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サイケデロス・サーガ 10話「黒炎赤鬼」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】

俺たち三人はアジトへ向かう途中、森林でボウボウに襲撃された。
ゴマが全てを片付け、その死骸を馬車に積み込み、休憩も兼ねて川辺へ向かった。

目的地の川辺は、緩やかに流れる水音と広いスペースがあり、静かで心地よい場所だった。

「さて到着だ。ここで肉を解体するぞ」
ライコが馬車を降り、ボウボウの死骸を下ろす準備を始める。

「おっさんも手伝えよ」
ゴマは馬車から降りながら、ナイフを投げてよこす。

俺はボウボウを眺める。
見た目はイノシシだが、元の世界で見たものとは所々違う。

死骸を地面に下ろし、ためらいながらもナイフを入れる。
血抜き、皮剥ぎ、慣れない作業だが、やるしかない。

驚いたことが一つ。
力のライコ、技のゴマだと思っていたが、まったく逆だった。

ライコの手先は精密で正確。
素人の俺はライコの動きを真似しながら、血抜きと皮剥ぎ、内臓の処理を進める。

「ゴマちゃん違う。内臓はこっちだから、この袋を先に取って」
ライコは丁寧に教えながら作業を続ける。

反対にゴマは実に不器用で、皮を剥ぐどころか骨までスパッと切る始末。
ライコは呆れながらも、どこか優しい目でゴマを見る。

そんな二人を見て、よくできた姉弟だと思った。

作業が終わる頃には太陽が傾き、空は茜色に染まっていた。

ライコが手際よく肉をさばいている。

ゴマは大きく伸びをしながら、
「腹減ったぁ。ライコ早くしてくれぇ」
と鼻をひくつかせる。

「はいはい。まだかかるから二人は休んで待っててね」

俺は川の方に目をやる。
水面は夕日に照らされて金色にきらめき、川底の影まで見える。
目を凝らすと、岩陰に数匹の魚の群れが泳いでいた。

「あれは……まさか」
俺は立ち上がり、川へ歩く。

「ん?おっさんどうしたんだ?」
ゴマは地面に寝転びながら聞いてくる。

「いや、ちょっと川の方見てくるから待っててくれ」

川の中を覗き込み、確信する。
「やっぱりいるな。これはヤマメだ」

俺は馬車に戻り、背負い袋からカジにもらったマルチツールと紐糸を取り出す。
再び川へ戻り、流木を拾いながら道具を作り始めた。

この世界にヤマメがいる理由は分からない。
だが、考えても仕方ない。今は食材だ。

流木を削り、マルチツールを駆使して手網を作る。

川に沈め、息を殺して待つ。

川の流れが網に当たる音。
遠くでライコが肉を切るトントンという音。
夕暮れの静けさが広がる。

タイミングを見計らい、一気に手網を引き上げる。
銀色のヤマメが数匹、跳ね上がった。

「お、やるじゃん!」
いつの間にか後ろに来ていたゴマが口笛を吹く。

「けっこうデカいの捕まえたな」
俺は軽く笑い、ボウボウの血がついたナイフを川で洗う。
そしてヤマメの腹を割き、内臓を取り除く。

「おっさん、魚さばけるのかよ」

「ボウボウに比べれば、これぐらいは簡単さ」

下処理したヤマメを串に刺し、ライコのところへ持っていく。

「俺さんやるねぇ」

「これだけじゃ足りないだろうから、もう少し取るさ」

川を見ると、ゴマが靴を脱いで川に入っていく。

ゴマは魚を手で掴もうとするが、すり抜けていく。
何度も挑戦するが、うまくいかない。

イライラしてきたのか、ゴマは足を大きく振り上げ
川底に叩きつけた。

ドンッ! ドンッ!!

