、靴を脱いだとき、ようやくそこに存在していたことを思い出す始末だった。
外では、虫の声が絶え間なく続いている。
それはもはや一匹一匹の鳴き声ではない。
面であり、層であり、空気の震えそのものであった。遠くでは誰かがまだ低い声で話している。
言葉はわからない。だが、その声音は険しさを含まない。
火を囲み、最後の仕事を終えた者たちが、その日の残りを少しずつ片づけていくような声である。
わたしは目を閉じる。 思考は、ほとんどその形を保てない。
今日見たもの。
蛇の模様、ワイヤーの鈍い反射、吸いついたヒル、森の奥で枝を折った見えない重み。
それらは断片として浮かびかけるが、浮かんだそばから沈む。
ひとつずつ取り出して整理するには、身体があまりにも疲れすぎていた。
それでも、ひとつだけ明確な感触が残っていた。
まだ見つかっていない、という事実である。
ここまで来て、何時間も歩いて、危険を避け、汗を流し、血を吸われ、それでも目当てのものには出会えなかった。
その空白だけが、奇妙に乾いた手触りを持って胸のあたりに残っていた。
だが、その感覚も長くは続かなかった。
眠りは、急に来た。 落ちる、というより、電源が切れる、という方が近い。
思考の連続が強制的に断ち切られ、気づけば意識はもう深いところへ沈みかけている。
虫の声は遠くなり、板の硬さも自分の体温の中へ溶け、呼吸だけが自分のものとして残る。
そして、その呼吸すら、自覚の外へ出ようとしたときだった。
遠くで、何かが破れた。
最初、それが音だとはわからなかった。夢の中で何かが裂けたのかと思った。
あるいは、山の向こうで巨木が折れたのかもしれない、と半ば眠った頭は曖昧な解釈を探した。
だが、次の瞬間、それはもっと硬く、もっと人工的な響きを伴って繰り返された。
乾いた破裂音。 間を置いて、もう一度。
さらに、少し遅れて、低く腹に響くような重い音。
わたしは目を開ける。 納屋の闇は変わらない。
だが、身体の中で何かが一気に覚醒する。眠気が消えるのではない。
極限の眠気の上から、もっと強烈な緊張が叩きつけられるのである。
心臓がひとつ大きく打ち、そのあと急に速くなる。
耳を澄ます。 虫の声はまだある。
だが、その向こうから、確かに届いてくる。
パン、と短く空気を切り裂くような音。
それに続く、少し間延びした反響。 さらに、重い爆ぜるような響き。
銃声と、爆発音。
そう理解するまでに、数秒かかったのか、あるいはもっと短かったのかもしれない。
わたしは上体を起こす。 布が肩から滑り落ちる。
夜気が、汗の引ききらぬ肌に張りつく。
納屋の隙間から外を見るが、何も見えない。火はもう弱まり、集落はほとんど闇の中に沈んでいる。
だが、沈んでいるのは見た目だけで、この静けさの下に、誰もが耳を澄まし、音を聞いていることがわかる。
どこかで、犬が短く吠える。 すぐに止む。 人の声はしない。
それが、かえって不気味であった。
もしそれが遠い雷であるなら、誰かが空を見上げる気配くらいはあるはずだ。
もし木が倒れただけなら、こんな沈黙は生まれない。
誰も何も言わないのは、誰もがすでにそれを知っているからである。
何の音かを。どの方向から来たのかを。
そして、それに対してどう振る舞うべきかを。
つまり、気にしないのである。
いや、違う。 気にしないふりをするのではない。
気にしたところで自分の側からは何も変えられないことを、はじめから知っているのだ。
もう一度、音がする。
今度は少し連続していた。
乾いた破裂がいくつか重なり、そのあとに、腹の底へ鈍く落ちるような一発が来る。
距離はかなりあるはずだった。にもかかわらず、その響きは夜気を伝って、骨の表面まで届いてくる。
わたしは、そのまましばらく動けなかった。
恐怖というには、まだ感情が追いついていない。
ただ、自分がどこにいるのかを、身体の方が先に理解し始めていた。
昼のあいだ、森の中で出会った危険は、すべて局所的なものであった。
踏めば噛まれる蛇。触れれば刺す虫。見えないまま仕掛けられたワイヤー。ゾウの通り道。
そうしたものは、いずれも身体に近い距離で完結する危険である。
見つける。避ける。あるいは見つけられずに巻き込まれる。
そのどちらかである。
だが、いま聞こえているものは違った。
それは、わたしが近づいたから起きた危険ではない。
わたしの意思と関係なく、すでにこの土地に織り込まれていた力が、夜のどこかで衝突している音である。
わたしが来る前からあり、わたしが去ったあとも続くであろう暴力。
その震えだけが、いまここまで届いている。
そのことが、急に現実味を持って胸へ落ちてくる。
ここは、ただジャングルの奥ではない。 珍しい昆虫を探す辺境でもない。
国家の輪郭が薄れ、人の支配が別のかたちで作用し、武器の音が夜の地形の一部になっている場所なのだ。
少数民族が暮らし、反政府の者たちが移動し、金で動く者たちが獣道を持ち、そしてそのすべての上に、森が無関心に覆いかぶさっている。
わたしは、その中へ自ら入ってきてしまったのである。
その事実が、ようやく骨の内側へ染みてくる。
三度目の爆ぜるような音が、遠くから届く。 今度は、間が長い。
殺し合いが終わったのか、ただ場所が変わったのか、判断はつかない。
納屋の外では、また虫の声が優勢になる。 まるで何もなかったかのように。
いや、もともと何も中断していなかったかのように。
人間の作る破裂音など、自然の連続の中では、ほんの短い割り込みに過ぎないのかもしれなかった。
わたしは、ゆっくりと横になり直す。
眠れるとは思わなかった。
だが、起きていたところで何かできるわけでもない。
耳だけが、しばらく遠くを探り続ける。
また鳴るかもしれない。鳴らないかもしれない。
そのどちらも、ここではまったく同じ重さを持つ。
銃声が止んだからといって安全になるわけではなく、続いたからといって今すぐ危険がこちらへ来るとも限らない。
ただ、この土地の夜には、そういう音が当たり前に含まれている。
そのことだけが、はっきりした。
目を閉じる。 眠りは、すぐには戻らなかった。
だが、虫の声と、遠くでまだわずかに反響している気のする夜気の震えとを聞いているうちに、意識は少しずつまた泥の底の方へ沈み始める。
今度の眠りは、さきほどまでのそれとは違った。
守られているという感覚は、もうない。 あるのは、たまたま今夜は自分の番ではない、というだけの静けさである。
その冷たい認識を抱いたまま、わたしは再び眠りへ落ちていった。
第五章へ続く
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