ゆるキャラの逆があったっていい
今や猫も杓子もデフォルメ。何もかも親しみやすさがもてはやされる。
週刊少年ジャンプだってそう。何十年も前の絵柄と今の絵柄が全然違う。ジョジョだってそう。一部とか二部だともはや〇斗の拳みたいな筋骨隆々とした劇画調なのに,どんどん時間が経つにつれて作風も変わってゆく。
天狗だってそう。

令和元年設置なんだとさ。
目が大きいから親しみやすい。
ディティールが削ぎ落されて,アイコンだけが残っていく。他の存在とは峻別されたアイコンだけが強調されて残る。天狗はますます赤くなり,その鼻はピノキオを遥かに凌駕する。やがて鼻の長さが身長を超える日も来るだろう。
アイコン,記号。どんな表現でも構わないが,奇抜なものだけが強調されて,それ以外の詳細情報は削ぎ落とされていく。
私はそこに寂しさを覚えている。
細部あってこその全体じゃないか。細かいところまで作り込まれてこそ,全体が真に迫る。
志村新八がいてこその銀魂。
チャゲがあってこそのチャゲアンド〇スカ。
ナンチャンがあってこそのウッチャンナンチャン。

こっちも結構お鼻が長いのね。
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