衝撃が川全体に響き、水しぶきが上がる。
数匹の魚が宙に舞う。

ゴマは体を回転させ、目にも止まらぬ速さで魚を川の外へ叩き落とす。

「ニャハハ!五匹だ。おっさん、私の勝ちだな!」

俺はライコと目を合わせる。

「だから言ったでしょ、ゴリラだって」
ライコは笑顔で言った。

俺は残りの魚を下処理し、マルチツールで串を作り、ヤマメを刺していった。

ライコも準備が終わったようで、鉄板を取り出し焚き火の上にセットし、肉を焼き始めた。
俺もヤマメを焚き火の端に並べていく。
皮がじゅうじゅうと音を立てて弾け、脂が火に落ちてはぱちっと火花が散る。
ポーチから街で買った塩と胡椒を取り出し、均一になるよう指先で丁寧に振りかける。

「おー、いい匂いしてきた!」
ゴマが待ちきれない様子で尻尾をぱたぱた揺らす。

片面がこんがりきつね色になったところで串を返す。
やがて火が通り、香ばしい匂いが一層強まった。
仕上げに塩をひとつまみ振る。

俺は一本ずつゴマとライコに差し出す。
「熱いから気をつけろよ。ライコ君の分はここに置いとくから適当に食べてくれ」

「ありがとう。こっちはもう少しで焼きあがるから、ゴマちゃんと食べて待っててね」

ゴマは豪快にヤマメへかぶりついた。
「……うめぇ!皮パリパリだし身ふわふわじゃねえか!
おっさん、もしかして料理の天才か?」

戦いでは白い悪魔のような恐ろしさを見せるゴマも、
こうして食べている姿はただの可愛い女の子だ。

俺は肩をすくめる。
「天才も何も、ただのサバイバル術で覚えた技だ」

ライコも笑いながら肉を裏返す。
「俺さん楽しそうで良かった。そしたらこっちは俺さんから食べてよ」

ライコは串に刺したボウボウの肉を差し出してくる。
「ほら、せっかくだから一番最初の食ってみなよ。こいつは滅多に食えないご馳走だからな」

少し迷ったあと、串を受け取り肉を口に運ぶ。
噛んだ瞬間、肉汁が口いっぱいに広がった。
牛肉より濃厚で、獣臭さはほとんどなく、焚き火の香りと相まって驚くほど旨い。

「うまい!」

気づけばもう一口、そしてもう一口と口に運んでいた。
この世界に来てから張り詰めていた心が、肉の旨味と一緒に少しずつほぐれていく。

「……くそ、予想外だな。こんな異形の肉がここまで旨いとは」

ライコが得意げに笑う。
「だろ?ボウボウは肉質が最高なんだ」

ゴマは口をもぐもぐさせながら笑う。
「おっさん、いい顔してんじゃん」

ライコがヤマメを一口食べる。
「うおっ、こんな美味しい魚初めて食べた。これは……塩と胡椒を使ってるね」

「ん?塩を知ってるのか?」

「普通に知ってるけど、どうして?」

「シュラ国の商人は“洗い粉”って言ってたから、
こっちの国じゃ食用じゃないのかと思ってた」

「あぁそういう事か。国では塩は基本食用で使わないんだよ」

「そうなのか?どうして?」

「カエルは皮膚に塩がつくと良くない。
だから国では基本食用として出回らないし、
亜人国時代から塩を食べると言う文化がそもそもないのさ」

「なるほどな、考えてみたら塩は種族によって毒になるな。
じゃあライコ君はどうして知ってるんだ?」

「俺達一番隊はよく人間の国に行くからね。
人間の国は塩を普通に使うんだよ。
てゆか俺さんは人間の国から来たんでしょ?」

「ん?あぁ!そうだ。でも塩の流通は知らなかったから驚いただけさ」
危うく設定を忘れるところだった。
俺達は人間の国から逃げてきた設定で、この国に保護を求めたのだった。

