ぼくが介護職に転職したキッカケ
ゆくゆく…オカンの介護をすることになると思ったことがキッカケで、
母子家庭なんでね、オカンひとりにしておくわけにはいかないし。
介護職をやる前はね、ホームページの制作会社でプログラミングしてたんですよ。
もうね、朝から晩までずっとパソコンと睨めっこしてプログラミング。
家にパソコン持ち返って、家でもずっとプログラミング。
休日もパソコン開いて…
みたいな生活をずっとしてて、
いやね…納期が毎週迫ってくるんよ。
それこそ今週は美容室のホームページ作って公開したと思ったら、翌週には製造業のホームページ作ってるとか…もうずっと手を動かしておかないと間に合わないような感じで。
ブラック企業ではないんですけどね。
プログラミングって技術職だから、知識量がそのまま作業効率に直結するので常に勉強しておかなくてはいけないし、
バグやエラーが出ると解決に半日かかるみたいなことはザラにあって…
結果、ずっとパソコンの前から離れられない…みたいなことは「エンジニアあるある」なんですね。
そんな生活を30代前半から10年くらいやってたのかな…
さすがにしんどくなってきて、心が。
ある時、会社にね、新卒の子が入ってきまして…
「一流のクリエイターになるために頑張ります!」って初々しい笑顔を見た時、「クリエイタ〜?はは、工場やで..」って心の中で笑ってる自分がいまして…なんかものすごく「自分は失ってるなぁ〜」と思って…いろいろと。
何がやねん。
職場にいても挨拶もせず誰とも喋らず、
ただ黙々とパソコンと会話してる日々でしたから…
「このホームページは誰の何のサイトなの?何を売ってる企業なの?もうえええわ何も考えずに仕様書通りに作ればええんじゃ…」みたいな思考で仕事してまして、
もう、よっぽどAIがプログラミングしたほうがハートフルかもしれませんね。
ふと我に返り…「アカン!これはもうやめよう!」と思ったんです。
ちょうどね、AIでプログラミングできるみたいなことが話題になっていた時期でしたから、
おそらくホームページ制作も先細るだろうな…
中途半端な技術では食いっぱぐれるなぁ…
という打算的な考えもありましたし、ジョブチェンジしようと思ったんですね。
そのタイミングで「宣伝会議コピーライター養成講座」に通い出します。
糸井重里さんを輩出している由緒ある講座です。18万くらいしました。
2020年のころ。そうかぁ〜コロナの時期かぁ〜。
確かにリモートワークしてたし、リモートで講義受けてたかぁ〜。
人間の言葉を書けるようになりたいと思って…妖怪人間かっ!
ホームページって広告宣伝の媒体なので、キャッチコピーとかも考えなくてはいけないんですね。
大手のホームページ制作会社では専属のコピーライターいたりします。
ぼくの勤めてた会社は中規模の会社だったので、Webディレクターが兼任してライティングを担当していたんですね。
なのでぼくは、専属のコピーライターとして社内転職できないかと目論見して…
「いや、専属は…いらないかも…」
ほなええわ…
「やめます。」
という感じで…見切り発車的に会社を辞めてしまいました。
というか心が疲れていて、もうプログラミングしたくなかったんです。
見切り発車みたいな感じで人生を送ることは、20歳の時に「芸人をしたい!」つって上京したときと一緒で、なんら成長はしてませんね。
どうやらぼくは「感情」で物事を決断するタイプのようです。計画性の「け」の字もないです。
ハローワークに行きました。40歳。
求人検索すれども…「これええやん!」って思う求人もなく、
「やっぱり…今までの経験を活かした方がいいかぁ〜」と思って、転職サイトに登録してWeb制作の仕事を探してみるものの…いやなぁ〜、また同じことの繰り返しだもんなぁ〜。
コピーライターの求人は?
「未経験・実績のない中年のライター、どこの企業が欲しいねん!」
それに広告業界は激務。それは、Web制作会社で思い知ったから。奮起できず。
ふと、ハローワークの職業訓練に目がいきまして。
「介護職員初任者研修」のチラシを見つけました。
「ああ、オカンも70越えたし…どうせぼくが面倒見ることになるから…受けとくか。介護で食いっぱぐれることもないしな。」
もうほんと、そのくらい軽いノリで。
勉強して資格とったらそれでいいか。
介護職として働かなくてもきっと役に立つだろう。
そのくらいの気持ちです。
どっこい。
介護の勉強してみると、これが思いのほか面白くてですね。
ちょっと健康オタクみたいな気質もあってですね。
運動と筋トレは10年以上毎日継続してまして、人間のメカニズム的なことへの好奇心が刺激されて、かなり意欲的に介護を学んでいました。
「まぁ、資格も取ったし、いっちょ働いてみるか!」
近所にデイサービスがあったもんですから、面接にいきまして。
一撃で採用が決まって、そして介護業界に転職することになりました。
介護職に転職してからも、そりゃぁ色々ありましてね。
ありますよねぇ〜。介護業界って。
認知症の方に衝撃を受けました。
「マジか?マジで言ってんのか?」っていうモンスター介護職員にもたくさん遭遇しました。
そのあたりのエピソードは、どうぞ引き続きぼくのnoteをご愛顧いただきたいです。
オカンに「心房細動(しんぼうさいどう)」が見つかりまして…
心房細動は心臓がブルブルと震える病気で、ほっておくと心臓で血栓(血の塊)ができて、血管が詰まって心筋梗塞・脳梗塞の危険があるとのことで。
ふたつ上に兄がいるんですが、
「オカンね…心房細動があってね」という真剣な話を家族会議でしたところ、つけっぱなしのワイドショーみたいな聞き流すような態度で兄が聞くもんですからね、
ぼくは介護の勉強をして「脳梗塞の怖さ」を知ってますからね、
「てめぇ!えらく他人事やなぁ!」って兄とつかみ合いの大げんかになりまして…兄とはただいま絶賛絶縁中でございますけども、
その話がこちらです。
兄には、会いたくはないが許しています。
心の問題は時間で解決しました。
実務的なことはオカンが介護が必要になったらですかね。
介護を経験したことのない人は、介護に対してそのくらいの温度感なんだということが重々理解できたのですね。
ただ、同世代が、どうせぼくと同じように「介護で困ること」があるだろうなぁと思って、
だからこうして、noteを通じて「介護の発信」をし続けてはや2年。
730日以上毎日更新しているのです。
コピーライティングを学んだことで、言葉で何かを伝えることの価値を学びましたし。ITに対して抵抗感がないのは、あの心が荒んでいた時代があったからかも。
そうそう、ふたを開けて見たら、
いとこのおじさんは「パーキンソン」でした。
介助者として旅行に同行しました。
このエッセイ、公募に送ったら賞をいただきまして、
そのおかげで、文章を書く面白さに目覚めたことがnote継続につながっています。
デイサービスにはね、
おもろい利用者さんが山ほどいますから、
ネタには事欠かないですね。
漫談風に仕上げてみたので、よかったら買ってください。
お笑いしてたことも、
肯定してやらねば可哀想なので。
つまるところ、
ぼくが介護職になったキッカケは、
「やってみたらおもろかった」
です。
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介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。