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残業120時間で適応障害になった私が失業手当を待機2週間でもらえた理由|仕事が趣味だった男が壊れるまで

仕事が趣味でした。

年間休日98日くらいの会社で、毎月120時間以上の残業。

普通なら「ブラックだ」と言われる環境です。でも私は淡々とこなしていました。

仕事しかない人生だった。それが当たり前だと思っていた。むしろ、仕事が生きがいでした。

でも、おかしいと気づく瞬間が来ました。

暇そうにしている人は、いくらでもいる。なのに大きな仕事も重い責任も、全部やる人にだけ回ってくる。

「これは不公平だ」と思いました。

頑張る人間ほど、潰れるまで仕事を背負わされる。

そして私は壊れました。適応障害になった。

仕事が趣味だった男が、ある日、仕事ができなくなった。

退職したあと、この残業の事実と適応障害の診断が、失業手当を待機2週間ですぐもらえる理由になりました。

この記事では、壊れるまでの日々と、その経験が制度上どう扱われたかを書きます。

前回の記事はこちら


このマガジンは、適応障害で退職して1年無職になった竹久夢藤の、お金の実録です。

このマガジンの全記事まとめはこちら。

まだ私を知らない方はこちらから。


仕事が趣味だった

私は、仕事が趣味でした。

これは強がりじゃないです。本当に、仕事が好きだった。

年間休日98日くらいの会社でした。土日もまともに休めない。

その上で、毎月120時間を超える残業。

数字だけ見ると、誰がどう見てもブラックです。

でも当時の私は、それを苦だと思っていなかった。

淡々と仕事をこなす。難しい案件を片付ける。責任を背負う。

それが自分の存在価値だと思っていました。

仕事しかない人生でした。

そして、それで満たされていた時期もあったんです。

やる人にだけ仕事が集まる

でも、ある時から違和感が生まれました。

職場を見渡すと、暇そうにしている人がいくらでもいる。

定時で帰る人。難しい仕事を避ける人。責任から逃げる人。

なのに、大きな仕事も、重い責任も、全部「やる人」にだけ回ってくる。

私は「やる人」でした。

だから、仕事がどんどん集まってくる。断らない。こなしてしまう。だからまた集まる。

この繰り返しでした。

「これは不公平だ」と思いました。

真面目にやる人間ほど、限界まで仕事を背負わされる。

サボる人間は、何も背負わずに定時で帰る。

頑張る人が損をする構造になっていました。

体が先に壊れていった

仕事が趣味だと思っていても、体は正直でした。

少しずつ、おかしくなっていきました。

朝、起きるのがつらくなる。食事をしても味がわからない。常に疲れている。

最初は「疲れているだけ」と思っていました。

「休めば治る」「気のせいだ」と。

でも、休んでも回復しない。

仕事が趣味だったはずなのに、その仕事に向かうのが、だんだんしんどくなっていきました。

「仕事が好きな自分」と「体が動かない自分」のギャップに、自分でも戸惑っていました。

適応障害という診断

ある日、診断を受けました。

適応障害でした。

「仕事が趣味だった自分が、適応障害?」

最初は受け入れられませんでした。

メンタルが弱い人がなるものだと思っていた。自分には関係ないと思っていた。

でも違いました。

適応障害は、メンタルが弱いからなるものじゃない。

むしろ、頑張りすぎる人、責任感が強い人、断れない人がなりやすい。

仕事が趣味で、全部背負って、限界まで頑張る。

そういう人間こそ、ある日突然、壊れる。

私がそうでした。

退職を決めた

診断を受けて、退職を決めました。

仕事が趣味だった私にとって、仕事を辞めるのは大きな決断でした。

でも、もう体が動かない。続けられない。

「ここで無理を続けたら、本当に再起できなくなる」

そう思いました。

仕事が趣味だった男が、その仕事を手放す。

情けないとも思いました。でも、生きるためには辞めるしかなかった。

残業120時間と適応障害が制度上どう扱われたか

ここから、お金の話に入ります。

退職したあと、ハローワークに行きました。

私のケースには、2つの強い材料がありました。

①残業120時間という長時間労働の事実

②適応障害という診断

この2つは、どちらも失業手当を有利にもらえる材料になります。

長時間労働による退職は「特定受給資格者」という会社都合に近い扱いになる可能性があります。

適応障害という疾病による退職は「特定理由離職者」という扱いになる可能性があります。

どちらに認定されても、給付制限なしで、待機のあとすぐに失業手当をもらえます。

私の場合は、適応障害の診断書を見せて、特定理由離職者として認定されました。

残業の証明書類も持っていきましたが、適応障害の方で通ったので、使いませんでした。

残業の証拠は持っておくと強い

私は使いませんでしたが、残業の証拠は持っておくと強いです。

長時間労働の基準は、こうなっています。

離職前の6ヶ月で、いずれか連続する3ヶ月で月45時間を超える残業。

いずれか1ヶ月で100時間を超える残業。

連続する2〜6ヶ月の平均で月80時間を超える残業。

私は120時間を超えていたので、余裕で該当していました。

これを証明できると、特定受給資格者として、より有利な扱いを受けられる場合があります。

証明に使えるもの:タイムカード、給与明細、賃金台帳。

退職前に、自分の残業時間がわかる書類をコピーしておくといいです。

「適応障害でも、長時間労働でも、どちらでも有利に認定される材料がある」

この状態を作っておくと、ハローワークでの認定がスムーズです。

頑張りすぎる人へ

仕事が趣味だった私から、同じように頑張りすぎている人に伝えたいことがあります。

頑張ることは、悪いことじゃないです。

でも、頑張りすぎて壊れたら、本末転倒です。

「やる人にだけ仕事が集まる」という不公平な構造の中で、限界まで背負い込む必要はない。

体が「おかしい」というサインを出したら、それは本物です。

「疲れているだけ」「気のせい」で片付けないでください。

私はそれで壊れました。

そして、壊れてから1年間、無職になりました。

頑張りすぎる前に、立ち止まってほしいです。

もし、もう壊れてしまったなら。

退職後の失業手当という制度が、あなたを支えてくれます。

特に長時間労働や適応障害が理由なら、給付制限なしですぐにもらえる可能性が高い。

頑張りすぎたあなたを、制度が守ってくれます。

まとめ:頑張りすぎたあなたを制度が守る

残業120時間で適応障害になった私の話をまとめます。

仕事が趣味だった。やる人にだけ仕事が集まる不公平な構造の中で、限界まで頑張って、壊れた。

でも、退職後は失業手当が支えてくれました。

長時間労働の事実と、適応障害の診断。

このどちらも、失業手当を給付制限なしですぐもらえる材料になります。

私は適応障害の診断書で、特定理由離職者として認定されました。

残業の証拠も持っておくと、さらに強い。

頑張りすぎて壊れたなら、制度に頼ってください。

あなたが限界まで頑張った事実は、制度の上で正当に扱われます。

頑張りすぎたあなたを、責める必要はないです。


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