腹も膨れて満足だ。
焚き火の炎が三人の顔を照らす。

ライコが火を見つめたまま言う。
「明後日か、早くて明日の夜にはアジトに着ける。
今日は腹いっぱい食ったから、早く休もうぜ」

ゴマが満足げに寝転がる。
俺は炎を見ながら煙草をくわえる。
煙がゆらゆらと昇り、星がひとつ、またひとつと夜空に灯る。

ジュッポ、タバコに火を灯し煙を吸う。
この世界のタバコにようやく慣れてきた。
俺は肺いっぱいに溜めた煙を勢いよく吐き出す。

焚き火の効果だろうか。
三人の間に、言葉にしない安心感のようなものが流れていた。

************

焚き火の火が落ち着き、三人は腹を満たしてまったりとした時間を過ごしていた。

俺が煙草を吸い終えると、ライコが立ち上がり、周囲を一周歩きながら確認している。
その様子をぼんやり眺めていると、ライコが戻ってきた。

「お待たせ。罠セットしたから、いつでも休めるよ」

罠、いつの間にそんなものを仕掛けていたんだ。
この男、本当に抜け目がなく、なんでもできる子。

「じゃあ、そろそろ番を決めようか。
まずはゴマちゃん休ませよう。あれでも女の子だからね」

「んだとゴラァ……」
ゴマが寝転んだままうめいたが、すぐに

「ふああ……」
と大きなあくびをして、そのまま寝息を立て始めた。

早すぎる。
いくら疲れているとはいえ、モンスターだらけの森でこんな簡単に寝られるものなのか。

ライコが焚き火に薪をくべる。ぱちりと火の粉が弾ける。
俺はそれを眺めながら話を切り出した。

「お前たちはラゼムさんの子供なんだろ」

ライコはちらりと横目で見て、にやりと笑う。
「ん?あぁ、昨日も言ったけど見た目が違うし血も繋がってないよ。
それでも俺はゴマちゃんの弟で、ゴマちゃんは俺の姉さ」

「それは二人を見ていて分かる。俺が気になったのは……
どんな経緯でラゼムさんの子供になったのかなって」

ライコは少しだけ視線を落とし、静かに語り始めた。

「たしか十五年くらい前かな。住んでた村が襲われて、
俺の両親とゴマちゃんの両親に幼い兄は、俺たちをかばって死んだんだ」

「嫌なことを思い出させて悪かった」

「ん?十五年前だから俺は二歳だよ。当時の記憶なんて残ってないさ」

「そうか……しかし、なんとなく分かった。
その襲われた村にラゼムさんが来て、二人を?」

「うん。父さんが赤子だった俺とゴマちゃんを拾って育ててくれたんだ」

「しかし逆なんだな。最初はお前が兄で、ゴマが妹だと思っていたよ」

ライコは肩をすくめる。
「俺が弟で、ゴマちゃんがお姉ちゃんさ。
たしかに普段はあんな感じでガキっぽく見えるけど……
俺は今十七で、ゴマちゃんは二十だよ」

「俺からしたら二人とも同じくらい若いよ」

苦笑しながら煙草を吸う。
焚き火の火がゆらゆらと揺れ、夜の静けさが広がっていった。

