読解授業を通して考えた「自分の言葉で語る」ことの意味

英語授業研究学会関東支部の春季研究大会(2026年4月19日,国士舘大学)に参加し,今田健蔵氏による高校1年の読解授業の実践を参観した。
今回の授業は,高校1年生の教科書としては,時系列や登場人物の行動を一度で把握することがやや難しい単元であったように思える。しかし,生徒が英語を通して世界について理解を深めながら,自分がわかる言葉を使って考え,気持ちや意見を表現しようとする姿が印象的であった。単に内容を理解するだけでなく,教科書の内容や展開について理解を要する問いに対しても,生徒たちの「自分の言葉で語ろうとする」姿が授業の中で引き出されていた点に強く惹かれた。
この点は,自分の授業で目指している方向とも重なるものである。「教科書の単語」を単なる訳語としてではなく,「読解を支える意味」として捉え,自分の言葉として理解していくことは,英単語テストで覚えた語彙とは異なる側面を持つと感じている。実際の読解やリスニングの場面では,語彙を「読解への橋渡しとして学ぶこと」と「自分の言葉として使うこと」の両方が重要であることを,今回の授業は改めて考えさせるものであった。
今後も,語彙を単なる知識としてではなく,自分の言葉として運用できるようにするための授業デザインや評価のあり方について,調査と実践を通して検討していきたい。
