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6 かぼちゃごはんは、やっぱり無理だったけど┃子どもが食べるようになるまで

連載「子どもが食べるようになるまで」
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とうもろこしごはんを食べてくれた朝から、私はほんのすこし、気持ちが軽くなっていました。
毎日、白いごはんしか食べてくれなかった日々。その中で、娘がとうもろこしごはんをぱくりと食べてくれたことは、私にとって大きな喜びであり、「もしかして、これから少しずつ食べられるものが増えていくのかもしれない」という希望の光でもありました。

だから私は、ちょっと調子に乗ったのだと思います。
「次は、かぼちゃごはんにしてみようかな」
にんじんや緑の野菜は、まだちょっとハードルが高い。けれど、かぼちゃなら……離乳食のはじめのころ、娘は好きでよく食べてくれていました。やわらかく煮て、とろりとした甘さ。とうもろこしほど香りはないけれど、やさしい味。白いごはんにまぜたら、また食べてくれるかもしれない。
そう思って、その日は、かぼちゃを小さく切って、ことこと煮て、やわらかくしてからつぶしました。ほんの少しの塩をまぜて、ごはんにのせて混ぜて。
かぼちゃごはんといえば、角切りのかぼちゃを一緒に炊き込むレシピが多いけれど、娘には、かたちが残っていないほうが食べやすいかもしれない。そんな気がして、今回はペーストにしてごはんに混ぜる方法にしてみました。
あたたかいオレンジ色の混ざったごはんは、とうもろこしごはんほど華やかではないけれど、どこかほっとするような色合いで、私はひとり、満足気にうなずいていました。

問題は、娘の反応でした。
ひとくち分をスプーンにのせて、「あーん」と差し出すと、娘はごはんを見つめたまま、ぴたりと動かなくなりました。スプーンが唇に触れた瞬間、ぷいっと顔をそむけてしまったのです。
「……あれ?」
もう一度スプーンを差し出してみても、口を固く結んだまま。
とうもろこしのときとは、まるで違う反応。
さっきまでふくらんでいた期待が、しゅるしゅると音を立ててしぼんでいくようでした。

前だったら、きっともっとがっかりしていたと思います。
あんなに時間をかけて作ったのに。前に食べたことがあるのに。これならいけると思ったのに。
そうやって勝手に期待して、勝手に落ち込んで。食卓でこらえきれずに、ため息をついてしまうこともありました。
でも、この日はどこかで「しょうがないか」と思えたのです。
たぶん、あの朝のとうもろこしごはんが、私の中にちゃんと残っていたから。

娘が、まっすぐスプーンを見て、ぱくっと食べたときのこと。もぐもぐと咀嚼して、「おいしい?」と聞くと、小さくうなずいたあの仕草。私は、あのひとくちを知っている。だから、今日がダメでも、またいつか食べてくれるかもしれないと思えるのです。

それが、「きっと大丈夫」と言いきれるほどの強さではなくても、前ほど落ち込まなくなったことは、私にとって大きな変化でした。
たとえ後戻りしているように見えても、少しずつ前に進んでいる。そう信じられるだけで、今日のごはんの時間が、ほんの少しやさしく思えるのです。

あのひとくちがあったから、私はまたチャレンジしようと思えたし、失敗しても、立ち止まることなく笑っていられるようになった。
食べることは、育つこと。そして、食べさせる側の私の心も、少しずつ、育っているのかもしれません。

*

次回は、「やったほうがいい」とわかっていたのに、どうしても心がついていかなかった、手づかみ食べの話です。


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