タバコをくわえながら、ふとライコの頭の角に目をやる。
ライコはそれに気づき、唇の端を上げた。

「もしかしてこの角、気になる?」

「まあな。こういうタイプは初めて見る。
角なら街でヤギ頭の亜人を見たが、形が違う」

ライコは少し困ったように肩をすくめる。
「まぁ俺はゴマちゃんと同じ村で生まれ育ったけど……
自分が何の亜人なのか分からないんだ」

「なるほどな。ライコが気にしてないなら、それでいいんじゃないか」

ライコは火の粉を見上げ、わざと軽く笑ってみせる。
「まあ、人間から見りゃ珍しいんだろ?
でも俺からすれば、角も牙もないのっぺらしたイサムさんの方が異形だよ」

俺は苦笑しつつも、その明るさに少し安心した。

「しかし亜人って言っても色々いるんだな。
ゴマとラゼムにしても、どうしてあんなに違うんだ?」

ライコは薪をくべながら答える。
「父さんとゴマちゃん?なんか違う所ある?」

「ゴマやライコは人間の顔ベースで獣耳や角があるけど、
ラゼムさんは顔が狼だからさ」

「あぁ、原因までは分からないけど……
人間の血が強いか、魔族の血が強いかって認識だよ」

「そっか」
俺はライコの顔を見たあと、豪快な寝相で寝ているゴマに目を向ける。

ライコがふっと笑う。
「イサムさん、ゴマちゃんのこと気になってる?」

説明が難しい。麗子に瓜二つの少女。
気になるのは確かだ。

「そうだな。気になるというか……あの強さは普通じゃないからな」

「体の小ささと合ってないんだよ、パワーが。
見てて思ったよ。戦いの天才ってね」

「うんうん、分かる。
でも天才とは違うかな。ゴマちゃんは努力のタイプだよ」

「それは意外だな」
俺はニヤけながら返す。

ライコは焚き火を見つめながら続けた。
「どちらかと言えば父さんは天才肌で、俺は普通。
んで、ゴマちゃんと父さんの背中を見てて……
俺が欲しい父さんみたいな力は、だいたいゴマちゃんが持ってるんだ。
だから、ずっと羨ましかった。でも今は誇りだよ」

その声には、少しだけ嫉妬の色が混じっていた。

そのとき、ゴマの寝返りの音がガタガタと響いた。
「う〜……肉……もっと……」
と寝言を言い、俺とライコは吹き出した。

俺は火を見つめながら言う。
「まぁ目立つ奴だから目についてるだけで、
色恋とかで気にしてる訳じゃないから安心してくれ」

ライコは少しだけ表情をやわらげる。
「ゴマちゃん、あんな性格だから誤解されやすいけど……
あれでも乙女で優しいのさ」

「姉弟愛ってやつだな。お前がゴマを大事に思ってるのはよく分かるよ」

ライコは静かに語る。
「本当に優しいんだ。子供の頃、父さんの子供ってことで周りから注目されて……
俺の角のせいで気味悪がられたんだ。
だからゴマちゃんは俺を庇うために、わざと悪目立ちして……
今のあの性格になったんだよ」

