なぜメタバースドラマ『クロスロード』は完成まで3年半かかったのか
どうも、久我レイジです。
メタバースドラマ『クロスロード』を創作大賞2026に応募してから、ようやくこの3年半を一度ちゃんと振り返ってもいいのかもしれないと思いました。
「3年半もかかったんですか?」
『クロスロード』の話をすると、そう聞かれることがあります。
まあ、そうですよね。自分でも冷静に考えると、長いです。でも、最初から「3年半かけて大作を作ろう」と決めていたわけではありません。むしろ、気づいたらそこまで時間が経っていたという感覚の方が近いです。
小さなcluster企画が、全12話のメタバースドラマになった

最初は、もっと小さな企画でした。
メタバースなら映像制作ができる。現実のスタジオがなくても、アバターとワールドがあればドラマのようなものが作れるんじゃないか。そんな漠然とした可能性は感じていましたが、その時点では『クロスロード』という作品の形は、まだ全然見えていませんでした。
きっかけは、clusterの忘年会イベントです。その企画の中で、『クロスロード』の原型になる作品が生まれました。最初はイベント用の短い映像企画に近かったと思います。
そこから「もう少しちゃんと作れるんじゃないか」「この人物たちの続きを見てみたい」と感じるようになり、少しずつ本格的な制作へ変わっていきました。登場人物が増え、物語が広がり、関わってくれる人も増えていく中で、いつの間にか作品の重さも変わっていったのだと思います。
最終的には、総勢60名以上が関わる全12話のメタバース恋愛ドラマになりました。正直なところ、僕自身が一番驚いています。
アバターの表情だけでは、感情は届かなかった

メタバースでドラマを作ること自体は、言葉にすると簡単です。脚本を書いて、撮影して、編集する。大きく見れば、リアルの映像制作とやることは同じです。
ただ、実際にやってみると、そこにはメタバースならではの難しさがいくつもありました。一番大きかったのは、アバターで感情をどう見せるかです。
現実の俳優なら、目の動きや口元、表情の揺れだけで伝わることがあります。でもアバターには表情の制限があります。細かい感情を顔だけで伝えるのは、やっぱり難しい。
だから、表情で見せられないなら、カメラや動きで見せるしかありませんでした。後ろ姿を少し長めに映してみたり、低い位置から撮って孤独感を出したり、あえて距離を取ることで心の遠さを見せたりしました。
アバターの歩く速度や、立ち止まる間を少し変えるだけでも、受ける印象は変わります。そういう細かい工夫を、毎回考えながら撮影していました。
リップシンクだけでは足りなかった、声と動きの呼吸

ボイスアクターさんの声とアバターの動きを合わせるのも大変でした。
単純なリップシンクだけでは、こちらが欲しい感情の呼吸に合わないことがあります。だから、声の間に合わせて動きを入れたり、セリフの熱量に合わせてカメラを寄せたり、感情が落ちる場面ではあえて動かさないようにしたり、自分たちなりのやり方を少しずつ作っていきました。
今思えば、これもメタバースドラマの制作方法を手探りで探していた時間だったのだと思います。正解が用意されていないから、自分たちでやり方を作るしかありませんでした。
撮る場所が、ある日突然消えることもあった

ワールド探しにもかなり苦労しました。
メタバースにはたくさんのワールドがあります。でも、ドラマのシーンに合う場所となると、一気に難しくなります。雰囲気が良くても撮影しにくかったり、広すぎたり、暗すぎたり、カメラが思うように入らなかったりすることが何度もありました。
ようやく見つけたワールドが、ある日突然削除されることもありました。あの時は、正直かなり固まりました。撮る場所が消えるということは、そのシーンの空気ごと消えるような感覚があったんです。
撮影しようと思っていた場所がなくなる。過去に撮った場所とつながらなくなる。そうなると、演出を変えたり、場合によってはシーンそのものを考え直したりしなければなりません。
メタバースは自由な場所です。でも、その自由さの裏側には、こういう不安定さもあります。
総勢60名以上が関わったから、簡単には進まなかった

人が関わる作品だからこそ、進まない時期もありました。
エキストラやアバターアクターの撮影には、当然スケジュール調整が必要です。全員が同じ時間に集まれるとは限りませんし、誰か一人が来られないだけで、その日の撮影が成立しないこともあります。
相方の蒼月樹莉愛さんとも、撮影の進め方で何度も意見がぶつかりました。どこまで撮り直すのか、今のクオリティで進めるのか、もっと粘るのか。本気で作っているからこそ、簡単には折り合えないこともありました。
きれいごとを言えば「みんなで楽しく作りました」で終われますが、実際はそんなに簡単ではありませんでした。止まった時期もありますし、もう進まないんじゃないかと思ったこともあります。
それでも、やめませんでした。
たぶん、もう僕ひとりの作品ではなかったからです。
声を入れてくれた人がいて、演じてくれた人がいて、音楽を届けてくれた人がいて、待ってくれている人がいる。そうなると、途中で投げ出すわけにはいかなくなります。
生成AIではなく、人の手で作った理由

今は、生成AIで映像が作れる時代です。数秒の美しい映像なら、あっという間に作れるようになりました。僕自身、AIの可能性は強く感じていますし、普段から活用もしています。
でも、『クロスロード』は違いました。
この作品は、生成AIによる映像生成ではなく、メタバース空間で人がアバターを動かし、人が演じ、人が撮影し、人が編集して作った作品です。完璧ではありませんが、その不完全さの中に、僕は人の温度が残っていると思っています。
声の震えや、人が操作しているからこその小さな揺れ、間の取り方、思ったより長くなった沈黙。そういうものが、作品の中に残っています。
AIでは絶対に出せない、と言い切るつもりはありません。ただ、この3年半で積み重なった空気は、人と作ったからこそ生まれたものだと思っています。
3年半は、遠回りではなく必要な時間だった

一度作ったものを、作り直したことも大きかったです。
最初のまま出していたら、今の『クロスロード』にはなっていません。カメラワークも、演出も、映像の見せ方も、間違いなく変わりました。
時間はかかりましたし、もっと早く完成させる方法も、たぶんあったと思います。でも、それを選ばなかったから今の形になったのだと思います。
3年半が正解だったのかは、今でもよく分かりません。ただ一つだけ言えるのは、この作品は3年半じゃないと生まれなかったということです。
遠回りに見えた時間も、止まっていた時間も、ぶつかった時間も、全部どこかで作品の中に入っています。
だから今は、少しだけ思うんです。
時間がかかった作品ではなく、時間が必要だった作品だったんだな、と。
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