【介護エッセイ・一致不断結】なぜ、エッセイ公募初挑戦で受賞できたのか?
こんにちは、はじめまして。
のざき寿(ひさし)といいます。
ぼくがnoteでエッセイを書き始めたのは、今から3年前(2026現在)です。
とあるエッセイ公募で賞をいただいたことがきっかけで、文章を書く楽しさに目覚めました。

それから1,000日以上まいにち、noteで文章を書いています。
本業は、介護の仕事をしています。デイサービスの介護福祉士です。なのでぼくが書くエッセイのほとんどは介護にまつわるエピソードが中心です。
noteを続けているうちに、今ではエッセイを書くために介護の仕事をするようになりました。
「もしかしたら作家の道が開けるかもしれない…」
そんなことを考えることもありました。もしかすると、あなたがnoteを続けている理由も「文章を書くことでお金を稼ぎたい」という目標があるのかもしれませんね。
ただ、たとえ作家になれなくても、
文章を書くことでお金を稼ぐことができなくても、
ぼくはこの先もnoteでエッセイを書き続けていくと思います。
文章を書くという行為や手段は、いろんなことを気づかせてくれるし、人に何かを伝える手段としてもっとも優れていると思うからです。
そして何より、文章を書くことは心を豊かにしてくれるからです。
だからこそ、もっといい文章を書きたい。そう思って毎日noteに向き合っています。
さて、この記事では、
とある受賞作品をもとに「なんで受賞できたのか?」を自己分析し「エッセイとはなにか?」について考えてみようと思います。
作品を無料公開していますので、興味がありましたらご覧ください。
ぼくが作品のテーマにしていることは「介護」です
これから紹介する介護エッセイ「一致不団結(いっちふだんけつ)」という作品で賞をいただきました。
少しだけ、コンテストの概要や作品の背景を紹介させてくださいね。
エッセイ公募の応募要項
テーマは以下の内容です。
「介護生活の実際や、ケアラー(家族介護者)の喜び・悩み・本音などについて、具体的なエピソードを交えたエッセイを募集します。」
2,800文字以内という応募規定がありました。
エッセイ作品の背景
公募に応募した作品は、ぼくの家庭での介護のお話です。
ぼく(45)は現在(2023)、オカン(75)とふたりで暮らしています。
ぼくが小学校2年生のとき、父親と母親の不仲によりぼくらは母子家庭になりました。
ぼくらというのは、ぼくにはふたつ上に兄がいます。今は実家を出て遠く県外にいます。
オカンは今のところ介護が必要な状態ではありません。仕事をしているし車の運転もしていて元気です。ですが、とある出来事がきっかけでオカンの介護を意識するようになります。
つまり、オカンの介護がはじまったときには、ぼくがキーパーソン(主介護者)になるわけです。
「介護が始まるきっかけ」という切り口でエッセイを書きました。
介護にまるわる「家族間の不一致」を描いた作品です。
それでは、作品をご覧ください。
※著作権などの許可はいただいて掲載しています。
※基本的に応募した作品の著作権は、コンテスト主催者側にあることがほとんどですので、許可なく転載するのは違反行為に当たります。ご注意ください。
【介護エッセイ】一致不団結

相手を大切に想うあまり、感情や責任感が強くなって、いつしか相手の視点を見失ってしまう。相手に自分を押し付けてしまう。介護ではよくあることかも知れない。
僕と母は、病院の診察室で医師の説明を受けていた。
「心臓には心房という血液を出し入れしている場所があります。心房細動は、その心房がブルブルと小刻みに震えて起こる不整脈なんです」
「心房細動の患者さんは、心房に血栓という血の塊ができやすくなります。もし、その血栓が血流に乗って脳に行ってしまった場合、脳の血管が詰まってしまいます。つまりですね、心房細動は脳梗塞を引き起こす危険があるんです」
表紙に「心房細動の患者さんへ」と書かれた小冊子を手に、僕と母は医師の説明を食い入るように聞いていた。
いきさつは前触れなく、母からのお願から始まった。
「心房細動っていう病気らしくてね。今度、一緒に病院へついてきてくれる?」「このあいだ健康診断を受けたでしょ。心電図が引っかかってね。もともと不整脈あるでしょ。精密検査したら、ご家族と一緒に説明を聞きに来てくださいだって」
僕は状況への理解が追いつてくるのを諦め「わかったよ。いつ行くの?」と、ひとまず返事をした。
知らない。健康診断のことも不整脈があることも。そのうえ「シンボウサイドウ」という初耳の病気ときた。すぐさま返事できただけで満点だろう。確かに母はあと5年もすれば後期高齢者だ。体のどこかに不調があって不思議ではない。そうして文脈を補完してやっと理解が追いつてきた。
僕と母は実家で一緒に暮らしている。ふたつ上の兄は県外で暮らしている。小学校2年生の時に両親は離婚した。それ以降、父親の消息は知らない。僕らは母子家庭で育った。というわけで、母の病気の説明を受けるのも将来的に面倒をみるのも、僕の役目だと思っている。面倒をみるのは嫌ではない。今現在まで好き勝手な人生を送らせてもらってきた感謝と恩返をしたいと思っているからだ。