「……なるほどな。それもお前を思っての姉弟愛なんだろうな」

俺は無意識にタバコを指先で回し、二人の絆を少し理解した気がした。

************

しばらく火を見つけていたその時
木々の向こうからガサガサと音がした。

「なんか来てるな。気配を感じる」
俺は即座に立ち上がり、警棒を構える。

ライコは焚き火に薪を放り込みながら言う。
「凄いね、気づけてるんだ。
火の灯りとボウボウの匂いに寄ってきたんだろうね」

「いやいや……警戒しないとだろ」
俺が動こうとすると

「ああ、大丈夫。もう仕留めてるから」

「……は?」
目を瞬かせると、木陰から小さな人型のモンスターの死骸が転がり出てきた。

「小鬼だね。近くに巣があるのかも。
まぁ、夜に焚火してたらよくある事だからさ」

緑のつるつるした肌、小さな角。
「この風貌……どこかで見たことあるな」

「人間の国だとゴブリンって呼ばれてるよ」

「ゴブリンか……」
俺は呆然と立ち尽くし、死骸を見つめた。

夜の森を渡る風が、血の匂いをかき混ぜて流していく。

眠気は吹き飛び、緊張で目が冴える。
俺は焚き火でタバコに火をつけ、勢いよく吸い込んだ。

焚き火は小さくなり、赤黒い火の粉がときどき空へ吸い込まれていく。

その時。

最初に“異変”に気づいたのはライコだった。

背筋に粟立つような感覚。
空気そのものが圧を持ち、枝葉がわずかに震える。

「これ……なにか来るね」

ライコは低く呟き、目を細めた。

森の奥で、地響きのような振動が近づいていた。
木の幹が揺れ、鳥が一斉に飛び立ち、夜の静寂が切り裂かれる。

やがて、月明かりを遮る影が姿を現した。

巨大なボウボウ。

「……でけぇ」

先ほど討ち取ったボウボウの三倍以上はある。
先日森で遭遇した巨大蛇と同じほどのサイズだ。

毛並みは濡れたように黒光りし、
二つの目は熔鉄のように赤く燃えている。

巨獣は屍の転がる場所に鼻を近づけ、低く唸った。

俺は腰を低くし、警棒を抜く。
おそらく親だ。

血と煙の臭いを嗅いだ瞬間、
その唸りは怒りの咆哮へと変わった。

地面が小刻みに震え、森全体が揺れる。

その声でゴマが目を覚ました。
「……なんだ、お客さんか」

眠そうに頭をかきながら、
ポケットからタバコを取り出し、
火打ち石をパチパチ叩いて火をつける。

煙が漂う中、巨獣の影がじりじりと近づく。

ライコは腰から手斧を抜き、静かに構えた。
巨体の前ではあまりに小さな刃。
それでも、一歩も退かない。

ライコは手斧を器用に回す。

「さて、やるか。イサムさんは座って見てていいよぉ」

余裕がある。

ライコは腰を低くし、走った。
凄まじい加速で巨獣との距離を一気に詰める。

そしてライコは巨獣の目の前で、
真上へ跳んだ。

ライコは手斧を思い切り振り下ろした。

ブンッ
風を切る鋭い音が夜気を裂き、斬撃は巨獣の額を正確に狙う。

バキンッ!

刃が巨獣に触れた瞬間、金属が石に弾かれるような音が響いた。
まるで岩を叩いたかのように、巨獣の皮膚には傷ひとつついていない。

俺がライコを見ると、手斧を握る手がしびれて震えていた。

「やっぱり硬いな……」

ライコは短く吐き捨てると、手斧を地面に投げ捨てた。

「なら、こいつは一気にやるしかないね」

首元に手を当て、左右にボキボキと鳴らす。
その仕草は、まるで戦闘前の儀式のようだった。

背後でゴマが笑う声が聞こえる。

「ははっ、ライコ。手を貸そうかぁ?」

片目を細め、タバコをくわえたまま挑発するように言う。

ライコはムッとした表情でちらりと視線を返す。

「子供扱いするよな……こんなの準備運動代わりだよ。俺がやる」

巨獣の赤い目がギラリと光り、地面が低く唸るように震えた。

ライコは一歩前へ出る。
左手を伸ばし何か引っ張るようなしぐさをする。
その瞬間巨獣は悲鳴を上げる、しかし巨獣はその場から動こうとしない。
いや、これは動けないのか。

「よしよし、動くなよ。」
ライコは両手を前へ伸ばし突き出す。
そして右手の人差し指から漏れる火花。
やがて指の先から赤い光が集まり、ゆっくりと渦を巻き始めた。

「な…なんだあれ?」
思わず声が漏れた。

「あいつの炎さ」
ゴマは安心した目で、タバコを加えながら答えた。

ライコの回りの空気が熱を帯び、風がざわめく。
夜気が燃え立つように揺らぎ、木々が鳴った。
指の先で育つ赤い球体は、最初は小さな火種にすぎなかった。

ライコが集中するごとに、火はぐるぐると回転しながら大きさを増し、
橙から紅へ、紅から黒炎を帯びた赤黒い光へと変わっていく。

俺の背筋にプレッシャーのような物を感じる。

ライコの指先の炎はまるで夜そのものを飲み込み、圧縮しているかのようだった。
巨獣が吠え、やっと動けるようになったのか牙を剥いて突進しようと、地を踏みしめるたび、大地が揺れる。

