【創作の裏側】私の『相棒』は、一人じゃなかった
Q:「あなたの相棒を紹介してください。」
そんなお題を見つけて、私は「使い古したカレンダーの裏」を相棒として紹介する記事を書いた。
(まだの方は、こちらからどうぞ⬇︎)

『暮らしの森』も、旅行の計画も、ハンドメイドの型紙も、私の創作はいつもカレンダーの裏から始まる。そんな内容だった。
書き終えたあと、参加者のみなさんの記事も読ませていただいた。
すると、そこに並んでいたのは、普段どんなAIと対話し、どんな風に創作へ生かしているかというお話ばかりだった。
「あれ……。」
少しだけ手が止まる。
「もしかして……私、お題の解釈間違えた?」
急に不安になる。
私は、すっかり暮らしの話を書いてしまった。
もちろん、『暮らしの森』そのものが日々の暮らしから生まれている物語だから、それはそれで嘘ではない。
それでも、記事を読んでいるうちに、
「私も創作とAIの話を書いてみようかな。」
そんな気持ちになった。
……ところが、ここで手が止まる。
「いや、待て。」
私の相棒って、本当にAIだけだろうか。
机の横へ目をやる。そこには、いつものミシン。ハンドメイドが趣味の私は休日の多くをこの場所で過ごす。
布小物を作る時も。
暮らしのちょっと困ったを解決する時も。
気付けば何年も一緒にいる。
ChatGPTがアイデアを絵にしてくれても、
この子が動かなければ作品は完成しない。

そんな時──
ちょうど数日前のことだった。
親ほど歳の離れた友人が、
「もう使わないから」と言って、たくさんの布を譲ってくれた。
袋から出てきたのは、花柄やデニム、少し懐かしい雰囲気の布たち。娘さんが幼い頃に使った布らしい。
普段の私はどちらかと言えば断捨離思考だ。けれど、その布は私には魅力的に見えた。
昭和の空気をまとっているのに、令和の今見ると、どこか新しくも見える。そんな不思議な魅力があった。
折角なら、この布で何か作れないだろうか。
そんな気持ちが湧き起こる。
私は普段、布小物のデザインは自分で行う。
だけど、大胆に柄があしらわれた布は、ちょっと難易度が高い。
「柄と柄か。どう組み合わせるか。うーん……」
ひとしきり悩んでみたが、自分一人では限界を感じた。だから、机の上に布を並べて写真を撮った。それから撮った画像をChatGPTへ送ってみた。
『この布をうまく組み合わせて、暮らしの森のアツコが着ていそうなエプロンを作りたい。普段、私が使うエプロンにしたいんだ。』

返ってきたのは、
一枚の完成イメージ図だった。
「えっ。素敵!」
思わず声が出た。

花柄同士なのに、不思議とうるさく見えない。しかも、森の中でアツコが本当に着ていそう。
頭の中にはぼんやりとしたイメージしかなかったのに、それが一枚の完成形として目の前に立ち上がった。
頭のどこかで、「カチッ」と音がした。
次は寸法だ。私の身長に合わせて、必要な布の大きさを計算してもらう。身長を伝えると、必要な布の長さがすぐ返ってきた。
「なるほど、このくらいあればいいのか」
裁断サイズはわかった。
ただ、型紙はない。作り方もない。
あるのは完成イメージだけ。だから、あとは手探りで進めた。
少しずつ形になってきた頃。
「あー、あとちょっとだったのに」
途中で布が足りなくなった。
どれもハギレだから、十分な量が取れない。
やっぱり、完成イメージとまったく同じにはならないらしい。
少しだけ作り方を変えて、足りない部分は持っている布を工夫してつないだ。
そうして完成したエプロンを広げた時、
「できた〜♪」
その一言が、自然とこぼれた。
ChatGPTが描いた完成イメージ。
そして、自分の手で縫い上げたエプロン。
完全に同じではない。
布が足りなくて形も少し変わったし、途中で何度も縫い直した。
それでも、不思議なくらい同じ空気をまとっていた。


出来上がったエプロンを身につけて、いつものようにキッチンに立つ。
その時ふと思った。
もし、もらった布を前にして、自分一人で考えていたら、きっとこの形にはならなかった。
同時に、もしChatGPTがいたとしても、デニム地が縫えるこのミシンがなければ、エプロンは完成しなかっただろう。
昔の布を譲ってくれた友人がいて。
アイデアを形にしてくれた相棒がいて。
最後は、自分の手で相棒のミシンで縫った。
どれか一つ欠けても、この一枚は存在しない。
そう考えると、創作って面白い。
もともとは、ただのハギレだった。
これからは毎日、一緒に料理をするんだろう。
「創作とAIの話を書いてみようかな。」
そんな気持ちから始まった今回の記事。
蓋を開けてみると、結局暮らしの話になってしまった。
どうやら私は、
私生活でも『暮らしの森』の管理人らしい。
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