実は母の介護を見据えて数年前から具体的に準備を進めている。手始めに働き方を変えようと考えた。フルタイムで働いていたホームページ制作会社を退職し、半日は在宅勤務でホームページ制作、もう半日は介護職員としてデイサービスで働くようにした。
介護職を通じて介護の準備ができる。介護職はテクノロジーが進化する世の中でも無くならない業種なのでは。在宅の仕事と両立できれば介護離職を回避できるかもしれない。引っくるめて一石三鳥ぐらいの素晴らしいアイデアだと思っていた。後厄が終わり、ゆっくり学び直しができるいい機会だとも思っていた。けれど唐突な「心房細動」に虚を突かれる。まだまだ準備の最中だってば。
病院で心房細動の説明を受けた日、母は医師に血栓ができにくくなる薬と服薬管理を処方してもらった。翌日から薬の服用と血圧測定が母の日課に加わった。僕は「脳梗塞」が頭の中に残った。
病気の説明を受け数日も過ぎたころ、久々に兄が実家に帰ってきた。兄は仕事の都合で定期的に実家近くまでくる。そしてついでのように実家に顔を出す。兄は会社の代表をしていて忙しい人だ。今回も返ってくるなり、そそくさと郵便物の確認、リビングでパソコン開いて仕事を始めた。僕は兄のせわしない空気に居心地の悪さをずっと感じている。こちらから兄に話しかけるとこはあまりない。仕事の邪魔になるからではなく、そっけない返事や態度をされると寂しくなるからだ。でも今回ばかりは母のことがある。兄に「心房細動の説明」をしてほしいと母に頼まれていた。リビングで家族三人が揃う機会をうかがい、僕は兄に話しかけた。
「兄ちゃん。こないだ母さんと病気の説明を受けてきたよ」少し深刻な語り口を意識した。
兄は仕事の手を止めない。僕は少し気に障った。
「きちんと薬を飲めば大丈夫みたいだけどね」兄は僕の顔を見ようともせず仕事を続けている。僕は少し、寂しさと怒りが込み上げくるのを感じた。いったん手を止めて聞いてほしい話だ。
「話、聞いてる?」兄は小声で「うん」と返事をする。だが、仕事の手は止めようとしない。
僕は感情がこぼれ「いったん手をとめろよ。大事な話をしようとしてるんだから」強い口調になってしまった。
「聞いてるだろっ!うるせーなっ!」兄はそう言わんばかりに、手にしていた郵便物をテーブルに激しく叩きつけた。そして僕に詰め寄ってきた。
返す刀で僕は「忙しいか知らねーけど、話聞かねーなら実家に帰ってこなくていいわ!迷惑だわ!」次の瞬間、兄は僕の胸ぐらを掴み「もう二度と実家には帰ってこねーから。縁も切るわ」殴り合いになる一歩手前だった。母は泣いていた。私のせいでこんなことになってしまったと。兄は手を離し実家から出て行った。
兄との騒動以来、母との会話はなくなっていた。互いに会話の切り口が見つからずにいた。心が落ちつきを取り戻すまでにひと月ほどかかった。兄と冷静に話し合って和解しなさいと母に忠告された。
確かに先に感情的になったのは僕だ。けれど自分が悪いとは到底思えない。ふたたび兄と話すことで怒りが蘇ってくるだろう。もう、兄との関係はこのままでいいとさえ思っていた。僕の個人的な感情の問題だからほっといてくれと、母の忠告を聞き入れなかった。
それでも母は兄弟仲良くしてほしいと願う。当たり前の話だ。再三の忠告を聞き入れない聞き分けのない僕に、半ば諦めるように「じゃあ、わたしのこともほっといてね」「わたしの心配をして介護の仕事をしているのならやめてね。あなたに面倒は見てもらうつもりはないから」と、戦力外通告突きつけてきた。
「オカンのために介護の仕事をやっているわけじゃない。好きだしやり甲斐も見つけていている。なんで辞める必要があるのか」本心なのだが、母に僕のお節介を見透かされているようで、恥ずかしく悲しくなった。
「これからは、お互いの人生に口を挟まないようにしましょう」母の他人行儀な台詞で、一連の騒動はいったん幕引きとなった。
どうしてこんなことになってしまったのか。母の病気をきっかけに家族が手を取り合わなければいけないのに、逆に騒動の原因を作りバラバラにしてしまった。今回の出来事で色々と考え直す必要がある。
そもそも母は将来的に僕の介護を求めるだろうか。兄は母の将来に対して、どんな想いを持っているだろうか。僕の行き過ぎた思い込みとお節介だったのか。介護職を通じて僕は何を学んでいるのか。
将来のために準備することは決して悪いことではない、けれど起きてもいない将来の現実に焦点を当てすぎると、母は今を生きられなくなる。重荷を背負わせていたかも知れない。兄は、今を生きることで精一杯なのだ。そして僕も、自分の人生を生きなくてはいけない。
始まる前に壊れて良かったのかも知れない。まだ時間はある。まずは僕の悩みや葛藤を、ふたりに相談してみよう。準備はそれからだ。
おわり
この作品は2023年のものです。
この作品はコンテスト主催者さまにより小冊子になり、とある場所から無料配布されました。
のざき寿
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介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。
