4 食べてくれたのは、白いごはんだけ┃子どもが食べるようになるまで
連載「子どもが食べるようになるまで」
▼シリーズ一覧はこちら▼
「米しか食べないマン」だった時期
あの日、「一度やめてみよう」と離乳食をお休みしたあと、私たちの日々には、少しだけ静かな時間が流れていきました。
気持ちを整えながら娘の様子を見て、また少しずつ食べる時間を再開していく中で、はっきりとわかったことがありました。
この子は、とにかく白いごはんだけは、よく食べる。
軟飯を卒業して、ようやくごはんらしいごはんを食べられるようになった頃。他のものには手をつけなくても、白いごはんだけは、毎回しっかり完食するようになっていたのです。
ただし、それは「白いごはん」に限った話。
ふりかけごはんはNG。混ぜごはんも、ひとくちふたくち食べて、それきり手が止まる。もちろん、ごはんとおかずを別々に盛りつければ、おかずには一切触れない。
「混ぜごはんにしたら、また食べてくれるかも」「ごはんとおかず、並べたら一緒に食べるようになるかも」
そんな希望を込めて出したごはんが、あっけなく残されるたびに、少しずつ心がしぼんでいきました。
でも、そんな娘が唯一、自分の意志でしっかり食べたのが、「白いごはん」だったのです。
白いごはんだけは、目を輝かせて口を開けてくれる。あーんと差し出せば、パクッと食べて、もぐもぐもぐ。気に入らなければ即拒否で、ぺっと出されることも日常茶飯事の中で、その「もぐもぐ」が、どれほど心の支えになっていたことか。
白いごはんしか食べないという現実に戸惑いながらも、「食べられるものがある」という事実が、私を救っていたのかもしれません。
大人の目から見れば、バランスも彩りもない食卓。おかずを用意しても、ごはん以外はまるっと残る。
けれど、娘のなかには、娘なりの「これなら食べられる」という基準が、しっかりあったのだと思います。
それは、安心できる味、安心できる食感、安心できる食べ方。全部そろっていないと、「食べる」という行為そのものが、娘にとって負担だったのかもしれません。
大人が思う「バランスのよい食事」は、当時の娘にとっては、ちょっとハードルが高すぎたんだろうなと、今なら思えます。
「また、ごはんだけか」と思う日もあったけれど、「今日もちゃんと、ごはんは食べたな」と思える日も、たしかにありました。
だから、私はその「ごはんだけ」も、大切にしようと思ったのです。
いま思えば、食べることは、ただ口に入れるだけではなくて、「どんな方法なら食べられるか」「どこまでなら安心か」という、本人なりの試行錯誤の連続だったのだと思います。
たとえそれが「白米だけ」だったとしても。
当時の私は、少しでも多く食べてほしくて、「あと一口」「これもどう?」と、つい余計な一言を重ねていました。
でも、きっと必要だったのは、「食べられたね」と笑いかけることだけだったのかもしれません。
いまも、ごはんを食事の最後にとっておいて、大事そうに食べている娘の姿を見ると、あの頃の「米しか食べないマン」の日々を思い出します。
その表情は、とても真剣で、どこか微笑ましくて、そしてなにより、たくましい。誰に言われたわけでもなく、「これならいける」という道を、自分で見つけて、そこに踏み出していた。
それはもう、立派な「食べる力」だったと思うのです。
*
次回は、そんな白いごはんだけの時期を抜けて、娘が別の食べものに手を伸ばしはじめた話を書いてみたいと思います。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事が役に立ったらフォロー・スキしていただけるととても励みになります✨
応援お願いします!
いただいたチップは子どもとの週末のごちそうに充てさせていただきます♥️