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『ニーチェの馬』(ハンガリー語: A torinói ló、英語: The Turin Horse)

ニーチェという名を知ったのは、小学生の高学年の頃だった。当時、「あのねのね」にハマっていて、彼らのレコードや本をいくつも持っていた。学芸会では『赤とんぼの唄』を熱唱し、遠足のバスでは『タ行変格活用の唄』を歌い「ぼくはぁ、もう、ちびりそぉぉ〜」と絶叫したものだ。その「あのねのね」の話や書いたものに「ニーチェ」がしばしば登場した。今となっては、彼らがなぜどのような文脈でニーチェを語っていたのか、わからない。

結局、その後はニーチェとは無縁のまま今日に至っている。ニーチェは読んでいないが、たまたま最近、池田晶子が書いたものを読んだら、そこにこんな一節があった。

 赤い花を赤い花と思うな、何かを何かであると思うな、主語と述語を固定したとき無限の可能性が失われる、しかし全ての自覚的な表現者と自覚的な生活者は皆、脂汗の滲むような行き止まりのその認識に耐えているのだ。耐えてそこから還ってきているのだ。「AはBである」という形式を信じるために、神やイデアを連れてくるのも方策なのだ。そうとでもしなければこの世の誰が、思考すること、語ること、自分が居るというこのことに、平然としてなどいられるものか。認識の行ったりきたり、そんな人はニーチェでなくとも、どこかの病院の一室で、ひたすら絶句しているだろう。「善悪」の問題ではない、還らなければならない理由が見つからないというこのことが、まさに彼らが彼岸から帰ってきていない理由なのだ。

池田晶子『口伝オラクル西洋哲学史 考える人』中公文庫 182ページ

ちょっと何を言っているのかわからないのだが、私は無自覚的生活者なので、ニーチェのように発狂したりはしない気がする。ニーチェを読んだことがなくても、ニーチェが発狂したということはなんとなく知っている。発狂した人は他にもたくさんいるのに、何故ニーチェの発狂だけがこれほど世に知られているのか、私は知らない。少なくとも「あのねのね」とは関係ないに違いない、と睨んでいる。

先日、たまたまnoteでタル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を取り上げた記事を読んだ。私も観た。原題は「トリノの馬」なのに邦題で「トリノ」が「ニーチェ」に差し替えられたのは、日本人の観客にはニーチェが発狂したのがトリノで荷馬車を引く馬に抱きついたときのことであるということが知られていないと思われたからだろう。しかし、「ニーチェ」に置き換えたところで、ニーチェが何者なのか知らない人にとっては意味がない。私はたまたま「あのねのね」を通じてそれが有名な哲学者であることを知っていたからよかったものの、「あのねのね」がなければいまだに「ニーチェ」と「フルーチェ」の区別がついていなかったに違いない。

ハウス食品のブランドサイトより

それで映画の方だが、手元のプログラムにこうある。

1889年トリノ。
ニーチェは鞭打たれ疲弊した馬車馬を見つけると、駆け寄り卒倒した。
そのまま精神は崩壊し、二度と正気に戻ることはなかった…。
どこかの田舎、石造りの家と命をつなぐ古井戸がある。
そして、疲れ果てた馬と、飼い主の農夫と、その娘がいる。
爆風が吹き荒れる6日間の物語。

映画『ニーチェの馬』(ハンガリー=フランス=スイス=ドイツ/2011年)のプログラム

映画は、そのニーチェが駆け寄り抱きついた馬がその後どうなったか、を描いている、という設定らしい。日本での劇場公開は2012年で、配給はビターズエンド。私は渋谷のイメージフォーラムで観た。記憶が定かではないのだが、プログラムを読み返したり、ネットで検索したりして、なんとなく思い出した。

なぜこの作品を観ようと思ったのか。おそらく、当時『芸術新潮』という雑誌を定期購読していて、その2012年2月号にタル・ベーラのインタビュー記事が掲載されていたのを読んだ所為であろう。ちなみにこの時の同誌は春画の特集号だった。洋の東西を問わず、絵画や版画だけでなく立体造形までも広範に取り上げた大特集だ。春画特集とタル・ベーラの記事との間には東博で開催中だった「北京故宮博物院200選」という企画展についての小特集を挟んでいる。たぶん、春画とタル・ベーラとは関係ないだろう。

