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何も進まなかった日も、創作は終わっていなかった

どうも、久我レイジです。

朝4時。まだ部屋の外は暗く、家の中も静かです。


机の上には、前日の夜に途中で閉じた文章が残っています。書きかけのnoteだったり、『クロスロード』の制作メモだったり、その日によって違います。

画面を開いて、昨日の続きを少し読む。

すぐに言葉が出てくる朝もありますが、何も浮かばないまま時間だけが過ぎることもあります。時計を見ると、出勤までの残り時間が思ったより少ない。結局、誤字を一つ直しただけで終わった朝もありました。


それでも僕は、できるだけ毎日、創作に触れるようにしています。

朝活や創作ルーティンと呼べば、少し立派に聞こえるかもしれません。

けれど実際に続けているのは、人生を劇的に変えるような習慣ではありません。昨日の続きを開く。思いついたことを残す。次にやることが分からなくならないように、一行だけ書いておく。

そんな小さなことです。


朝4時に起きても、何も進まない日はある

僕は本業があるので、創作だけに一日を使えるわけではありません。

家族が起きる前の朝は、僕にとって貴重な制作時間です。

以前は、その時間にnoteもSNSもドラマ制作も、できるだけ多く進めようとしていました。

せっかく早起きしたのだから、何か成果を残さなければもったいない。そんな感覚があったんです。

ただ、毎朝うまくいくはずもありません。


眠気が取れない日もありますし、昨日まで面白いと思っていた文章が、朝になると急につまらなく見えることもあります。記事の冒頭だけを何度も書き直して、結局すべて消した朝もありました。

そういう日は、早起きした意味がなかったように感じます。

でも、本当に何も残らなかったのかと考えると、少し違う気もしています。


書けなかったことそのものが、その日の自分の状態を教えてくれることがあります。今はまだ言葉にできない。考えが足りない。あるいは、無理に記事にするほどのことではない。

前へ進むことだけが、創作ではないのかもしれません。

・・・・・とはいえ、何も進まなかった朝に、毎回そんなふうに納得できるわけではありませんけどね。

普通に焦ります。

毎日書いているから、毎日ネタがあるわけではない

noteを続けていると、よくそんなに書くことがありますねと言われることがあります。

でも、僕の中に毎日新しい答えが生まれているわけではありません。

むしろ、何を書けばいいのか分からない日の方が多いくらいです。


以前は、記事にするなら、ある程度考えがまとまっていなければいけないと思っていました。読んでいる方に役立つことを書かなければいけない。自分なりの結論を用意しなければいけない。

そう考えているうちに、書けなくなりました。

制作の途中で感じた違和感や、SNSの数字を見て落ち込んだこと。作品を続ける意味が分からなくなった瞬間。そういうものは、答えが出ていないから記事にはできないと思っていたんです。


ところが実際には、きれいに整理された成功談より、迷っている途中の話に反応が残ることがありました。

読んだ方から、自分も同じことを考えていたと言われる。

そのとき初めて、答えが出ていないことにも書く意味があるのだと思いました。


今は、思いついたことをすぐ記事にしなくても、メモとして残しています。仕事中にふと考えたことや、制作中に引っかかったことを、忘れないうちに短く書いておく。

数日後に読んでも意味が分からないメモもあります。

それでも消しません。

そのときの自分には、何かが引っかかっていた。その事実だけは残るからです。

今の僕は、ネタを作ろうとするより、引っかかったものを消さずに残しています。

それが記事になるかどうかは、まだ分かりません。

『クロスロード』を開いて、何もできずに閉じた夜

本業から帰宅したあとの時間は、もっと不安定です。

疲れていても、今日は進めようと思ってパソコンを開く。『クロスロード』の制作ファイルを表示して、しばらく画面を見つめる。

けれど、何から手をつければいいのか分からない。

そんな夜が何度もありました。


『クロスロード』は、一度作った作品をそのまま続けられたわけではありません。事情があって公開を止め、作り直すことになりました。

再制作を決めたときは、やるしかないと思っていました。

でも、決めた瞬間から制作が進むわけではありません。


残せる場面はどこなのか。変えるべき部分は何なのか。参加してくれた方たちに、どう説明するのか。考えることが多すぎて、ファイルを開いただけで気持ちが重くなる時期もありました。

ある夜、制作画面を開いたものの、結局何も触れずに閉じたことがあります。

あのときは、今日は何もできなかったと思いました。


今振り返れば、開いたこと自体に意味があった、とは簡単には言えません。本当にただ疲れていただけかもしれない。

それでも翌日、また同じファイルを開きました。

『クロスロード』は、そんな夜の続きでできています。

続けることを、美しい話にはしたくない

僕は長くブログやnote、メタバースでの活動を続けています。

だからといって、継続すれば必ず結果が出るとは思っていません。

noteを書いても読まれない日があります。作品について発信しても、ほとんど反応がないこともある。それでも、作品を作ることと同じように、伝えることも少しずつ続けてきました。


何かが急に変わった日より、変わらないまま続けた日の方が、僕には多かった気がします。

作品を作る日だけでなく、反応がなくても伝え続ける日も、僕にとっては同じ積み重ねでした。

僕は、何があっても前へ進める人ではありません。

今日はもういいかと思う夜もある。


それでも、途中で閉じた画面を、また開く回数だけは増えてきました。
今朝も、途中まで書いた文章が机の上に残っています。

完成には、まだ少し遠い。

出勤までに書けるのは、あと数行くらいです。
それでも消さずに、その続きを開いています。


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