木工の飛行機②
中学、高校を卒業して、大学受験に失敗して予備校生となっていた僕が、迎えたゴールデンウィーク。
勉強しなければならないはずだが僕は、商店街のパチンコ屋の地下にあるゲームセンターにいた。
誰か友達がいるかと思ったが、姿はなく、なんとなく長くできるゲームをしていた。
そこへ“ジャイアン”がやってきた。
小学校からの同級生で、ドラえもんのジャイアンとそっくりな性格で、そのままあだ名になったSという友人だった。
小学校を卒業すると、二つの中学にわかれるのが、僕らの住んでいた学区域の仕組みだった。
どちらかというと相撲だ、プロレスだと投げ飛ばされていた僕だが、中学へ入ると対等に付き合う親しい友人になっていた。
ただ180センチまで大きくなった僕よりも、さらに大きく見かけの迫力は変わらなかった。
レーシングゲームをしていた僕のところに、ジャイアンはやってきて、
「Rちゃんが死んだぞ」
「え?」
画面の中で、車がクラッシュした。
Rちゃんは運動神経が良く、野球帽をかぶらずに、海外のサッカーを好んだ目立つ同級生で、僕やジャイアンとは違う中学へ進んだ。
兄がいたせいか、髪の毛もしっかりセットして、小学生のときから「アディダス」を着ていた大人っぽさもあった。
違う中学に進んだが、一番近い学校で、交流がある友人もいたからRちゃんの噂は入ってきていた。
Rちゃんは、高校を中退すると、流れのままにテキヤの組員になったと聞いていた。
時折、商店街にある喫茶店で顔を合わせることもあった。
その世界の人らしい迫力を醸し出していたが、僕やジャイアンに気づくと、目が優しくなり、笑顔で挨拶を交わした。
ただ、どんなときも二言三言話すだけで、Rちゃんは遠目の席に座り、距離を取っていた。
辛いときに優しく声をかけてくれた小学生の頃を思い出す。
繊細な男らしい気遣いだったのかもしれない。
そのRちゃんが死んだという。
「昨日、お通夜だったんだ、お前にも電話したんだけど」
「ああ、昨日は家族と出掛けていた」
「でも行かなくてよかったよ。今日これから告別式だけど、俺もいかない」
「なんで?」
僕と入れ替わるように、レーシングゲームのシートに座ったジャイアンが、100円を入れると画面がスタートボタンに代わった。
両親が共働きで、ふんだんにお小遣いをもらっていて、さらに体の大きさを利用してパチンコでそれを増やしていたジャイアンは、慣れた感じでハンドルを操作しながら、
「家族もよそ者みたいに扱われる“組仕切り”の葬式だぞ。きっと金も全部引き上げちゃうんだ。知っている顔もいたけど、俺も焼香してすぐに帰ったよ」
ジャイアンはコースをクリアしながら、
「心臓に穴が空いていたらしい。手術しなければならなかったんだけど、先延ばしにしていたんだと。同棲していた彼女が朝気づいたら死んでたって。バカだよな…」
ジャイアンはコースアウトをわざとして、ゲームオーバーになった。
しばらく顔を見ていなかったRちゃんの死は、ピンとこないものだった。
たださすがにその夜は眠れず、朝から予備校に向かった。
高校のときに満員電車で懲りた僕は、予備校の授業も午後ばかり取っていた。
しばらく行っていなかった朝の駅。
多くの人が立っているホーム、少しでも人の少ないところをといっても、そう変わりはなく真ん中ぐらいで電車を待った。
各駅停車だが、満員電車といってもいい人が乗っているのが見えて、後悔しながらそれでも電車に乗ると、窓際にいたのがT先生だった。
思わず、
「先生」
と声をかけた。
下を向いていたT先生が、顔をあげて僕を見ると、すぐに名前を呼んでくれた。
「覚えてくれていたんですか?」
「卒業生はなんか忘れられないからな、でも電車で会うのは初めてだ」
「どうして、電車に」
「今日は研修があってな」
「確か…Sとかと同級だったよな」
ジャイアンの名前が出て少しホッとした。
「そうです、ジャイアンと一緒です」
「今でも会っているのか」
「大人しくなって、今は仲良くやってます。背も大きくなったでしょ?」
T先生は僕を見あげて、
「あの頃は小さかったもんな」
と笑った。
「でもジャイアンは、今でも僕より大きいんですよ」
「そうか…」
と少し考えごとをしているようだった。
思い出さないはずはない。
何しろRちゃんは目立つ生徒だった。
T先生からの問いはRちゃんのことになった。
どうしようかと思いながらも、隠しても仕方がないと、
「実は先日亡くなられました」
「え?どうして?」
「病気だったようです」
組員になっていたことは伏せた。
みるみるうちに先生の目は赤くなっていった。
「そうか…」
涙をこぼすまいと顔をあげて電車の天井を見上げていた。
そこから三つほど先の駅でT先生が降りた。
その時に、
「元気で…元気でいるんだぞ」
と言い、少し曲がった背中でホームへ降りた。
ジャイアンに話そうかと思ったが、
「気味が悪いこと言うな」
といわれそうなのでやめた。
偶然にしては出来すぎだ。
あの時間に電車へ乗った、ドアを選んだのも偶然だ。
ただ、こういうことってあるんだと妙に納得してしまった。
生意気という先生もいたが、T先生はRちゃんの個性を認めていた。
「サッカー頑張れよ」
と声をかけたのも覚えている。
Rちゃんが卒業の時にもらった木工の飛行機は、スマートでいかにもスピードが出そうなものだった。
僕の小さく小回りが利くような形とは違った。
あの木工の飛行機を今でも持っているクラスメイトはいないのかもしれない。
それぐらい小さなもので、持っていても押し入れの中で眠っているぐらいだろう。
思い出すこともないかもしれない。
ただ僕はRちゃんのことを聞いたとき、Fの遺影と木工の飛行機を思い出した。
探したけれど、見つからなかった。
「なんで飛行機なんですか?」
あまり興味なさそうな女生徒が先生に聞いた。
「みんながいつか旅立つときのお守りだ」
それはきっと世の中にという意味だったのだろう。
ただRちゃんは、別の意味で飛んで行ってしまった。
僕はいつ、どんな形で飛び立つのだろう。
飛行機が空を飛んでいた。
どこへ行くのか、僕は知らない。
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