映画のほうは2時間半。モノクロの、台詞が極端に少ない映像が続いていた。タイトルが「馬」ということもあり、冒頭は馬で始まる。風が吹き荒ぶ中を辛そうに荷馬車が行く。着いた先は荒涼とした土地に建つ石造りの小さな一軒家。それに隣接して木造の厩がある。家には御者の娘らしい女性しかいない。ふたりだけで暮らしているらしい。おそらく、父は荷馬車で生計を立て、娘が家事一切を担っている。竈に薪をくべ、近所の井戸から水を汲んでくる。食事は一個の茹でたジャガイモだけ。それでも単調に毎日が続いていたようだ。その単調な毎日が崩れる。

風の強い日に父が仕事から帰った翌日、馬を馬車に繋いで出かけようとするのだが、馬が頑として動かない。仕方がないので、父は床に戻って横になる。ここからそれまでの暮らしが崩れていく。今でもはっきり覚えているのは、食卓のシーンだ。テーブルの上に皿が一枚。映画のはじめのほうでは、そこに茹で上がったばかりの湯気の出ているジャガイモがひとつ乗っている。ところがその後、馬が言うことを聞かなくなり、強い風は止まず、井戸は枯れる。それまでの当たり前だったことが止まり、ふたりの静かな暮らしが静かに崩壊していく。そして、映画の終わりのほうの食卓のシーン。皿にはナマのジャガイモが乗っていた。

『芸術新潮』の記事でタル・ベーラはこう語っている。

「この映画では、人生というものを純粋かつミニマルなかたちで見せているつもりです。われわれはルーティーンを生きているけれど、毎日同じかというと実は違う。人生は弱まっていく、少しずつですが。同じような食事の場面でも、日によってカメラポジションを変え、リズムを変えて撮ることで、何かが失われていく感覚を伝えようとしたのです」

『芸術新潮』2012年2月号 106ページ
「私はセンチメンタリズムが大嫌いだ」タル・ベーラかく語りき

この記事を読んだ時点でタル・ベーラは56歳で私は49歳。当時、自分が何を思ったかなんて、今となってはわからないし、どうでもいいことではあるけれど、今62歳の自分がこの一節を読むと、「弱まっていく」人生の真っ只中にある身として、言葉が我が事のものとして活き活きと感じられる。しかし、この映画を観てみようと思ったのは、タル・ベーラがこう言葉を続けていたからかもしれない。

「私は、映画を観る人に登場人物たちを愛してもらいたい、共に存在してもらいたいと思って描きはするけれども、センチメンタルに陥ることだけは避けている。センチメンタリズムは大嫌いだ。そんなものはヨーロッパの非常にくだらないブルジョワ的感情に過ぎない。人は強くなければ生き延びることが出来ず、たとえ弱かったとしても、それはその人そのものであるのだから、センチメンタリズムのつけいる余地はないはずです」

『芸術新潮』2012年2月号 106ページ
「私はセンチメンタリズムが大嫌いだ」タル・ベーラかく語りき

「(略)私の映画に登場するのは、いつも惨めな環境におかれた貧しい人々ではあるけれども、それは、そういう人々の尊厳がスクリーンでは描かれていないと思うから。全ての人間が尊厳を持っている。しかしその尊厳が、世界中で日々損なわれているようにも感じます」

『芸術新潮』2012年2月号 107ページ
「私はセンチメンタリズムが大嫌いだ」タル・ベーラかく語りき

映画を観なくなって久しい。一時期は、殊に映像翻訳の勉強をしていた頃は、かなり熱心に観たのだが、今はまず観ない。あるとき、役者の肌が気になるようになった。それと、靴の裏。どんな役の人も肌と靴の裏が綺麗であることに気がついてしまった。肌が綺麗なのはそういうことを要求される立場なのだから仕方がないとしても、もとの面の皮が厚い所為もあるのではないかと密かに睨んでいる。面識がない相手のことなので本当のところは知らないが。あと、作り物の物語よりも自分自身の単調な毎日の方がはるかに面白いことに気がついたということも関係ある気がする。

映画のプログラム

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