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学びとは何か ― 暗記ではなく「理解すること」 ―

「勉強」と聞くと、多くの人は「覚えること」を思い浮かべるのではないでしょうか。

漢字を覚える。
英単語を覚える。
歴史の年号を覚える。
公式を覚える。

学校では、たくさんのことを覚え、テストで正しく答えることが求められます。
そのため、「勉強とは暗記することだ」と思っている人も少なくありません。
しかし、私はずっと違和感を持っていました。

実は私は、昔から暗記があまり得意ではありません。
何度覚えても時間がたてば忘れてしまいます。
それなら、「なぜそうなるのか」「どういう仕組みなのか」を理解したほうが早いのではないかと考えるようになりました。

その考え方は、資格試験でも仕事でも、大きな力になりました。

例えば、私は通関士の資格試験を勉強していたとき、法律の条文を一字一句暗記しようとは考えませんでした。
それよりも、「この法律は何のためにあるのか」「なぜこのような決まりになっているのか」という趣旨を理解することを大切にしていました。

すると、初めて見るような問題でも、「この法律の目的から考えると、この答えになるはずだ」と推測できるようになったのです。

もちろん、知識を覚えることは必要です。
しかし、理解していれば応用が利きます。
少し問題の形が変わっても、自分の頭で考えて答えを導き出すことができます。

反対に、暗記だけに頼っていると、少し聞き方が変わっただけで答えられなくなることがあります。

私は、この違いこそが「勉強」と「学び」の違いだと思っています。

勉強とは、知識を増やすこと。
学びとは、物事の本質を理解し、自分で考えられるようになること。

このシリーズでは、「学校では教えてくれない学びの本質」をテーマに、知識を増やすためではなく、人生に役立つ「本当の学び方」について考えていきます。

以前にもこんな記事を書いていました。

今回は、その第一歩として、「学びとは何か」を一緒に考えてみましょう。


<第1章> 学校は「覚えること」が目的になりやすい

私たちは、小学校から高校まで十数年間、学校でさまざまなことを学びます。

国語、算数、数学、理科、社会、英語……。どの教科も、本来は「世の中の仕組みを理解する」ためにあるはずです。
ところが、いつの間にか多くの人は「勉強とは覚えること」だと思うようになります。

なぜ、そのようになってしまうのでしょうか。

その大きな理由の一つが、「テスト」という仕組みです。
学校では、限られた時間の中で多くの生徒を評価しなければなりません。
そのため、知識をどれだけ覚えているかを確認するテストが中心になります。

もちろん、テストそのものが悪いわけではありません。
学んだ内容を確認することは大切ですし、基礎知識がなければ次の学習にも進めません。

しかし、本来は「理解した結果として知識が身に付く」はずなのに、いつの間にか「テストで点を取るために覚えること」が目的になってしまうことがあります。
すると、試験が終われば忘れてしまう勉強になりやすいのです。

皆さんも、学生時代にテストの前日は必死に暗記したのに、試験が終わった途端にほとんど忘れてしまったという経験はないでしょうか。

それは決して記憶力が悪いからではありません。
覚えることだけが目的になっていたため、その知識が自分の中で意味を持たなかったからです。

一方で、本当に理解したことは簡単には忘れません。
例えば、自転車の乗り方を思い出してください。
一度乗れるようになれば、何年乗らなくても、多くの人は再び乗ることができます。

それは、単に体で覚えたからだけではありません。
何度も試行錯誤しながら、「どうすればバランスが取れるのか」を体全体で理解しているからです。

勉強も本来は同じです。
「なぜそうなるのか。」
「どういう仕組みなのか。」
「他のこととどうつながっているのか。」
そうしたことを理解して初めて、その知識は自分のものになります。

私は、学校教育を否定したいわけではありません。
限られた時間で多くの子どもたちに教育を行うに、テストという仕組みは必要です。
ただ、その結果として、「勉強とは暗記するもの」というイメージだけが残ってしまうのは、とてももったいないことだと思っています。

本当の学びは、知識の数を競うことではありません。
物事の仕組みや意味を理解し、「なるほど、そういうことだったのか」と世界の見え方が変わることです。
その瞬間から、知識は単なる暗記ではなく、一生使える力へと変わっていくのです。

<第2章> 理解とは「知識がつながること」

では、「理解する」とは、いったいどういうことなのでしょうか。

私は、理解とは「バラバラだった知識がつながること」だと考えています。

知識を一つだけ覚えていても、それだけではただの情報です。
しかし、その知識が別の知識と結び付き、「だからそうなるのか」と納得できた瞬間、それは理解へと変わります。

例えば、リンゴが木から落ちるのを見て、「重力があるから落ちる」と知るだけなら知識です。
でも、その重力が月を地球の周りにつなぎ止め、人工衛星の軌道を決め、宇宙探査にも利用されていることまで分かると、「重力」という一つの考え方が、さまざまな現象を説明する共通の仕組みであることに気付きます。

