3 いったんお休みしてみようかな┃子どもが食べるようになるまで
連載「子どもが食べるようになるまで」
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続けることを手放した日
あの日の朝も、最初のひとさじからすぐに吐き出されてしまいました。
やわらかく炊いたごはんに、好きなはずのかぼちゃ。食べてくれるかもしれないという期待とともに口に運んでみるけれど、舌に乗せた瞬間、ぺっと吐き出してしまいます。
「まあ、今日もか」そう思いながら、私は2口目を用意してまた差し出しました。でもやっぱり娘はぺっと出す。それを何度か繰り返したあたりで、私の中の気持ちの糸がふっと切れてしまったのです。
離乳食を始めて数か月。最初のパクパク食べてくれた時期からは想像できないほど、食べない日が続いていました。
ほんの少しでも食べた日には「今日はまだよかった」と思えたけれど、ひとくちも飲み込まない日が続くと、「またダメだった」と落ち込んでしまう。
どれだけ柔らかくしても、どれだけ味を変えても、口に入れた途端にぺっとされて、それでも「どうにか食べてくれないか」と工夫を重ねて。
でもそれは、もはや「楽しんで食べる時間」ではなく、消耗しながら食べさせる毎日になっていた気がします。
当時の記録には、そんな日々の苦労がそのまま残っていました。
「食パンスティック3本、だいたいぺっとした」
「バナナヨーグルト、ぺっとしてほぼ食べず」
「チキンライス、ぺっとしてほぼ食べず」
食べてくれたか、ぺっとしたか。その結果に一喜一憂するたびに、私の気持ちも少しずつすり減っていきました。
「なんでこんなに毎回ぺっされるんだろう」
「私の作り方が悪いのかな?」
「もっと工夫すれば、食べてくれるのかな?」
答えの出ない問いを、毎日、心の中でぐるぐる繰り返していました。
栄養士としての私は知っていました。多少立ち止まっても、子どもはちゃんと食べるようになっていく。離乳食に正解のスピードなんてない。
……それでも、やっぱり食べてほしかった。
わかってはいても、毎日吐き出されるたびに気持ちが削られていって、私はもう限界に近づいていたのです。
そんなある日、ふと、頭に浮かんだのです。
「やめてみようかな……一旦、お休みしてもいいんじゃない?」
その考えは、当時の私にとって、とても「いけないこと」のように感じられました。やめたら、このまましばらく食べなくなってしまうかもしれない。それに、なんだか母親としてちゃんとやれていない気がする……そんなふうに思えて。
でも、それ以上に、「もう疲れた」という気持ちのほうが、大きくなっていたのです。
だからその日は、お昼の離乳食をお休みにして、娘とふたりでおやつ用のビスケットをつまんで、午後は外に散歩に出ました。
娘はご機嫌で、ベビーカーから顔をのぞかせて、風にゆれる木の葉をじっと見上げていました。
「食べることをお休みしても、育児が止まるわけじゃないんだな」
そう思ったら、少しだけ心が軽くなったのを覚えています。
それまでは、「続けること」が一番大事だと思っていました。一度やめたら、取り戻せなくなるような気がして。
でも、やめてみて気づいたのです。
「続ける」というのは、ただ立ち止まらずに進み続けることじゃなくて、「必要なときには止まってみる勇気」も含まれているんだ、ということに。
一旦お休みしたあとは、気持ちをリセットして、娘の様子を見ながら、少しずつ再開していきました。
また口から出されることもありましたが、それでも以前ほど、心が揺さぶられることはなくなっていました。
全部食べさせることではなく、食べようとする姿を見守ること。それを、自分の役割にしてみようと思えるようになっていたのです。
いま思えば、あの日「やめてもいいんだ」と思えたことは、私の育児にとって、とても大切な転機でした。
「こうあるべき」からほんの少し離れてみることで、ようやく「いまのこの子にとって、どうしたらいいか?」を落ち着いて考えられるようになったのです。
ぺっとされる日があってもいい。
食べるのがうまくいかない日があってもいい。
なによりも、「今日も一緒にごはんの時間を過ごせたね」とそう思える自分でいられることが、何より大切なんだと感じています。
*
次回は、食べない日々の中でも、娘がひとつだけ食べ続けていた「ごはん」についてのお話です。
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