名は体を表す......わけではない場合がある ——プリントクラブの変——
モノや現象に名前があって初めて,私たちはそのモノや現象を認識することができる。
名前がなければ,私たちはそれを認識することができない。
「ゼロ」という言葉がなかった時代だと,0歳は存在しない。生まれた瞬間から1歳とカウントする数え年。
「肩がこる」という言葉があって,そこで私たちは肩こりに苦しむ。
名前っておもしろい。
でも,名前と現象がかけ離れたものだってあったっていい。
昨日の記事で「なんのはなしですか」をまとめていらっしゃるコニシ木の子さんからコメントをいただいて,ふと疑問に思った。
「プリクラ」….?
プリントクラブ…….
要はあれだ,写真的な何かを撮影して,そこにテキトーに文字を入れて加工した後の写真を見て楽しむあれだ。
前半の「プリント」は分かる。そりゃあ筐体から印刷物が発出されるわけだから,これはまさに「プリント」だ。
問題は後半の「クラブ」。これは何だ…?
クラブと聞いて真っ先に思いつくのは,放課後に行う課外活動。サッカーや野球などのスポーツ,あるいは文化系の取組みを行う集団を「クラブ」という。しかしプリクラが設置されているのは学校ではなかろう。顧問の先生による監督の下で行うクラブ活動とはかけ離れたものだろう。顧問の先生が見ていないところで撮るわけだから,clubとは違う。
他は……そうか,トランプのクローバーのことを「クラブ」とも言う。四つ葉のクローバーを連想させる。しかしこの筐体や加工作業のいったいどこに,植物やトランプの要素を見出すというのか。全くわからん。
そうなると……クラブとは「club」ではない…?
クラブはひょっとして,カニを意味するcrabか!
そうだ。写真を撮るとき,人はカニへの憧れがあるのか,手でカニのハサミを模したハンドサインを作る。「ピース」と言いながら平和的なカニを希求する願いを表現していることだろう。
たしかに,いや,たしカニ。
プリクラの「クラ」とは,カニを指し示すものだったのだ。
生物の世界では「カーシニゼーション」という言葉もある。ヤドカリなど,カニとは異なる甲殻類が結局カニによく似た姿に進化するという収斂進化。つまり,プリクラもまた,カニへと収斂してゆく人の営みを如実に表現したものといえよう。
しかし私は,何を隠そう,カニの味は好きだと言えるカニアレルギー。
ジャンケンでも,チョキを見るとカニを連想してしまう。苦しい。だから私はチョキを出せない。ましてや両手でダブルチョキなんて,それはもはやカニ!!! 自分の手がカーシニゼーションのあおりを受けて,私もまたカニ化してしまうなんて,堪えられない!
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