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歴史小説を書いて(つくって)みた。AIと自作を比べてみよう。

関ケ原の戦いをネタにした歴史小説をAIと自作で書いて(つくって)みました。さあ、どうなるか。

以下、AIに書かせた歴史小説です。

「鋒矢の陣」
1600年9月15日、関ヶ原。朝霧が戦場を覆い、鉄砲の残響が霧に吸い込まれる。島津義弘は馬上で槍を握り、薩摩の千五百の兵を背に、崩れゆく西軍の陣を睨む。

小早川秀秋の裏切りが戦局を東軍に傾け、石田三成の旗はすでに消えていた。義弘の胸に、鋭い刃のような覚悟が突き刺さる。「殿、福島正則が迫ります! 退路は絶たれました!」家臣の長寿院盛淳が叫ぶ。

義弘は目を細め、霧の向こうを見据える。薩摩の島津がここで終わるわけにはいかぬ。石田三成への義理で参戦したが、義弘の戦は薩摩の民と未来のためだ。

甥の島津豊久が馬を並べ、若々しい声で問う。「叔父上、いかにすべき?」その目に、信頼と死地への覚悟が宿る。義弘の脳裏に、鹿児島の荒々しい海が浮かぶ。波濤の如く、敵を突き破る道しかない。「鋒矢の陣を組め」と義弘は静かに命じた。

盛淳と豊久が息を吞む。「敵の中心、家康の本陣を突き破る。死中に活あり」声は低く、矢の如く鋭い。降伏は島津の誇りに反する。散るも潔いが、薩摩の民を残してはならぬ。義弘の心は一つ——鋒矢の如く、敵を貫き、活路を開く。

戦場の霧が揺れる。薩摩兵は槍を揃え、鋒矢の陣を組む。先頭に義弘、左右に豊久と盛淳。兵たちの目は、死を恐れぬ薩摩の魂だ。義弘は思う。家康の首は遠いが、その本陣を突けば、天下に島津の名を刻める。

遠く、東軍の本陣。徳川家康は陣幕内に座し、戦況を聞く。「島津が動かず待機、鋒矢の陣を組む様子」との報に、家康の眉が動く。「義弘め、矢の如く突く気か」家康は呟き、指で膝を叩く。

小早川の裏切りで勝利は決した。だが、島津の鋭さが胸に刺さる。薩摩の猛将は、予測不能の刃だ。「三成、捕らえたとの報!」本多正信が駆け込む。「伊吹山麓、農民に紛れておりました」家康の目が光る。石田三成。豊臣の忠臣、己の天下を阻んだ男。

家康の胸に、冷たい満足と重い影が交錯する。三成の鋭い目は、なお豊臣の名を背負う。家康は思う。治部を斬り、島津を逃がすか。それとも、薩摩の刃をここで折るか。戦場は静寂に沈む。

義弘は馬を進める。鋒矢の陣が霧を切り、薩摩の旗が揺れる。「進め! 家康へ!」義弘の号令に、兵が吼える。家康は幕外で喊声を聞く。島津の突進、鋒矢の如き勢い。

家康の唇に笑みが浮かぶ。「義弘、生きよ。天下は我がものだ」三成の捕縛、島津の突撃。静寂は破れ、関ヶ原は新たな歴史を刻む。

ここからは私の書いた歴史小説。

「義弘の決断」
1600年9月15日。美濃、関ケ原。

早朝、払暁(ふつぎょう)から始まった戦いは午後2時ごろには戦闘は終わった。喊声(かんせい)は止み、戦場に静寂が戻った。

上空には大量のカラスの群れが不気味に鳴きながら飛び交っている。そのカラスの群れが少しづつ地上に降り立ってきて、兵の躯(むくろ)に集まり始めた。

東軍、徳川家康本陣。「三成めは今頃、逃げているところだろう。ヤツの首を見なければ、戦は終わらん。何としても、三成を探さねば。」家康はいつもの癖で指を嚙みながら西の空を睨んだ。

家康の胸中には様々な思惑が交錯していた。「三成の捕縛を…大阪城の毛利はどうでるか…石田方の大名の処分を…東国はどうか、上杉は…秀忠め、どこにいる、もう戦いは終わったぞ」

東軍の諸将も思いは既に戦後のことに移っていた。誰もが思ったであろう。(次の天下人がこれで決まった)(次は徳川の天下だ)(家康殿に戦勝の挨拶をせねば)

東軍の兵たちは次々に崩れ落ちた。(やっと休める)何せ、前日の朝から移動を続け、夜になっても移動は続き、深夜から早朝までは陣を張って待機し、早朝から昼過ぎまで戦闘である。この間、不眠、不休だ。(今夜は何も考えずに眠ることができる)兵士達は次々と崩れ落ちた。

関ケ原の西側の一角。その集団だけは依然として、姿勢を崩していなかった。西軍、石田方が総退却したなか、唯一、西軍で戦場に残っていた島津勢である。

戦闘は終わった、はずなのだが、この集団だけは東軍、徳川方をじっと見つめ身動きしないままであった。

島津の当主、義弘は65歳。関ケ原に参加した大名のなかでは最年長であった。義弘は戦闘開始以来、防戦に徹し、三成から再三の参戦の要請にも動かなかった。

島津の兵力はわずか1500人。その兵力も朝からの戦闘とその防戦のために減らしていた。

東軍と西軍の兵力がそれぞれ7万とも8万ともされるこの戦いで寡兵の島津がいかに奮戦しようが、その効果は知れていただろう。

寡兵で敵方に自分達の存在を印象付けるには。義弘はそれを想い、その時を見計らっていた。

談笑する騎兵、仰向けに倒れる足軽。東軍全体に弛緩の空気が流れた。

義弘の手が上がった。
「鋒矢(ほうし)の陣ッッッ!!」

島津の戦(いくさ)が始まった。

【続きはこちら】

感想)
関ケ原の戦いにおける島津義弘に視点を置いた歴史小説です。まず、AIでつくり、次に自分で書いてみました。

まず、前段のAIによる小説。正直、AIでここまで書けるのか、と驚きました。ただ、AIがそのまま書いただけでは事実関係に多くの食い違いがあるので、やはり、検索して事実を確認しながらになるでしょう。

AIで記事を量産できることは知っていましたが、実際に自分でやってみて、AIで歴史小説が簡単に秒でできる様子は圧巻でした。

後段は自作の小説です。AIでもかなりの文章はつくれてしまう、それを踏まえ、自作小説を活かすにはAIには出せない、独自の雰囲気を発揮すること、それがAIによる量産型の小説に遅れをとらない方策なのかと。

note.の攻略法として、いかにしてAIを利用するか、の視点で有料記事、情報商材が多く発売されています。私はnote.によるマネタイズを考えるのですが、これからAIによる文章の作成は辞書を引くがごとく、必須の作業になるでしょう。

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