ハンガリーの馬鈴薯
前の投稿『宗教とニヒリズム、そして虚無』を書きながら、ニヒリズムといえばニーチェ、ニーチェといえばタル・ベーラ監督『ニーチェの馬』(2011年、ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ)と連想していた。
「一体何を見せられているのか」という感覚に襲われ、強い異質感に吸い込まれた。テオ・アンゲロプロス監督『旅芸人の記録』(1975年、ギリシャ)、テレンス・マリック監督『ツリー・オブ・ライフ』(2011年、アメリカ)、アンドレイ・タルコフスキー監督『ストーカー』(1979年、ソ連)といった畏怖をともなう映画体験と通じるところがあった。
風の吹きすさぶ荒涼とした大地に父と娘が孤立して暮らしている。腕が不自由な父の着替えを手伝う娘を父は凝視している。食事は茹でた馬鈴薯ひとつだけ。馬が飼葉を食べなくなる。酒を貰いに来た男が「町は風にやられた。何もかも堕落した。神が加担した」と告げる。井戸が枯れ、火が消え、食卓には生の馬鈴薯しかない。
モノクローム、長回し、ごくわずかな人、馬、台詞。
本作品を最後に映画監督を退いたタル・ベーラは、ハンガリー出身である。前の投稿で紹介したエマニュエル・トッドは、ハンガリーを「ユニーク」と表現した。ウクライナ支援を明確にするEUの加盟国でありながらハンガリーは同調せず、他の加盟国から非難を浴びている。
学生の頃、ハンガリー人は中央アジアから来たフン族の末裔だと教わった。言語はインド・ヨーロッパ語族ではなくウラル語族に属し、タル・ベーラという名前も日本人と同じく姓、名の順である。エマニュエル・トッドによると、プロテスタントのカルヴァン派が2割ほどを占めていたために、国家として反ユダヤ主義に陥らなかったという。
遠い日本から見る欧州諸国、なかんずく東欧となるとそれぞれの個性は見えない。ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、ハンガリー、トルコ、インドなどが独自外交を展開し、彼ら固有の通底する「何か」を私たちは垣間見る。
日本にもビジネスやインバウンドでは見えないモザイク状の世界が滔々と流れている。欧米とともにウクライナ支持を表明したが、ガザの紛争ではイスラエルを非難する日本人の心象が色濃く見てとれた。アメリカやドイツではそうはいかない。外から見て、人間宣言をした象徴天皇を崇める現代日本はどう映るのか。日本にも特異な「何か」がある。
『ニーチェの馬』で唯一の食事であった馬鈴薯は、16世紀に南米からヨーロッパに伝わった新しい作物でありながら、冷たくやせた土地でも育つことから全土に広まった。馬鈴薯という響きには、北の哀しみがある。アイルランド飢饉(1845-)、ゴッホの画業初期の作品『ジャガイモを食べる人々』(1885年)。

©Van Gogh Museum
寺山修司は、馬鈴薯ということばを好んで用いた。そこにも北の曠野を立ちのぼる湯気のような希みとその哀しみを禁じ得ない。チエホフ、トロイカ、ガス管、ランプ、黒パンとともに、北へ連れ去ろうとする。
地下室にころげて芽ぐむ馬鈴薯と韓人の同志をそれきり訪わず
馬鈴薯を煮つつ息子に語りおよぶ欲望よりもやさしく燃えて
タル・ベーラの意図するところはいざ知らず、『ニーチェの馬』には『サタンタンゴ』(1994年)から17年経っても変わらない虚無が漂う。なのに魅かれてやまず、観て良かったという感慨をもたらすのはなぜか。
私は、映画に「共感」よりも「異質」を求める。ステークホルダーの思惑による練り物よりも、ダイレクトな作家性を求める。娘役を演じたボーク・エリカは、『サタンタンゴ』で猫いらずを呑んで自ら命を絶つ少女を演じていた。普段はパートタイムで働き、タル・ベーラの映画にしか出演しない。誤魔化しのある同質ではなく、誤魔化しのない異質。彼らの映画と私たちの日常が太いパイプで結ばれ、虚無は私たちの中にあることを認識させる。そもそも長回しもわずかな台詞も、私たちの日常ではなかったか。
虚無は欲望の副作用であり、宗教は虚無の治療薬だった。しかし宗教もまた欲望なので虚無を生む。神と虚無は輪廻してババ抜きのジョーカーとなる。
わからない虚無にはわからない薬しかなく、今もって宗教という発明に代わるものはない。わかる宗教、目に見える宗教という誘惑が、オウム真理教の似非科学を生んだ。
私たちは、わからないまま死んでいくことをわかって生きていく。回転する struggle の渦は室伏広治のハンマー投げのように遠心力をもたらし、私たちは放出される。そこに安息はないだろうか。おそらくタル・ベーラは、ニヒリストではない。