つまり、一つの点だった知識が、線となり、やがて面へと広がっていくのです。
この瞬間、人は「覚えた」のではなく、「理解した」と言えます。

私は本を読むときも、何かを学ぶときも、いつも「これは何とつながっているのだろう」と考えるようにしています。

新しい知識を、そのまま頭の中に置いておくのではありません。
今まで知っていたことと結び付ける。
仕事の経験と結び付ける。
日常生活と結び付ける。
そうすると、一つひとつの知識が孤立せず、大きなネットワークのようにつながっていきます。
だから忘れにくくなるのです。

反対に、暗記だけの勉強では、知識は点のままです。
英単語だけを覚える。
年号だけを覚える。
公式だけを覚える。
もちろん、それらを覚えることも必要です。
しかし、「なぜそうなるのか」「どんな場面で使うのか」「他の知識とどう関係しているのか」が分からなければ、知識はつながらず、時間がたてば少しずつ消えてしまいます。

前回の記事にも書いたように、人の脳は、意味のある情報ほど記憶に残りやすいと言われています。
だから、「理解すること」は、単に応用力を高めるだけではありません。
実は、記憶するうえでも、とても効率のよい学び方なのです。

私は、学ぶことはパズルによく似ていると思っています。
最初は一つひとつのピースがバラバラで、何が描かれているのか分かりません。
しかし、少しずつピースがつながっていくと、全体の絵が見えてきます。
その瞬間、「そういうことだったのか」と深く納得できます。
この「納得」が、理解です。

そして、一度全体の絵が見えると、一つのピースを忘れても、前後のつながりから思い出すことができます。
だから、理解した知識は強いのです。

学びとは、知識をたくさん集めることではありません。
一つひとつの知識をつなげ、自分の中に「理解の地図」をつくっていくことです。

その地図が広がるほど、新しいことを学ぶたびに「あれと同じ考え方だ」「これは以前学んだことにつながる」と気付けるようになります。

本当の学びとは、知識を積み重ねることではなく、知識をつなげて世界を理解していくことなのです。

<第3章> 理解すると応用できる

理解することの最大の価値は、「応用が利くようになること」です。

暗記した知識は、覚えた問題には答えられます。
しかし、少し問題の形が変わると、「こんなの習っていない」と手が止まってしまいます。
一方で、理解した知識は違います。
初めて見る問題でも、「この考え方なら、こうなるはずだ」と、自分で答えを導き出せるようになります。

私は、そのことを通関士の資格試験で何度も実感しました。
通関士試験では、多くの法律や制度を学ばなければなりません。
最初は、「これを全部暗記するのは無理だ」と思いました。

そこで私が考えたのは、一つひとつの条文を覚えることではなく、「なぜ、この法律が作られたのか」「この制度は何を守るためにあるのか」を理解することでした。

法律には、必ず目的があります。
輸入や輸出を円滑に行うためなのか。
安全を守るためなのか。
不正を防ぐためなのか。
その目的が分かると、「だから、このようなルールになっているのか」と納得できます。

すると、細かな条文をすべて覚えていなくても、初めて見る問題に出会ったとき、「法律の目的から考えると、この答えになるはずだ」と推測できるようになりました。

もちろん、すべてが推測だけで解けるわけではありません。
基礎知識は必要ですし、覚えなければならないこともあります。
しかし、理解が土台になっていると、知識が多少あいまいでも、自分で考えて正解に近づくことができます。

これは資格試験だけの話ではありません。
仕事でも同じです。
仕事の手順だけを覚えている人は、いつもと違う状況になると対応できません。
しかし、「なぜ、この手順なのか」を理解している人は、状況が変わっても、自分で判断し、柔軟に対応できます。

料理も同じでしょう。
レシピをそのまま覚えているだけでは、材料が一つ足りないと困ってしまいます。
でも、「この調味料は何の役割をしているのか」「なぜこの順番で加えるのか」を理解していれば、別の材料で代用したり、自分なりに工夫したりすることができます。

理解とは、「答えを覚えること」ではありません。
答えを生み出す力を身に付けることです。

だから私は、「学ぶ」とは、知識を集めることではなく、考える力を育てることだと思っています。

AIが急速に発達している今、知識そのものの価値は以前より小さくなっています。
分からないことがあれば、AIやインターネットがすぐに教えてくれる時代です。
だからこそ、これから本当に求められるのは、「知っている人」ではありません。
得た情報を理解し、考え、別の場面でも活用できる人です。

理解は、応用力を生みます。
そして応用力は、変化の激しい時代を生き抜くための、大きな武器になるのです。

こんな記事も書いていました。

<第4章> 覚えることは必要。でも、順番が違う

ここまで、「学びとは理解すること」であり、「理解すると応用が利く」という話をしてきました。
すると、中には「では、暗記は必要ないのですか」と思われる方もいるかもしれません。

答えは、「暗記も必要です」。

私は、暗記を否定しているわけではありません。
人の名前を覚えることも、英単語を覚えることも、漢字を覚えることも、基本的な公式を覚えることも大切です。
それらがなければ、考えるための材料が不足してしまいます。

