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メジャーリーガーと野球少年たちをつなぐ“体験が学びを超える瞬間”ーNIKE BASEBALL CLINIC(2008)

仕事場の記憶 Vol.8


このシリーズは、私が長年立ち続けてきた“現場”の記憶です。
変化の激しい時代の中で、自分がこれまでどんな現場に立ち、どんな熱狂を作ってきた人間なのか。その足跡を具体的に残すために、この「仕事場の記憶」を綴っています。
光と音の温度、人の表情、空気の重さ、言葉では残らないものを記録しています。


NIKE BASEBALL CLINIC(2007・2008年)


その名の通り、Nikeが主催する野球教室。
2007年と2008年の2年間、東京(明治神宮外苑 室内球技場)と福岡(福岡ドーム)で開催された。


野茂ブームとNikeの波

90年代の日本。
野球のスポーツブランドといえば、アディダス、ミズノ、ゼット、SSK・・。
Nikeはまだ「ランニング」「バスケット」「ストリート」のイメージが中心で、野球とは少し距離があった。

そんな中で起きたのが、野茂英雄のメジャー挑戦。
1995年、ドジャースのユニフォームに身を包み、トルネード投法で旋風を巻き起こす。

野茂英雄のトルネード投法


その姿はテレビを通して“アメリカ野球=夢・自由・挑戦”という象徴を見せてくれた。
そして、その映像の中には、いつもNikeのスウッシュがあった。
野茂とともに、Nikeは華やかに野球界へと足を踏み入れていった。
やがてスポーツ量販店の棚には、Nikeのスパイクやグローブが並び、
「メジャーリーガー達が使用しているブランド」として野球少年達の憧れを集めた。

アメリカのメーカーであるNikeがBASEBALLに手を伸ばすのは当然と言えば当然。

Nike=メジャーリーグ。
そんな図式が日本の若いプレーヤーたちの心に刻まれていく。

そして、「夢を形にする」場所へ


この流れの中で生まれたのが、『NIKE BASEBALL CLINIC』だ。
桑田真澄、ダルビッシュ有、城島健司、岩村明憲、高木豊・・。
メジャーや国内のトップ選手たちが直接指導する、まさに“夢の時間”。
対象は、東京と福岡の少年野球チームの子どもたち。
Nikeが掲げる「JUST DO IT.」を、言葉ではなく体験として届けるイベントだった。

運営計画と準備の日々


開催日程、会場、参加チーム、ゲスト選手といった基本条件はNike側で調整済み。
私の役割は、当日のプログラム構成と運営全体の設計から始まった。

会場の使用時間はわずか5時間。
その中で、バッティング、ピッチング、ベースランニング、キャッチング……。
どのプログラムも、子どもたちが“本物のプレー”を感じられるように構成を練った。
スタッフには、通常のイベント運営ではなく、野球のスキルを持つ人材が必要だった。
東京では東海大学硬式野球部、福岡では福岡大学硬式野球部の皆さんに協力を依頼。
プレーを理解した動きで、現場の流れを支えてくれた。
また、ポスター、会場サイン、配布物などのグラフィックも並行して手配。
Nikeの世界観を崩さないトーンを保ちながら、子どもたちのワクワクを引き出すデザインに仕上げた。

参加チーム募集ポスター

光と音の中で

いざ、BASEBALL CLINIC当日。
少年たちは緊張と期待を胸に、憧れの選手の前に。
バットがミートする音、グローブに吸い込まれるボールの音。
笑い声と歓声が重なり、会場全体がひとつのリズムを奏でていた。
その中で、子どもたちの瞳が、これ以上ないほど輝いていたのを覚えている。

開会式
コンディショニング講義
直接指導
直接指導
直接指導
直接指導
記念撮影



大きな事故もなく、進行もスムーズ。
全てのプログラムを予定通りに終えることができた。


少年時代の記憶と重ねて


おもえば私自身、小学生の頃は野球少年だった。
泥だらけになりながら白球を追いかけたあの時間。
あの日、グラウンドに立つ子どもたちを見ながら、
いつしか自分の少年時代を重ねていた。
羨ましさと、嬉しさと、少しの誇りが入り混じるような感覚。
プロデューサーとしての仕事を超えて、
「子どもたちに夢を渡す」という、もうひとつの意味を感じた記憶に残る現場だった。

このイベントに参加していた少年の中で、一人でもメジャーリーグに行く選手が出てきていることを願う。


この後、Nike社のベースボールカテゴリーは、「シューズ・用具・アパレル」のメーカーとしての立場より、「公式ユニフォーム供給」へと舵を切り、Nikeブランド自体のイメージアップを図るようになっていきます。

気がつくと、読売ジャイアンツのユニフォームをNikeが提供するようになっていますね。

抑える所は抑える。
サッカー日本代表のユニフォームも取りたいんだろうな。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

光と音の交差点で生まれた、
小さな“現場の記憶”を残しています。
「スキ」や「フォロー」で、
次の現場へ灯りをつないでください。


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浅川幸三 | クリエイティブプロデューサー 共感でも、違和感でも。 何かが残ったなら、それで本望です。 サポートは次の一行のために。

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