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続続続続続 『宗教の起源』

おそらくこれが本書に関する最後の投稿になる。題名の「宗教の起源」についての結論のようなものはあるが、やはり本書も「ダンバー数」の解説の一環であろう。つまり、人間の社会の適正規模とその生成衰退の事例として宗教が取り上げられているということのようだ。本書の最後にこうある。

 ここからは二つの全般的な結論を導きだせるだろう。ひとつは純粋に組織に関するものだ。信者集団には最適な大きさがあり、それは二つの相反する要求の兼ねあいで決まる——多少の人の入れ替わりには動じないほど集団は大きい必要があるし、あまりに大きくても帰属意識が薄れてしまう。最適な大きさは150人前後と具体的に決まっていて、これを少しでも超えてしまうと無情にも結束が失われてゆく。そして300人を超えてくると、次の構造に移行しないと組織を維持も拡大もできないが、その代償として帰属意識が徐々に減退することは避けられない。
 もうひとつは社会学的な側面だ。宗教は小さな共同体を取りこむ形で進化してきたので、友情の七つの柱から派生した「私たちv.s.あの人たち」というヒトの自然な心理を巧みに利用する。これがとても小さな共同体でとりわけ有効なのは、強烈な帰属意識を生みだすからだ。(略)だが新石器時代以降、人口規模が急速に拡大してくると、集団心理の効果によりあっというまに宗教紛争へと発展した。数千年前から続く大規模な宗教の歴史が、例外なく激しい暴力に彩られいるのはそのためだ。どれだけ個人レベルで恩恵をもたらそうと、宗教は異教の信者に対する集団的暴力性を呼びおこし、その力は他の世俗の思想をはるかに凌ぐ。この二つの問題を同時に解決することが、グローバル化が進む世界で宗教がつねに抱えてきて、いまも直面する課題である。

282-283頁

自分にとって問題となるのは、宗教という形式を取るか否かに関わらず、人が集団あるいは社会という組織構造をもつものと共に生きるのはなぜか、ということだ。生物として非力(誕生後、自立までに数年を要する)かつ高度に発達した脳を持つという特殊性があり、そういう生物が生存戦略として個体間の団結を図る、というのはその通りなのだろう。知りたいのは、なぜ生存するのか、ということだ。生存戦略を駆使して個体として、種として、生命を繋ごうとするのはなぜか。それに対する説得力のある話を聞いたことがない。我々の社会に流布しているのは「生きるためには」というところから始まるものばかりで、「生きる」ことが当然のものとされていて、その前段がすっ飛ばされている。ひょっとして、それは問うてはマズイことなのだろうか。

ふと「I was born」という詩を思い出した。吉野弘という詩人の作品らしいのだが、岩波ジュニア新書にある茨木のり子の『詩のこころを読む』の中で読んだ。

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いて行くと 青い夕靄の奥から浮き出るように、白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて世に生まれることの不思議に打たれていた。

女はゆき過ぎた。

少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
 —やっぱり I was bornなんだね—
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
 —I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね—

その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
 —蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね—

僕は父を見た。父は続けた。
 —友人にその話をしたら 或日、これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると、その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。つめたい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは—。

父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく僕の脳裡に灼きついたものがあった。
—ほっそりした母の 胸のほうまで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体—。

吉野弘『消息』から「I was born」

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