問題なのは、「何を先にするか」です。

多くの人は、まず覚えようとします。
意味が分からないまま何度も繰り返し読み、ノートに書き写し、「とにかく覚えよう」と努力します。

もちろん、それで覚えられる人もいます。
しかし、意味が分からないまま覚えた知識は、時間がたつと驚くほど簡単に忘れてしまいます。
皆さんにも、「試験が終わったら、きれいさっぱり忘れてしまった」という経験があるのではないでしょうか。

それは、知識が頭の中で孤立したままだったからです。

一方、理解してから覚えた知識は違います。
「なるほど、だからこうなるのか。」
そう納得した知識は、頭の中で他の知識とつながり、自分の経験とも結び付きます。
そのため、多少細かい部分を忘れても、前後の流れから思い出すことができます。

私は本を読んでいても、理解できた内容は何年たっても覚えていることがあります。
反対に、「とりあえず覚えよう」と思って読んだだけの内容は、数日後には思い出せないこともあります。

この違いは、年齢や記憶力だけではありません。
理解してから覚えたのか、それとも理解しないまま覚えようとしたのか。
その違いなのです。

例えば、旅行へ行くときに地図を見ることを考えてみてください。
目的地までの道順だけを丸暗記した人は、一つ道を間違えると、どこへ行けばよいか分からなくなってしまいます。
しかし、町全体の地図を理解している人は、「一本隣の道から行けば着けそうだ」と考え、自分でルートを修正できます。

勉強も同じです。
理解とは、頭の中に地図を作ること。
暗記とは、その地図の上に建物や目印を書き込んでいくことです。
地図がないまま目印だけを覚えても、すぐに迷ってしまいます。

だから、順番が大切なのです。

まず理解する。
そして覚える。

この順番を意識するだけで、学びは大きく変わります。
理解があるから、覚えやすくなる。
理解があるから、忘れにくくなる。
理解があるから、応用できる。

これこそが、私が考える「本当の学び」です。
学校では「まず覚えよう」と言われることが多いかもしれません。
しかし、人生はテストだけではありません。
社会に出て本当に役立つのは、「覚えた知識」ではなく、「理解した知識」です。

だから私は、何か新しいことを学ぶときには、いつも自分に問いかけます。
「これは覚えるものだろうか。それとも、まず理解すべきものだろうか。」
その問いかけが、学びを「暗記」から「理解」へと変えてくれるのです。

<最終章> 学びとは「世界の見え方が変わること」

ここまで、「学びとは理解すること」であり、
「理解すると応用が利くこと」、
そして「理解してから覚えることが大切であること」をお話ししてきました。

では、本当の学びとは、最終的に私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。
私は、「世界の見え方を変えてくれること」だと思っています。

学ぶ前と学んだ後では、同じものを見ていても、その見え方がまったく違ってきます。

例えば、空を見上げることを考えてみましょう。
雲について何も知らなければ、「今日はきれいな雲だな」で終わります。
しかし、雲のできる仕組みや種類を学ぶと、「あの雲なら午後は雨が降るかもしれない」「あの雲は上空の風が強いことを教えてくれている」と、空からさまざまな情報を読み取れるようになります。

私も空を眺めることが好きですが、以前よりずっと多くのことが見えるようになりました。
空は変わっていません。
変わったのは、私の「見る力」です。

これは、どんな分野でも同じです。
心理学を学べば、人の行動の理由が見えてきます。
経済を学べば、ニュースの背景が分かるようになります。
歴史を学べば、今起きている出来事とのつながりが見えてきます。

つまり、学ぶということは、新しい知識を増やすことではありません。
物事を深く見るための「ものさし」を増やしていくことなのです。

そして、その「ものさし」が増えるほど、一つの出来事をさまざまな角度から考えられるようになります。

だから、人生は少しずつ豊かになっていきます。

私は、知識とは人生を楽しむための道具だと思っています。
知識が増えるほど、見える世界が広がります。
理解が深まるほど、毎日の出来事が面白くなります。
今まで何気なく通り過ぎていた風景にも、新しい発見があります。
ニュースを見ても、「そういう背景があったのか」と気付くことがあります。
人と話をしていても、「だからこの人は、こう考えるのか」と理解できるようになります。

学びとは、テストで良い点を取るためだけのものではありません。
資格を取るためだけのものでもありません。
もっと大きく言えば、人生をより深く味わうためのものなのです。

この「学校では教えてくれない学びの教科書」シリーズでは、そんな学びの本質を一つずつお伝えしていきます。
知識を増やすことが目的ではありません。
物事の本質を理解し、自分の頭で考え、人生に生かせる力を身に付けることが目的です。

もしこの記事を読んで、
「これからは丸暗記ではなく、まず理解することを大切にしてみよう」と感じていただけたなら、とても嬉しく思います。

学びは、学校を卒業したら終わるものではありません。
むしろ、本当の学びは、そこから始まります。

そして、一つ理解するたびに、昨日までとは少し違う世界が見えてきます。
その小さな積み重ねが、あなたの人生をより豊かにし、より自由にしてくれるはずです。

 お読みいただきありがとうございます。
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これからもよろしくお願いします。


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