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初恋の影

心の中にい続ける人がいる。
傘に隠れていた彼女が、振り返った姿を今でもはっきりと思い出せるからだ。
何度恋を重ねても、その影は消えることがなかった。

出会ったのは高校1年、15歳の時で雨が降っていたのを覚えている。
小柄で小顔、大きな黒目が特徴の『少女』という言葉が似あう女性。
それが彼女との出会いの印象だった。

彼女への好意は会うたび、確実に私の中に宿っていた。
ただ思いとは裏腹に、望みとは違う方向へ進んでいく。
一定の距離を置いた付き合い。
これが2人の形だった。

彼女は乱暴な男言葉で話すところがあった。
それは彼女なりの防衛策だったようだ。

人として好きになってほしいと望んでも、10代の男たちは彼女に覆いかぶさることを望んだ。
自分が望まれていることだけを頼りに、彼女は「好き」になるのではなく「好きになろう」としていた。

「今度こそはと思ったりして、期待すんだよ」
投げやりに、そして呆れたような口調で言った。
なぜか私には、彼女は自分の恋愛を素直に話した。
どんな形でも求められる少しの喜びと受け入れるために努力をしなければならないズレに、彼女は苦しんでいることが伝わってきた。

本来はそんな気持ちを知りたくはない。
ただどこかに吐き出したい思いを受け止めることで、自分の誇りを若い私は守ろうとしていたのかもしれない。

そんな男たちとは違うと思いたかった私は、何度か気持ちを伝えている。
高校を卒業する間際、18歳の告白の時だった。
その時に強く響いた言葉があった。
「付き合ったら、きっと嫌われる」
まっすぐに黒目の大きな瞳で私を見て、
「それは嫌なんだよね」
いつもとは違う女性らしい声で言った。
それ以上、返す言葉が見つからず、私はその場を立ち去った。

適度な距離感が続いていた20歳の時だった。
彼女はストーカーに悩まされ恐れた。
その時期、彼女は大きな失恋をしていたこともあり、頼るのが私だけだったのかもしれない。
それからひと月、私は半同棲をするように一人住まいを始めた彼女の部屋にいた。

小さな寝息を聞きながら、髪の毛を撫でる。
一緒にいたいというより、そばにいてあげたかった。

そんな日々を続けているうちに、2人の距離はさらに近づいた。
2人の空気感が錯覚を呼んだのかもしれない。

初めて彼女から気持ちを打ち明けられるような言葉を聞いた。
「付き合ったらどんな感じになるかな…」
並んで寝ている彼女が、熱を帯びた声で言った。
布団の擦れる音が近づいてきた。
見つめ続けている気配を感じながらも、私は返事をせず天井を見つめていた。
思いに応える言葉を言うのが恐かったのかもしれない。

ただ抑えきれない気持ちが無意識に吹き出した。
朝、それぞれが学校へ行く準備をしていた時、無意識に私は彼女の唇に触れた。

彼女の戸惑いは、黒目の動きで伝わった。
うつむいて、親指の爪を片方ずつ押す。
考えごとをしている時の彼女の癖だ。
それでも言葉が見つからず、戸惑っているようだった。
沈黙ではない、言葉が出そうで出ない静けさは、重い空気となって、私を包んだ。

「またね」
かすれた声が背中に当たる。
それが見つけた言葉だったのかどうかわからない。
ただその優しい声音、私の心を砕く音と重なった。

彼女の部屋に行ったのは、その日が最後になった。
連絡が来ることはあったが、会うことはなかった。

彼女が瞬間的にも、気持ちを向けてくれたことが嘘だとは思わない。
ただ彼女の脆さを私は知り過ぎていた。
恋が思い出になる瞬間だった。

時が経って気づいた。
私の中に残る影は、彼女だけでなく、自分自身でもあった。
彼女を必死に愛するために、自分を成長させようとした。
恋が続いていったのは、そんな私の強がるような思いを大事にしてくれたからかもしれない。
初恋ではなく、2人で過ごしたその時代の記憶が忘れられないのだと。

初恋は実らないからこそ美しいという。
戻れないだけ、過去の憧れはせつない。

過去は美化され、傘に隠れた彼女の影をくっきりと浮かび上がらせる。
どれだけ抗っても、時とともに鮮やかに、雨の雫と彼女、そして隣にいた自分が、いつまでも映し出されている。

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