しかし向かいに立つライコは微動だにせず、炎の渦をさらに濃くしていく。
その目には焦燥や恐怖はなく、むしろ優しく余裕のある目であった。
「待たせたな、大サービスだ…」

指先に凝縮された炎は、今や月明かりすらかき消すほどの輝きを放っている。
ライコは右手を左手で支え構える。

巨獣はやっと走り出す、体は大きいのに素早い動きで突進しようと向かってくる。

ライコは余裕の表情。そしてライコの唇が動く。
「受け取りな……爆圧炎(ばくあつえん)」

その言葉と同時に、溜め込まれていた赤黒い火球が、閃光のごとく前方へ解き放たれた。
ブゥゥゥゥゥゥン。
もの凄い大きな轟音。

炎が放たれた瞬間、空気が弾け、周囲の木々が一斉になぎ倒される。
もの凄い光が夜なのに周囲を明るくする。
そして爆ぜる熱風が辺りを薙ぎ払い、灼熱の閃光は一瞬のうちに、
分厚い毛皮と硬質な肉を溶かし、焼き切り、真っ直ぐに穴を穿つ。

巨獣に大きな穴が空く。
そしてその大きな体は倒れ、地面に大きく揺れる。

焦げた匂いが漂い、風が熱を運び去る。
ものすごく静かだった。
そして徐々に野鳥や動物達の声が聞こえだす。
静寂が戻った森に、俺はライコに目を向ける。

ライコは荒い呼吸をしながら人差し指を構えたまま立っている。
腕を下ろし、額から滴る汗を拭う。

「やべっ燃やし尽くした。これじゃ食えないね」
ライコは疲弊した顔ではあったが笑いならこちらを見る。

背後でゴマが、ふっと煙を吐きながら口を開いた。
「派手に決めやがって。これのどこが準備運動なんだよ」

ライコは肩から息をしながら答えなかった。
熱を帯びる指をじっと見つめている。

巨獣の方は亡骸からは焦げた煙が細く立ちのぼっていた。
森は再び静けさを取り戻し、ただ遠くの虫の音だけがかすかに響いている。

ライコは荒い息を整えながら、焚き火の傍へ歩み寄った。
汗に濡れた髪が額に貼りつき、表情は少し疲弊している。

それでも、その眼差しにはかすかな誇りと安堵が宿っていた。
「……ふぅ、疲れた。」

ライコは焚火の前で肩を落とし座り込んだ。

「今日はもう十分だろ。
火の番は私がやっとくから、お前らはそろそろ寝とけ」
タバコをくわえたゴマが、煙を吐きながら座る。

俺が驚いたようにゴマを見やる。
「んっ、しかしお前そんなに寝れてないだろう……
俺が見るから二人が休んでな」

「ヘイヘイ。あいにく、あんたのための老骨院は満席なんだ。
そっちの趣味があるなら、冥府の門前で順番待ちしてな」
ゴマは豪快に笑う。

この子なりに俺の事を気遣ってくれているのだろう。
俺が起きていた所で足でまといだろうから言葉に甘えるか。

ライコは無言で焚き火の横に腰を下ろし、既に目を閉じていた。

「じゃあ俺もお言葉に甘えるよ。」

「おう、おっさんが無理してもいい事は一つもねぇ」
ゴマはタバコを加えながら笑顔で答える。

俺も疲労が一気に押し寄せ、体が重く沈んでいきやがて瞼が落ちる。
炎がぱちぱちと爆ぜ、赤い光の火花が彼らの横顔を照らした。

「……おやすみ、ライコ」
ゴマの小さな声が耳に届く。

俺は本当に仲の良い兄弟だと感じた。
クールに見えたライコがこうも素直なのはゴマが普段から良い姉をしているからなのだろう。

ゴマはひとり残り、タバコを加えたまま火を見つめる。
「……さて。静かな夜になるといいな」

俺は彼女の呟きを聞きながら目をつぶり遠くなる意識の中で眠る。

続く


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