19.まだ大丈夫の代償
森の中で、ハヤトはふと立ち止まった。
右足の感触が、ほんの少しだけおかしい。
歩けないわけではない。けれど踏み出すたびに足元がわずかにぐらつく。
「……あれ?」
しゃがみ込み、靴を見た。
靴紐がゆるんでいるように見える。
紐に手を伸ばし、指で軽く引く。
──ぷつん。
「あ……しまった」
乾いた音と一緒に、靴紐があっけなく切れた。
その場所を注意深く見つめると、
そこだけ少し色が変わっていた。
ふと、数日前を思い出す。
結び直したときに気づいていた。
少し傷んできているな、と。
それなのに。
「まだいける」
そう思って、そのままにした。
森の中では、小さな油断が足元から崩れることがある。ハヤトは急いでリュックを下ろした。
「えっとえっと……何か、使えそうなもの」
水筒、毛布、包んだパン、それに火をつけるためのほぐれ草が少し。
「違う違う、これじゃダメだ」
リュックの前ポケットを開ける。
底の方にざらりとした感触が触れた。
──『ひも木』だ。
森の端で見つけた、細長い木。
皮を剥ぐと、中からしなやかな繊維が出てくる。
持ち帰ったとき、アツコがそれを指先で撚りながら言っていた。
──壊れる前提で持っておくと、慌てなくて済むのよ。
「これだ!」
古い紐をほどき、ひも木の繊維を通していく。元々の靴紐より少し太くて固い。
それでも、きゅっと結ぶと足が地面に落ち着いた。
立ち上がり、ジャンプしてみる。
問題ない。
それからゆっくりと一歩踏み出す。
「ふぅ……、危なかった」
額の汗を手の甲でぬぐい、ハヤトは靴をもう一度見た。
森では、何が起こるかわからない。
だからこそ、見ないふりはよくない。
壊れたことより、気づいていたのに放っておいたことの方が、少しだけ怖かった。
(アツコさん、ありがとう)
けれど、同時に思う。
次は、もう少し早く気づける。
「……次は気をつけよう」
小さくつぶやき、森の奥へと歩き出す。
木々の間から差し込む朝の光が、
その背中を静かに照らしていた。

ひも木って何?⬇︎
アツコってどんな人?⬇︎
